第2-10話 バトル・イズ・カットオフ
カルミリアが仮面の男と遭遇してから一週間が経過した。彼女ら獣鏖神聖隊はこれだけの期間、それなりの人数を駆り出して捜索を続けたにもかかわらず男の姿どころ足取りすらつかめていなかった。
隊の中ではカルミリアを恐れ、既に別の土地に離れてしまったのではないかという声が大半であったが、カルミリアの第六感はまだ奴が近くにいると告げていた。同時に彼女の心をざわつかせる嫌な予感。何かが大規模なことが起こるのではないだろうかと、彼女の野性は告げていた。
彼女が警戒を強めているその一方。ラケルのような何も知らない面々は平和を謳歌し、日常を楽しんでいた。文字を学び、茶を飲み、散歩をして夜になったら月の光を浴びて寝る。なんと素晴らしい一日だろうか。
だが、その中で日常を大いに楽しむことが出来ていない面々もいた。アベルやサリバンといった面々である。サリバンはヘリオスの言葉が気になっており、どことなく上の空。自ら足を運び、情報を探っていた。何も知らないアベルも本能的に何かを感じ取っているのか、落ち着きがない。
わかるものだけがこれから起こる嵐を感じ取っているこの状況。嵐は着々と近づいていた。
「アベルさん? 聞いてます?」
「ん? あぁごめん。もう一回お願い」
上の空でラケルの話に耳を傾けていなかったアベル。彼女の呼びかけで現実に戻ったアベルは謝罪をするがそれでもまだどこか上の空。集中力を戻しきれていない。
「……さっきからずっと上の空ですけど何かあったんですか?」
さすがにアベルの挙動がおかしいと思ったラケルは問いかける。しかし、彼から帰ってきた返答は非常にあいまいで彼女では把握することが出来ないものだった。
「いやぁ、……何が起こったというか、何かが起こるような気がするっていうか……」
アベルの返答に眉に皺を寄せながら首をかしげるラケル。その表情は疑問に満ち溢れている。が、それでもアベルの中で燻っているもやもやを口に出して説明するのはこうするしかなかった。
お互いにもやもやとした感情を抱きながら文字の勉強を進める二人。しかし、それでは進むものも進まない。明らかに集中を掻いた二人は一度気持ちのリセットをするため、休憩を取ることにした。
飲み物を買うため、通りに踏み出した二人。彼らは町を包み込む周囲の雰囲気に違和感を覚える。
「なんか、町の空気が重いような気がするんですけど。気のせいですかね」
「空も曇ってるしね……。これは何か来る気がするな……」
空にかかる雲を見上げながらぽつりとつぶやいた。
翌日、宿で眠りについていた二人。
ドンドンドン!!!
そんな二人の部屋の扉が乱暴に叩かれる。突如として鳴り響いた轟音に驚きベットから転がり落ちたアベルは一瞬何が起こったのかわからずに混乱するがすぐに体勢を立て直し、扉に開けた。
その向こうにレオが立っており、非常に焦った様子で額には玉のような汗を浮かべている。そんな彼の様子を見て一瞬で異常事態を察したアベルは、朧気気味だった意識を一瞬に覚醒に持っていく。
「どうした。そんなに慌てて」
「緊急事態だ。リーダーが一応来てほしいって。何があったかは道中説明する」
「わかった。すぐ準備するから少し待ってくれ」
レオの言葉を聞いたアベルは扉を閉めると準備を始める。軽く身だしなみを整えたアベルは未だに眠っているラケルを寝かせたまま、部屋を後にした。
「で、何があったんだ?」
速足でレオについていくアベル。状況を確認するために歩きながらレオに問いかけた。そうするとレオは早口で彼の質問に答える。
「魔獣の大軍勢がこの町に近づいているらしい。昨日まで何の兆候もなかったにもかかわらずいきなり現れてこの町にやってきてるんだ。今の冒険者と獣鏖神聖隊の面子を合わせても数が足りない大軍勢だ。だから……」
「少しでも戦力が欲しいから俺が呼ばれたのか。なんとなくわかった。詳しい話は着いてから聞くよ」
「話が早くて助かる」
ある程度の状況を把握したアベルは首を縦に振ると小走りになり目的地を目指す。それを先導するようにレオの速度も上がり、二人は想定よりも早く目的地に到着した。
