第2-7話 ソードマン・トーク・シニア
翌日、アベルはカルミリアとの約束を果たすため、ラケルとともに約束の場所に向かっていた。本当はあまり連れていきたくないというのがアベルの本心であったが、昨日の今日で約束を反故にするわけにもいかず連れてきた。アベルはともかくラケルは彼の庇護下にあるだけの一般人、血なまぐさいことにあまり巻き込みたくないのだ。
つい先日、大立ち回りを行った店の近くまでやってきたアベル。するとそこには既に彼女の部下であるヘリオスが立っており、店の人間と親し気に会話をしながら飲み物を飲んでいる。
そんな彼はアベルに気づくと店員にグラスを渡すと笑顔を浮かべながら近づいていく。
「やあやあ、来たね。わざわざ来てもらっちゃってありがとうね」
「いいえ、すいませんお待たせしてしまったみたいで」
「いやいや、オジサンそこまで待ってないよ。それじゃあ場所を移そうか。隊長が待ってる」
そういうと先導するように歩き始める。その背中を追うように歩くアベルは五分ほどで白い壁の教会のような場所に連れてこられた。ヘリオスは足を止めると方向転換し、扉に向かいそれに手を掛けた。そしてアベルたちをエスコートするようにして扉を開けたヘリオスは彼らを招くように手を動かした。それに委ねアベルは建物に足を踏み入れようとするが、その一歩手前でピクリとも身体が動かなくなった。
「……大丈夫ですか?」
そんな彼の不可解な動きを見て心配そうに首を傾げたラケル。そんな彼女の声を聞きながらアベルは身体が動かなくなった原因に意思を向ける。
「おいヴィザ……、身体が動かなくなったのお前のせいだろ……。やめろや……」
『フン。ここで話し合いをするのであれば入らんぞ。こんなに気分の悪い場所に入るなどありえんわ』
「はぁ? どうでもいいから身体を動かさせろ……」
アベルが全身に力を込め、意地でも身体を動かそうとするが身体はその意思に反してビクともしない。
「うおおおおおお!!!!!」
声まで張り上げてもビクともしない。自分に一人ではどうにもならないと判断したアベルはヘリオスたちに助けを求める視線を向ける。それを見て意図を察したヘリオスはアベルに手を伸ばすと彼を運ぶために自分の肩に手を回そうとする。しかし、アベルの身体はそれに抗うようにして体をよじる。もちろんアベルの意思ではない。
「あーもう! 頼むから動いてくれよ!」
一切建物に入ろうとしないヴィザに苛立ちを覚えたアベルはそれを吐き出すようにして声を上げた。それでもヴィザは一切身体を自由に動かすことを許さない。どうすればいいのだろうと悩み始めたアベル。そんな彼らの周りに凛とした声が響き渡る。
「それは当然だろうな。他の神が崇められている場所には私も入りたくないと思うよ」
「あ、隊長」
建物の中からカルミリアが姿を現す。彼女の反応したヘリオスが声を上げると、彼を皮切りにラケル、アベルの順に視線を送ると、フッと笑い声をあげた。
「二日ぶりだな。それじゃあ場所を移そう。店は既に取ってある」
「ええ!? ここで話し合いをするんじゃないんですか?」
カルミリアの言葉に反応し悲壮感のある声を上げるヘリオス。そんな彼に一瞬視線を送った彼女はすぐに視線をアベルに戻すとすれ違いざまに肩を叩きながら建物から離れるように歩き始める。すると肩を叩かれたことが何らかの要因があったのかなかったのか、アベルの身体が自由に動くようになる。
「とりあえず隊長についていこうか」
いったい何がヴィザの癇に障ったのかは今の彼には分らなかったが、とりあえずカルミリアが理由を知っているらしいため後で聞くことを決め、彼女の背中を追って歩き始めるのだった。
それから少し歩いて他の店よりも格式高い店に連れてこられたアベルたちは店員の案内で個室へと案内された。
「さて。初めまして、ではないが改めて自己紹介をさせてもらおう。私はカルミリア・ガリーズ、王国直属魔獣討伐部隊獣鏖神聖隊の隊長をしている。そして私の相棒が……」
その言葉を皮切りにカルミリアの気配が薄れ、逆に彼女の身体が別の存在の気配を放ち始める。
「十柱のうちの一柱、アボリスヒイトだ。この娘ともどもよろしく」
いつも一緒にいるヴィザリンドムとは違う、まるで包み込んでくるような気配にアベルは緊張を解きほぐされていくような感覚を覚える。
「アベル・リーティス、最近魔獣狩りを始めた素人です。ご指導ご鞭撻よろしくお願いします」
