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第2-6話 スレート・クワイレットリー・アプローチ

 仮面の人物を見事撃退した四人。しかし、その代償は決して安くなかった。


 剣を振りぬいたアベルは身体に未だ奔り続ける痛みに耐えきれなくなり身体から力を抜く。神剣片手に血を吐きながら倒れ伏すアベルに残りの三人が駆け寄ってくる。


「おい! しっかりしろ!」


 サリバンがアベルの身体を揺すりながら声を張り上げる。その声が患部に響くのを嫌ったアベルは眉間に皺を寄せながらかすれ声をあげる。


「大丈夫だ……。だからでけえ声上げないでくれ……」


 彼の返答に意識に問題がないことと判断したサリバンは小さく息を吐くと頭の方で容態を確認していたドトークに指示を出す。


「アベルに回復を掛けてくれ」


「わかった」


 サリバンの指示を肯定したドトークは目を瞑るとゆっくりと言葉の羅列をつぶやき始める。


「アル・キュイール・ビクイ・スタツ」


 呟きとともにアベルの身体が光に包まれる。同時にアベルの腹部に鈍く響いていた痛みが和らいでいき、縛られていたかのように動かなかった身体が動くようになる。ようやくまともに動けるようになったアベルは深く息を吸い込むとゆっくりと身体を起こした。


「大丈夫か?」


「ああ、おかげでまともに動けるようになったよ。ドトークさんもありがとう」


「気にするな」


 心配そうに声をかけてくるサリバンに対して笑みを浮かべながら答えると、三人それぞれに礼を告げ頭を下げた。


「しっかし、すげえな魔技ってのは。死ぬかと思ったのに今じゃ殆ど痛くねえ」


「ただ、完全に治ったわけじゃないからな。しばらく無理は禁物だ」


「大丈夫だよ。自分の身体のことは自分が一番よく知ってる」


「そういうこと言うやつは大体わかってないんだよ」


 能天気なことを口走るあネルに対して全く……、と呟くサリバン。一息入れ、頭を掻いた後、彼の中で燻ぶっていた疑問を投げかけた。


「しっかし、お前なんであいつに襲われたんだ? 殺意に満ち溢れてて明らかに殺す気満々だったぞ?」


「……正直よくわからないんだ。狙われることをした覚えもないしそもそもあれが誰かも知らないんだ」


 サリバンの問いかけにアベルは首を傾げることしかできない。アベル自身、人に恨まれるようなことを一度としてしたことがない、と言い切ることはできないが、一つ断言できることがある。それは殺されるほどの恨みを買うことは決してしていないということだ。


 だからこそなぜいきなり襲い掛かられたかの察しすらついていなかった。


「そうはいってもな……。あんだけ殺意マシマシで来たってことは奴はしばらくお前のことを狙って来るぞ。それに俺たち三人でやっても傷一つ付けられない相当の手練れだ。しばらくは一人でいないほうがいいぞ」


「ああ、俺もそのつもりだ」


 仮面の人物に対する警戒心を高めるアベル。それと心の中で何かを感じ拳を強く握りしめた。かれが感じたのは今まで感じたことがないほどの怒りと悔しさ。理由もわからないままに殺されかけた仮面の人物に対する怒りとそれに対して何も反撃することのできなかった悔しさであった。このやりようのない感情をアベルは手のひらが抉れそうなほど強く握りこむことで自分にぶつけた。


「それよりもう立てるか? そろそろ日も暮れそうだ」


「ああ、そのくらいなら」


 しかし、いつまでもやっているわけにもいかない。サリバンの差し出してきた手を掴み立ち上がったアベルは彼らに気を使わせまいと先んじて歩き始める。その背中を追うようにしてサリバンたちも歩き始め、四人は町に戻るのだった。



























 程なくして町に戻ってきたアベルたちは、町で遊んでいるはずのラケルたちと合流しようとする。あらかじめ合流場所を決めていた彼らは迷わずにその場所へ向かった。


 しかし、目的の場所に辿り着いても彼女たちの姿はなかった。迷うような要素のない非常に開けたうえわかりやすい目印のある場所だ。いくら土地勘がなくてもたどり着けないということはないだろう。


 何か嫌なものを感じながら周囲を探し始めた四人。幸いなことにすぐに見つけることが出来たのだが、彼女たちを取り巻く環境が少々面倒なことになっていた。


「おい! グダグダ言ってねえでとっとと消えろ!」


「この子が危ない目にあってんのにいなくなるわけないでしょ歯無しの腰抜け!!! あんた昨日さんざんやられたのにまだ懲りてないの!!!」 


 ナリスと昨日の男たちが言い争いをしており、一触即発の空気を醸し出していた。やはりラケルが狙いらしくナリスたちは彼女を守ろうと彼女を庇うように前に出て男たちの相手をしていた。言い争いに参加していないミコトも彼らに敵意を向けており、ラケルのそばで睨みを利かせていた。


