第2-5話 ペルソナ・アタック・ソードマン
昔の親友との再会を喜び合った次の日。アベルはまだ人通りのまばらな早朝から朝食を食べていた。眠気眼をこすりながらモソモソと朝食をとる彼を説明するには少し時間をさかのぼる必要がある。
昨晩、日が変わってもなお飲み続けた七人は二人を除いて当然のように酔いつぶれた。そこから宿に戻ることになった彼らはまるで一つの冒険を乗り越えるかのような苦難を乗り越え宿までたどり着くことになった。一つ幸いなことを上げるとすれば二組の宿が同じであったことだろうか。
こうして一夜を明かしたアベルは、あまり深く眠ることが出来ずに朝早くに目覚めてしまった。それに引かれるようにやってくる頭痛に襲われた彼は水分を求めて外に出た。宿の前にあった屋台で冷えた水と軽い朝食を買った彼はそのそばで朝の風を浴びながら佇んでいた。
それと同時に彼は今日をどうやって過ごすかを考えていた。カルミリアとの約束は明日であり、今日一日は空白の一日ということになる。街に来たばかりの彼であるが、特に今必要になるものがあるわけではない。
今日という一日をどのように活用するかを考えながら咀嚼するアベル。そんな彼の前に頭を押さえながらヨロヨロと歩くサリバンが近づいてくる。
「おはようアベル。いやぁ、昨日は飲みすぎたな」
「そうだな、俺もすっげえ頭痛いよ。そういえばラケルちゃんは?」
「あの子だったら、ナリスに捕まって抱き枕にされて寝てたぞ。しっかし、あの子あんなにお酒強いんだな」
「ああ、俺の叔父さんも酒強いほうだけどあの子についていこうとして潰れてたしな」
サリバンも朝食を買いながら、とりとめのない会話を繰り広げる二人。水で一気に流し込んだサリバンは指を舐めながらさらに会話を進める。
「獣鏖神聖隊の奴との約束は明日だろ?」
「そうだな。だから今日何しようか迷ってるんだ」
何か目的があるのか、アベルの内心をピタリと当ててくるサリバン。それに対して苦笑いを浮かべたアベル。そんな彼を見てサリバンは少し表情を明るくさせると口を開いた。
「じゃあ、今日軽くトレーニングでもしないか? 多少魔獣と戦ったとはいえ戦い方を知っておくっていうのはお前のとっていい事だろ?」
「あー、確かにそうだな。よし、じゃあ教えてもらっていいか?」
「当然。じゃあ、もうちょっとゆっくりしたら町の外にでも行くか」
今日一日の予定が決定したアベル。それと同時に朝食を食べ終わった二人は、腹ごなしのために散歩を始めるのだった。
朝食を食べ終わって少し経って、アベルたちは町の外に出ていた。彼らに同行しているのはレオとドトークの男衆。ナリスとミコトの女性衆はラケルとともに街を散策するため、この場にはいない。
サリバンたちは各々自分の武具を装備している。サリバンは腰に剣、背中に弓と矢筒を背負っている。レオは鎧に長剣、ドトークはローブに錫杖を右手に携えている。各々が武器を装備しているその姿に自分にはない貫録を見たアベルは小さく鳥肌を立てた。
「さて、始めるか」
町の外れまで出てきた男たち。その中でも向かい合うアベルとサリバンはお互いに視線を合わせるとお互いに木剣を構えた。これから二人は模擬戦を行う予定である。
「遠慮なくかかって来いよ。そうじゃないとお前の力が分かんないからな」
「じゃあ、胸を借りるつもりでやらせてもらうぜ」
お互いに笑顔を浮かべながら剣を握る二人。先に動いたのは胸を借りているアベル。風のように走り出し、それと同時に剣を振り上げるとサリバンの頭に振り下ろした。
それをサリバンは身体を逸らす最小限の動きで回避する。おかげで空を切った一撃はその勢いに振られ地面に激突し、先が小さく食い込む。
しかし、躱されることなど知ったこと。動じることもなく次の行動に移ろうとするアベル。そんな彼の首元に背後から木剣が当てられた。