顔を突き合わせ改めて自己紹介をした二人はがっちりと握手を交わす。大柄な部類のアベルと女性としてもかなり小柄なカルミリア。普通であれば膂力は比べ物にならないはずだが、彼女の身体に秘められた力が握手ではっきりとわかってしまうほどカルミリアの手は鍛えこまれていた。
「では、お互いに挨拶を終えた。座って話をしよう」
「わかりました」
手を離した二人は少し移動すると対面に座り改めて顔を突き合わせる。それに続くように付き添いで来たヘリオスとラケルも部屋の端に置かれた椅子に座り、二人の動向を見守る。
「さて、わざわざ時間を取ってもらったのは他でもない。単刀直入に言おう。君に魔獣退治の協力をしてもらいたい」
「いいですよ。俺はもともとそのつもりで故郷を離れましたから」
「話が早くて助かる」
あまりにもトントン拍子で事が進むことに室内が妙な空気に包まれる。彼女の呼びかけに答えた張本人ですらあまりの速さにさすがに驚きを隠せない。
「あの……、即答したことに対して何か思わないんですか? 何か裏があるんじゃないか、とか」
さすがにこれで終わるのは早すぎると判断したアベルは話を切り出し会話をつなげようとする。それに対してカルミリアは一瞬きょとんとしたような表情を浮かべると、アベルの問いかけに答える。
「いいや、特に何も思わないよ。昨日の一連の流れを見ていて君がそんなあくどい人間でない事は十分に分かったよ。君が正直でまっすぐな人間だということもね」
口元に手を当てクツクツと小さく笑いながら言葉を紡ぐカルミリア。彼女はさらに声を発する。
「それに。君がもしもわれわれの邪魔をするというのであれば、敵対勢力として私が君のことを始末するだけの話だ」
笑みを浮かべながら目を細めるカルミリア。しかし、この言葉を紡いでいる間の彼女の声には明らかに異質の感情が混ぜ込まれており、これが本心で一歩間違えれば殺されるということを如実に表していた。実際にアベルもこの言葉を聞いた時、全身が総毛立ち全身に冷や汗が浮かんだ。
しかし、彼女の声はすぐに先ほどまでの威厳を感じながらも女性らしい声へと戻った。
「まあ、もしもの話だ。あまり重くとらえないでくれ。さあ話の続きをしよう」
彼女の言葉を聞きアベルも強張った筋肉がほぐれる。
「君は魔獣と戦うと決めたらしいが、それはこちら側につくといったことでいいのだろうか」
「いいえ。俺は魔獣と戦うことはお約束しますが、どちらの勢力につくか、ということに関してはまだお返事できません」
アベルはカルミリアの言葉にきっぱりと拒否の姿勢を見せる。ここでいう勢力というのは冒険者側と獣鏖神聖隊のことである。その理由を問いただそうとカルミリアはどことなく身体を前に出し、アベルにその真意を問う。
「それはあれか? 君の友人があちら側にいるからこちらには付けない。そういった解釈でいいのか?」
「いえ、そういうわけではなく。今、俺が明確にどちら側に属するかというのは決めない方がいいと思ったので。双方、お互いに仲が悪いみたいですし。いくら俺が素人とはいえ神装使いとなれば影響力はバカにならないと思いましたので」
「ふむ。そういうことならばこちらに止めることは出来ないな。もとより私の言葉に強制力はないのだが」
アベルの言葉に正当性を見出したカルミリアは納得したように二度小さく頷いた。
「わかった。どちらに着くかという話はこの場では置いておこう」
「ありがとうございます」
結論を最終的な結論を見出したカルミリアに頭を下げるアベル。頭を上げた彼は、カルミリアが懐に手を伸ばしたのを見る。彼女は懐から小袋を取り出すとその中から一本の紙煙草を取り出し、指を鳴らしそれに火をつけた。それらの行動を見てここが話の一区切りだと判断すると、自分の内側で燻ぶっていた問いを彼女に投げかけた。
「少し聞いてもいいですか?」
「ん、どうした」
「さっきの事なんですけど……」
問いを投げられ軽く姿勢を整えたカルミリア。
「なんでヴィザの奴はあの建物に入りたがらなかったのか気になったので……。先ほどの口ぶりから何か知っているのでしたので……」
「ああ、そのことか。そういえば君はまだ神装を手にして一か月ほどだったな。ならば知らなくても当然か。あそこは私の神装、もとい十柱のうちの一柱アボリスヒイトを祭るものが集まる教会だ。自分以外の信仰が集まる場所になど入りたくないと思うのは自然なことだ」
「ああ、そういう……」