冒険者の集まる集会場、レオの先導でたどり着いたアベルはレオと顔を見合わせると足を踏み入れていく。一瞬見知らぬ男が上級冒険者のレオと入ってきたことで視線を集めてしまうが、二人は気にすることなく集会場の奥へと足を踏み入れていく。
そして一つの扉の前で歩みを止めたレオがその扉を開けるとその向こうにはサリバン達レオのパーティメンバーとギルドの制服を着た男女が数人、そして本来であれば部外者であるはずの獣鏖神聖隊の面々がいた。お互いに嫌っているはずの両者が同室で話し合っていることで現状の重大さを改めて察したアベルは無意識に背筋が伸びる。
「来たか」
扉が開きその向こうにアベルが立っていたことで一斉に視線が向く。それに対して短く声を上げたのはカルミリア。その一方で彼の存在を知らない者たちは彼を見てヒソヒソと声を上げる。
そんな彼らを気にすることなくレオは部屋に足を踏み入れアベルもそれに従って部屋に入る。軽く頭を下げたアベルは、部屋の隅に移動して話を聞く体勢に入る。
そんな中、ヒソヒソと声を上げていた制服の壮年の男性がサリバンに近づいていき、小声で話しかける。
「彼ですか。彼が例の……」
「ええ、彼がヴィザリンドムを五百年ぶりに復活させた男です」
「そうですか……」
どうやら彼らは事前にサリバンから何かしら聞いていたらしく、アベルの正体を確認すると何かを考えるように黙り込んだ。そんな彼をさておき、サリバンはアベルが来る前から行っていた会議を再開する。
「アベルも来たところで会議を再開しよう。が、来たばかりのアベルは何もわからない。誰か簡単に説明をしてやってほしい」
「じゃあ、オジサンがしますかねぇ。そっちはそっちで詰めててちょーだい」
サリバンの要求にヘリオスが手を上げ、彼はアベルの隣に立つ。
「じゃあオジサンが軽く説明するよ。今この町に一千弱の魔獣が押し寄せてきている。それに対してこっちの戦力は冒険者が百人ちょっと、僕らが十何人。数の面では圧倒的に負けてる。うちは近くの連中を必要最低限残して全員招集してるけど、それでも厳しい。そんな感じで今すっごい辛い状況にあるんだ」
「だから俺みたいな素人を引っ張り出してきたってことですか。そんだけの数の差があれば当然ですね」
「そんなこと言わないでよ。もう何体も魔獣を倒してるんでしょ? 魔獣を一人で倒せるならもういっぱしの戦士だよ」
「説明は終わったか?」
ヘリオスの簡単な説明を聞き少しずれた会話を始めた二人を引き戻すようなカルミリアの声が飛ぶ。話に集中していたにも拘らず飛んできた言葉に、動揺しながらも二人は会議の中に入っていった。
「で、俺は何をすればいいんですか?」
アベルは状況を鑑みたうえで自分に何を求められているのかを問いかけた。わざわざ呼ばれたということは彼らは自分に対して何かを望んでいるということである。だが、この答えは非常に明確である。
「まあ、なんとなく察してはいるだろうがお前にも戦列に加わってほしい。数の差が数の差だ。戦力は少しでも多いほうがいい」
「わかった。こっちとしても見逃す必要は無いからな」
サリバンの提案をアベルは二ッと笑顔を浮かべながら了承する。それを受けて部屋全体に安堵の空気が流れる。絶望的な戦力差において神装使いというのは圧倒的な戦力である。それが戦闘に加わるのだから当然の流れともいえる。
「で、お前の配置なんだけど」
サリバンの声にアベルは反応し、ピクリと肩を揺らす。サリバンはカルミリアとチラリと視線を合わせると意を決するようにして声を上げた。
「お前は最後列、万が一俺たちが抜かれてしまったときに町の防衛にあたる班にあたってもらう方向で考えてる」
「少し聞いてもいいか。なんで最後列なんだ? てっきり最前列に立たされるもんだと思ってんだが」
「別に大した理由じゃないぞ。単純に戦闘経験の問題だ。さすがに武器を手に取って一か月の奴を最前線に置くほど俺たちは鬼畜じゃない」
サリバンの言い分を聞いて、それでもなお反論しようとするアベルであったが、彼から反論が紡がれる前に補足するようにカルミリアが口を開いた。