「はい、まずは俺の一勝だな」
気づかないうちに背後に回られたことにアベルは小さく汗をかいた。戦闘に関しては素人だとしてもここまで鮮やかに背後に回られたことで思わず生唾を呑んだ。
「しっかし、お前どんなパワーしてんだ。てか、これ俺の頭に当たったらどうすんだよ」
「躱せるって思ったからやったんだよ。……まあこんなにすげえとは思ってなかったけど」
「当然だっつの。トップレベルなんだからこの程度は当たり前にできる。それよりどうする。続けるか?」
「当然!」
ニヤリと口角を上げた振り払うように背後に向かって剣を振った。それを回避しながら距離を取るサリバンもアベルに応じるように口角を上げた。
それから三時間ほど剣を交え続けたアベル。時にはレオと交代し重量級の相手をすることで気分を変えて特訓をすることもあったが、基本的にはサリバンと行っていた。
それもとりあえず一区切りつけ、休憩を取ることにした。これが休憩前最後の一本。まだ、一矢報いることすら出来ていないことを考えるとこの一戦でどうにか一矢報いたいところだった。
集中力をマックスまで高めたアベルは、相手の動きを見ながら距離を詰める。それに合わせて切り上げを放つサリバン。それを弾いたアベルは、返す剣でサリバンの肩口に一気に振り下ろした。しかし、それを当然のように読んでいたサリバンは一戦目のように身体を逸らし回避すると同時に背後に回った。
これまでの決着の半分以上が大ぶりの一撃に合わせて背後に回られたことであったため、これで終わりかと無意識のうちに思うギャラリーの二人。
しかし、そんな彼らの考えは覆されることになる。背後に回ったサリバンの背中への斬り降ろしを剣でガードすると続けて打ち出された突きを紙一重、身体を横にずらすことで回避したのだった。
「おっ!?」
アベルが見せた回避に思わず声を上げたのはレオ。ドトークも声は上げていないものの、目を見開いており明らかに驚きを見せている。
回避不能だと思われたタイミングでの攻撃を回避されたサリバン。そんな彼にアベルは振り向ながらその勢いを生かして横薙ぎにした。当たろうものなら衝撃で行動不能になるだろう。
しかし、彼の渾身の一撃は空を切った。横薙ぎの一撃を引き戻した剣で受け止め浮き上がったサリバンは着地と同時にアベルに向かって素早い動きで一気に距離を詰める。そしてアベルの無防備に開いた胴体にタックルを打ち込んだ。
アベルがその衝撃で倒れこむと同時に首元に木剣が突きつけられた。
「あぁ……。くっそ」
アベルは悔しそうに声を漏らす。それとは対照的に安心したように息を漏らしたサリバン。二人の間に一瞬静寂が流れる。
「もうちょっとだったのになぁ!!!」
「残念だったな。まだまだ素人同然のお前に負けるわけにはいかないんだよ」
サリバンの差し出した手を掴み立ち上がったアベルは、大きく悪態をついた。しかし、後に引きずるような様子は見せていない。
「じゃあ、さんざんやったし休憩するか。昼飯もたっぷり買ってきてあるから」
「あぁ~、疲れた。サンキューな」
そういった彼らは休憩を取り始めた。たっぷり肉が挟んであるサンドイッチを頬張るアベル。そんな彼にレオが近づいてくる。
「アベルくん。少しいいかな」
「アベルでいいっすよ。何でしょ?」
「じゃあアベル、ヴィザリンドム様に頼んで剣を振るってもらうことはできないだろうか?」
「構いませんよ」
そうアベルがしゃべった直後、彼の肉体がいつものように乗っ取られる。毎回突然やってくる感覚に慣れ始めながらアベルは肉体の制御権を抵抗することなく受け渡す。
「ほう、言うなガキンチョ。この俺を顎で使おうと?」