「てめえ……」


 ナリスの罵倒に怒りが最高潮に達したのか、額に青筋を浮かべた男はとうとう拳を振り上げた。それに合わせて後ろで睨みを利かせていた仲間たちも行動を起こそうとした。それに対して戦闘態勢を取るナリスとミコト。しかし、二人の戦闘能力が一対一では男たちよりも高いとしても数の上での有利は向こうにあるうえ、ラケルという一般人を庇いながら戦うことになる。不利なのは彼女たちだろう。


「おい」


 だが、戦闘が始まることはなかった。サリバンたちが間に割って入ろうとするよりも先にアベルが割って入った。周囲の人間の耳に響く低音は否応なしに視線を彼らに集めた。


「てめぇ……。昨日の奴クソ野郎じゃねえかああぁぁぁ!!!」


 アベルの姿を視界に捉えた男はナリスたちに向けていた怒りをアベルのほうに移動させると一気に沸点を越えて温度を上昇させる。


 男はアベルに向かって駆け出すと、握り締めた拳を振り上げアベルの顔に向かって打ち出した。しかし、その一撃が顔面に当たることはなく、直前で滑り込んできたアベルの手ががっしりと受け止めていた。


「なっ!? テメェ……、離しやがれ!」


 握り締められた拳を離そうと必死で腕を引く男だが、力の限り引いてもビクともしない。それどころかアベルの力は強まる一方であり、男の拳がギリギリと閉まっていく。


「グッ、グググ……、てんめぇ……いい加減離しやがれ!!!」


 男が痛みに耐えながらもう片方の腕でアベルを殴りつけようとする。それを妨害するように掴んでいた手を乱暴に投げ捨てるように手離した。


「テメェ、よっぽど殺されてぇみたいだな……」


 未だに殺気を向けている男をアベルは冷たい目で見つめている。身内が乱暴に連れていかれそうとしていて怒らない者はいない。仮面の男に襲われたことが火を強める要因になっているのか、アベルの中でも怒りの炎が燃え上がっていた。普段は自分から手を出さない彼が自分から行ってしまおうかと思えるほど怒っている。


「お前ら!」

 

 男は声を荒げると後ろに控える仲間たちに指示を出す。それに合わせて男たちも動き始める。当の本人は再度拳をアベルに向けようとしており、第二ラウンドを始めようとしている。


 拳を振り上げた男はアベルに振りぬこうとする。しかし、直後男はその行動に対する躊躇いを見せ、拳を途中で止めた。理由はアベルの後ろで睨みを利かせている男三人衆であった。


 先ほどまでは女性衆二人であり、数の有利を利かせれば無力化できる。アベルが加わってもラケルを利用すればどうにかできたかもしれない。


 しかし、男衆が加わるとなると一気に話が変わってくる。力の強い彼らが加われば数の有利もなくなるし、一人ラケルを守るための人間をつけられる。そうなると今度は逆に力の暴力で男たちがやられることになる。

彼らが加わってこない可能性も、仲間に因縁つけられていることからあり得ない。もう彼らに勝てる可能性はない。


「チッ……、テメエの顔、覚えたからな」


 それだけ悪態をついた男は仲間を引き連れるとその場から去っていった。


「フン……」


 男たちの背中を見て落ち着いたアベルは男たちに向けるようにして息を吐いた。そんな彼らにラケルが近づいてくる。


「お、お帰りなさい! さっき殴られそうになってましたけど大丈夫ですか!?」


「ああ、当たってないから大丈夫だよ。それよりもそっちこそ大丈夫?」


「私はナリスさんたちに庇ってもらったので大丈夫です」


 お互いの安全を確認したアベルとラケル。その一方で何やら話し合っているサリバンたち。


「あいつら、昨日のことで懲りないでまた来たのか? 一発シメておいた方がいいかもしれんな……」


「多分もうあいつら来ないんじゃない? さんざん迫ったけど何もできないで帰っちゃったし。あれ多分あいつらにとっては大恥かかされてそれが広まっちゃったからもう来ないと思うけど。あの一番うるさいやつは前歯全部折られちゃったし」


「それが問題なんだよ大恥かかされたあいつら。今度は何するかわかんねえぞ」


「あ、そっか」


「少なくとも彼女を一人にしないほうがいいな。あいつ本人がいるだけで牽制にはなるだろう」


 男たちの今後を予想するサリバンたち。大恥をかかされてもうやってこないだろうと考えるナリスとそれに対してどんな暴挙に出るかわからないとチクリと刺すサリバン。それに納得したようにナリスが声を上げるとドトークが対策を打ち出した。彼の提案は非常にまっとうなものであり否定するものは誰もいなかった。


「だそうだ。お前この子のことちゃんと見てろよ」


「わかってるよ。こんなに危ない目にあってるのにもう目を離せるもんか。俺が守るって約束もしてるし」


 サリバンの言葉にしっかりとした意思を見せたアベル。そんな彼の様子とその近くのラケルを見てサリバンたちは苦笑いを浮かべたのだった。理由は彼の後ろで顔を赤くしているラケルの存在である。これからも彼女は彼の行動にしばらく振り回されるのだが、今話したところでせんのない事である。  




