「戦術的な観点からも口を挟ませてもらうが、さすがに今回の戦力だと最大限戦えるものを町の外に駆り出す必要がある。が、それでも戦力的には足りず町まで抜かれてしまうだろう。私がいてもな。だから最終手段として町の防衛にも人数を割きたいがそれも難しい」
「だから町の防衛には単独での戦闘能力の高いものを置くことにした。既に魔獣を単独で倒せるのならばそれで問題ない。決して無傷で町まではいかせないと誓おう。ぜひその剛腕を振るってくれ」
アベルがしっかりと理解できるように、かつ素早く内容を伝えたカルミリア。それを聞いてひとまず納得の意思を見せたアベルは首を縦に大きく振った。
「わかった。絶対に町は守って見せる」
アベルの言葉を聞いたカルミリアとサリバンは期待するように笑みを浮かべると、肩を叩いた。
「頼むぜ。期待してっからな」
それを受けてアベルは照れ臭そうにはにかんだ。さらにそこから話が詰められていき近いうちに必ず来る魔獣の軍勢に備えた準備も進められていく。しかし、いくら戦略を練ったところで所詮は机上の空論。実際に行ってみなければ何が起こるかはわからない。大苦戦を強いられ相当の被害が出るかもしれない。神装使いの戦力も相まって楽勝かもしれない。それに未知の存在が加わればいよいよ誰にも予想できない領域に突入するのだ。
そんな中、サリバン達のいる部屋の扉がコンコンと叩かれると素早く開かれた。その向こうにはミコトと一人の冒険者が立っている。彼らは部屋に入ってくると、斥候として報告を行う。
「報告します。魔獣の軍勢はもうすぐそこまであとおよそ三日で町に到着するかと」
「そうか……。報告お疲れさん。ゆっくり休んでくれ」
綿密に、それでいてあえて雑に組み上げられた戦術がついに実行に移される時が来た。あと二日で町に到着ということはその前に迎撃しなければならない。故に残された時間は二日もない。ここからは素早く迎撃に向かうことが肝心となる。いよいよだ。
「じゃあ、俺一回離れるよ。ラケルちゃんにこのこと伝えないといけないし」
「ああ、そういやそうだった。わかった。お疲れさん」
サリバン達に頭を下げたアベルは部屋を出ると小走りで宿に戻り始める。その中でアベルは町の雰囲気を感じとる。魔獣の軍勢が押し寄せてくるということで町自体がひりついた空気を放っている。しかしパニックになっているといった様子はない。規模が違うとはいえ、魔獣が町にやってくるなどはこの世界では日常茶飯事である。いちいち慌てては話にならないのだ。
町の空気で気を引き締め直したアベルは宿へ向かう足を速めた。
アベルたちがいる町から離れたとある場所。そこで魔獣を素手で殴り殺した巨漢の男は手につく血を振り払うと独り言を口走る。
「しかし、奴は元気でやっとるかのう? まあ、わしが鍛えたからそう簡単には死なんが」
続いて襲いかかってきた魔獣の牙を掴み取り腰の剣で喉の奥を貫き、引き抜く剣の柄で脳漿を吹き飛ばした男はさらに独り言を愚痴る。
「そういえば、五百年間表舞台に姿を現さなかった最後の神装が目を覚ましたらしいの。いつか顔でも見に行きたいもんだ」
最後に迫りくる二体の魔獣を同時に一本の矢で射殺した男は息を吐き、身体から力を抜く。瞬く間に強力な魔獣を倒した男は一息つくために腰を下ろそうとする。
が、そんな彼の第六感が警鐘を鳴らし始める。しかし、それは彼の身の回りでは起こることに対するものではない。もっと遠い場所、そこで何かが起ころうとしていることを彼は感じ取ったのだった。
中腰の体勢で制止した彼は、ゆっくりと腰を上げると危機を感じ取った方向を睨みつけるようにして見た。そしてその方向に向かって走り出した。その速度は人間の出せる速度ではない。明らかに魔技を用いた速度を出している。
まるで風と一体化したかのような速度で疾駆する男はアベルたちの滞在する町に向かっていく。長年の経験で自分が向かわなければならないと感じ取った男はさらに走る速度を上げるのだった。
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