突如として口調と雰囲気の変わったアベルに一瞬の戸惑いを見せるレオ。しかし、すぐに表情を切り替えると真剣そのものの表情でアベルを見つめた。
「さて、何故この俺を使おうというのか、理由によっては協力してやらんこともないが?」
拒否権を与えない強い語気で問いかけるヴィザ。そんな彼の問いかけにレオはまっすぐと目を見ながら嘘偽りなく答える。
「俺も剣士の端くれ。更に剣の腕前を上げたいという願望があります。そこで剣の形を取ったあなた様に一手指南をしていただきたいのです。伝説の英雄、アグリス・ギリーレイトに振るわれた神の剣であるあなた様であれば人ではたどり着けない剣の領域に辿り着いているのではないかと思いましたので、お願いさせていただきました」
目を細めながらレオの言葉を聞くヴィザ。そのままの状態で言葉を紡ぐ。
「であるならば、今一度剣の腕を上げろ。こいつと戦うのを見ていたが、今の貴様の腕では俺に一矢報いるどころか剣に触れることすらできんぞ」
それだけ伝えたヴィザは肉体を返還する。肉体を取り戻したアベルはレオに視線を送る。
「あの……、あんまし気にしなくていいと思います。あいつはいつもあんな感じなので」
「いや、ヴィザリンドム様がいうのであればその通りなんだろう。ありがとうな。俺はまだまだ精進しなければならないと知った」
「はあ……」
特に何をしていないにも拘わらず礼を言われ何か釈然としない感覚を覚え、生返事を返すアベル。どう対応すればいいのか迷う中、サリバンの口から特訓再開が告げられる。それを聞き、彼は近くに置いておいた木剣を手に取り、駆け寄っていった。
「ふう……、しっかし最初よりもだいぶついていけるようになったな」
「なあ、疑問なんだけど対人の訓練って必要なのか? 俺たちのメインって魔獣退治だろ?」
「何言ってんだ。なんとなく知ってるだろうが世の中人のほうがよっぽど危険だ。腹の中分からねえ・いざって時に飛んでもねえことを起こす・行動原理のはっきりしてる魔獣のほうがまだましだ。だから対人を磨いてた方が得なんだよ」
「そんなもんか……。いやな世の中だよな」
斬り合いが区切りがついたところで地面に横たわるアベルは呟く。それを見下ろしているサリバンの答えに溜息を吐いたアベルはゆっくりと立ち上がると、サリバンに背を向ける。
「お、どうした?」
「用足してくる」
溜め込んでいたものを出すために、彼らから離れ、近くの木の陰に入ったアベル。ささっと終わらせてしまおうと腰に手を掛けた。
何故反応できたのかは本人にもよくわからない。動物的直感といえばそれまでだし、対人訓練のおかげだと言えばそうだともいえる。とにかくアベルの肉体が培った短くとも濃密な経験から自身の肉体の滅びを回避するために、一瞬感じた圧倒的なそれに反射的に行動を起こしていた。
背中に刺さる殺気に全身の毛を総毛立たせたアベルは反射的に身を屈ませた。その直後、彼の頭上を風を、木の幹を切り裂きながら鋼の板が通り過ぎていった。
アベルの目の前で切り落とされた木の幹が音を立てて滑り落ちていくが、構っている暇はない。何も言わずに斬りかかってくるような存在に情状酌量の余地はない。敵対者に対抗するために背中に剣に手を伸ばしながら距離を取ろうと試みる。
そんな彼の腹部に衝撃が奔る。魔獣の突進を受け止めたときと同等、あるいはそれ以上の衝撃で浮き上がったアベルの肉体は吹き飛び地面に叩きつけられる。
腹部に溜まる痛みを誤魔化すために患部に手を当てながら蹴りが飛んできたほうに視線を送る。しかし、視線の先には先ほど変わり果てた切り株があるだけ。誰かがいる気配もなく殺気の正体もない。
じゃあ誰が。その続きを考えることすらできずアベルの身体に再び衝撃が訪れる。天から降り注いだ重撃にアベルの身体は悲鳴を上げる。九の字に折れ曲がり彼の背中に衝撃で小さなクレーターが出来上がる。