 それから時間が経ち、夜も更け町が完全に静まり返ったころ。人気のない裏路地でアベルたちに撃退された男たちが瓶を片手に酒を呑み交わしていた。しかし、酒を呑んでいるにも拘らずとても雰囲気がいいとは言えなかった。


「クソッ、クソックソックソッ!!!!!」


 最初の一撃で近くにあった空樽を蹴り壊した男は、壊れた残骸をなおも踏みつぶし続ける。前歯がない影響でどこか空気の抜けた音がするが、それでも込められた殺気は本物である。


「うるせえから落ち着け……」


 そのそばで瓶を口につけていた男がたしなめる。しかし、それでも男の怒りは収まるところを知らず高ぶっていく一方である。


「黙ってろ!!! おかげでこっちは前歯全部なくなっちまったんだよ!!! そのせいで肉もまともに食えなくなった! これから毎日柔らかいものしか食えねえんだよ!!!」


 怒りを罵声として吐き出した男は近くに置いた瓶を乱暴に手に取るとその中身を一気に流し込んでいく。それでも怒りが消えることはなく、思い出すだけで怒りはさらに膨れ上がる。


 前歯をすべて折った女連れの女の忌々しい顔、自分の顔も知らない田舎者のくせに歯向かってきて挙句の果てに自分よりも上位の冒険者である『狂乱の矢文』を味方につけた。


 そして何より忌まわしいのが夕方に彼と相対したときに、『この男には勝てない』と思ってしまった自分が最高に忌まわしくて仕方がなかった。拳を握られたときに自分一人ではもうあの男には勝てないと悟ってしまった。


 自分を忌々しく思ってしまったが故に、怒りを向ける矛先が分からなくなってしまい、自分の中で燻ぶっている怒りを消化できなくなってしまっていた。故にその矛先は無差別に向かう。飲み終わった瓶を地面に叩きつけた男はさらにもう一つ樽を破壊した。


「おやおや、ずいぶんと荒れていらっしゃるようだ」


 そんな彼らのもとに響き渡る男の声。静けさも相まって余計に反響したその声を聞いた男たちはいっせいにそちらに視線を送った。


 その先にいたのは、笑顔を模した仮面をつけ体型を隠すようなローブを身に纏った中肉中背の男であった。そんな彼の馴れ馴れしい口調に苛立った男は声を荒げる。


「あぁん!? なんだてめぇぶっ殺されてぇのか!?」


 そんな男の対応にも仮面の人物は一切怯むことなく応対して見せる。


「いえいえ、そんなことはありません。それに勘違いされないでいただきたい。私はあなたのお手伝いをさせていただきたいのです」


「何?」


 うさん臭さを全面に押し出した口調で言葉を紡ぐ仮面の男。それに対して警戒心を抱いた男であったが、彼の言葉の内容で多少それが緩和され話だけでも聞いてみることにした。


「何やら風の噂であなた様が誰かしらに対して復讐をしたいとお聞きになりましたので、お手伝いをさせていただきたいと思いまして」


 そういうと男は懐に手を伸ばすと一つの小瓶を取り出した。そこには青色の液体が入っており、瓶を振ると小刻みに揺れる。


「なんだそりゃ? 薬か?」


「ええ、これを飲めばあなた様の身体に尋常ならざる怪力を与え、とてつもない回復力をもたらします。最もその分身体にかかると負担は大きいですが……。あなた様ほどの冒険者であればキッと使いこなすことが出来ると思いまして……」


 仮面の男は男に近づいていくと耳元で小瓶を振りながら小さく薬の効果を囁いた。すると男の表情は一気に変化し、あっという間に喜びのものへと変化する。


「いいじゃねえか。そいつをとっとと俺によこせ」


「もちろんでございます。さあ、どうぞ、ググっと。他の皆様もいかがでしょうか?」


 仮面の男から手渡された小瓶を受け取った男は栓を開けるとすぐさまそれを飲み干す。仲間たちも仮面の男に促されるまま小瓶を受け取るとそれを恐る恐る飲み干した。


「あん? 何も起こらねえぞ?」


 その言葉を呟いた直後、男たちの身体に変化が起こる。まるで身体の中に焚火と剣山と猛毒を同時に入れられたような強烈な痛みが走りだす。それと同時に心臓がそれまでの三倍近い速度で動き始め視界が真っ赤に染まり始める。


「オ、オガアアアアァァァァ!?!?!?!?!?」


 その痛みに悶絶する男たちは半狂乱になりながら叫び声をあげ闇の中に消えていく。彼らが一体どこに向かって走り出したのか仮面の男にはわからないし、全く興味がなかった。


「あの様子だと、三日程度ですかね。さ、他にも準備しないといけませんし」


 闇の中に消えた男たちの背中を見送った仮面の男はルンルンとどこか嬉しそうにスキップを刻みながら同じように闇の中へと消えてしまった。大声で酒を飲んでいる時間といい、叫び声といい、周囲に聞こえないはずがないのだが、なぜかこれらの出来事は街の住人たちの耳に全く届かず、本人たちのみぞ知る出来事として町の空気から消えていくのだった。



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