カルミリアの説明を聞き、先ほどのヴィザの行動の意味を理解したアベルは、小さく呟きながら意識を内側に向ける。
「すまんな。知らなかったとはいえ他人の領域に入れようとしちまって」
『今回だけだ。次やったらお前とは縁を切る』
「わかったわかった」
心の中での呟きにヴィザは律義に反応して見せた。それを受けて小さく苦笑いを浮かべながら答えるアベル。そんな彼の様子を見てカルミリアはフッと小さく笑った。
「君たちは付き合いが短いわりに随分と気安いんだな」
「あれ? 俺たちが何を話してるのかわかるんですか?」
「細かいところはわからないが、なんとなくは察しが付く。何せ経験者だ」
「イヤぁ、神だっていうのはわかってるんですが、なんだかそういう意識にならなくて。つい気安い感じに」
彼女も神装使いである。この手の体験は当然したことがある。故にアベルとヴィザのやり取りは容易に予測できるものであり、彼らの関係性の発展の速さに驚いていた。
嘘でも彼らは神。アベルたち人間とは立っている場所の違う存在である。にも拘らずアベルは旧来の友人のように振る舞っている。自分だったらこんなに早く距離を詰められるだろうかとアベルの心臓の強さに舌を巻いた。
煙草の煙を吐き出すと同時に思い出したかのように指で挟んだ煙草を持ち上げる。
「あぁ、あと吸ってもいいか?」
「ええ、別に俺は構いませんよ」
内心で遅えよと思いながら苦笑いを浮かべるが、彼女の要望を受け入れたアベル。しかし、この部屋にいるのは彼一人ではない。カルミリアは隅の方で二人の行く末を見守っていたヘリオスとラケルに視線を送った。無言のまま視線を送り続ける彼女の意図を察した二人は、無言のまま首を縦に振った。それを受けて大手を振って煙草を吸えるようになったカルミリアは、煙草を大きく吸い込むと煙を吐き出した。
「さて、時間を取ってもらって感謝する。が、後日改めて時間を取ってもらってもいいだろうか」
「俺はもちろん構いませんが……。まだ何か?」
煙草の灰を腰に下げた鉄製の容器に落としたカルミリアは改めて姿勢を正す。
「今の君の実力を測っておきたいんだ。実力が足りないと判断すれば私たちがある程度は指導しよう」
「わかりました。日程は何時頃?」
「そうだな。早ければ早いほどいいが明日は私たちにも予定があるのでな。それでは明後日、門の前で待ち合わせでどうだ?」
「わかりました。あとすいません。少しお願いがあるのですが」
「何かな?」
「彼女を連れて行ってもいいでしょうか? いま彼女を町に一人にするのが少し不安で」
「それはもちろん構わないが……。彼女は戦闘能力皆無なのだろう? 何かがあれば……」
「あ、だったらオジサン面倒見るよ。それに何かあればアベル君も守るだろうし大丈夫だと思うよ」
カルミリアの懸念の打開策を持ち出し、安心させるヘリオス。それを聞き納得したカルミリアは首を縦に振ると立ち上がり手を差し出した。
「だったら大丈夫だ。明後日またよろしく頼むぞ」
「こちらこそよろしくお願いします」
差し出された手を力強く握ったアベル。その後、四人で昼食を食べると明後日の再会の約束を交わし別れることになった。
その道中、ラケルと並んで歩くアベルはふとこの町に来てからのことを思い返していた。町に来てからわずか三日であるにも拘らず非常に濃密な日々。さらに濃く脳裏によぎるのは人との関わりであった。十年前の親友、同じ神装使いの人間、善良でまだまだ未熟な自分に協力してくれる彼ら。彼らのことを思い返してアベルは意識しないうちに口元が緩んでしまっていた。
「どうしたんですか。そんなに嬉しそうに笑って」
「え、もしかしてニヤけてた!?」
彼女の指摘でようやくニヤけていたことに気づいたアベルは、恥ずかしそうに手のひらで顔を隠すと、弁明の言葉を紡ぎ始めた。
「いやぁ、この町に来てから俺の周りには優しい人間ばっかりだなってさ」
「あー、確かにそうですね。皆さんとてもやさしくて、私のことも守ってくれて……」
「俺もあの人たちに負けないように頑張らないと。だから……」
赤く染まった顔から手を離し、表情を元に戻したアベル。
「これからもよろしくね」
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
二人は顔を突き合わせお互いに感謝を伝えると微笑みあった。
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