肺が潰れたと錯覚したアベルの身体は呼吸を止め空気を求め喘ぎ始める。しかし、彼の肉体は少しでも敵対者の情報を得ようと残った全能力を知覚能力に振り分けた。
腹部に感じる重さで何かが上にいることを理解したアベルは天を見上げる形で敵対者の顔を視認した。
その人物を認識して真っ先に意識が向いたのは顔につけられた仮面であろう。目元に当たる部分が斬りぬかれた無骨な仮面を身に着けた白髪の人物は殺気を纏った視線で見下している。体形のわからないコート上の服を着ていることが、さらに敵対者の謎加減を煽っている。
しかし、目の前の人物のことを考えている暇がなくなる。仮面の人物が背中にかけた剣に手を掛けたのだ。このままでは斬り殺されるとわかっていても彼の身体は一切動こうとしない。
「お前……、一体何なんだ……」
せめてものの抵抗として相手から情報を引き出そうとする。が、彼の思惑通りのことは進まない。
「これから死ぬ奴が知る必要は無い」
短く彼の問いかけに仮面は剣を引き抜くとアベルの首を斬り落とそうとする。このまま死んでしまうのだと思ったアベルは咄嗟にギュッと目を瞑った。
そんな彼を救うように仮面の人物の顔の横を一条の矢が通り過ぎる。が、本来であれば顔面に直撃していたはずの一撃、仮面の人物が顔を横に逸らしたことで回避されてしまった。が、襲い来る矢は一本に限らない。次々と飛来する矢に鬱陶しさを覚えた仮面の人物はアベルに向けていた剣を迎撃に回す。
その瞬間、何もない空間からレオが姿を現し、両手に握りしめた剣を横薙ぎにした。剣を矢に回したことで剣を受け止められなくなっていた仮面の人物は仕方なくアベルから離れると後方に飛び退り回避する。一方で剣を振り抜いたレオは剣を腰の鞘にしまうとアベルを抱きかかえ、すぐにその場を離れた。
「全くどうなっているんだ!? 小便行ったかと思ったら殺されかけてるなんて!」
目にもとまらぬ速度で特訓していた場所に戻ってきたレオはアベルを下ろすとドトークに治療をするように告げる。
「リーダー! 向こうの様子は!?」
「動かねえ。それにしても不意打ちをしのぐだけじゃなくて俺の矢を全部撃ち落とすなんてどうなってんだあいつは!」
仮面の人物の動向を口調は荒めだが、冷静に内容を告げたサリバンは最後の矢を持ちながらレオに向かって告げた。睨みつけるようにして遠くの仮面の人物を見据え、一挙手一投足を見逃すまいと睨む彼ら。
だが、そんな彼らを嘲笑うかのように仮面の人物は予想の上をいく行動を見せた。百メートルは離れていようかという距離を瞬きする暇さえなく、一気に詰めてきたのだ。まるで光のごとき速度で懐に入り込んできたその人物に寒気のようなものを覚えた彼らの行動が一瞬止まる。その隙に剣を振り上げた仮面の人物はアベルの首に向かって剣を振り下ろそうとした。
しかし、ごくごく短い時間ではあったがアベルの身体が動かせるようになるほど時間を与えてしまった。仮面の人物にとってはまさに不幸。勝ち筋をつぶされる事態であった。
「オラァ!!!」
いつの間にか起き上がっていたアベルは、口に血の溜まったとき特有の濁った雄たけびを上げながら背中の剣を抜き、振り下ろされる剣に向かって叩きつけた。そのせいで剣の軌道は逸れ、威力で地面にぶつかり切っ先の跡を残した。
「……チッ」
動揺を誘ったうえで殺しきれなかったことに舌打ちをした仮面の人物は彼らから距離を取った。
「邪魔が入ったせいで殺せなかったが……。まあいい。餞別として教えてやる。覚えておけ、アベル・リーティス。アイリース、それが貴様を殺すものの名だ」
「逃がすか!」
自分の名を告げ、逃げ出そうとする仮面の人物をサリバン達が逃がすはずもない。三人は一斉に行動を起こすと攻撃に移った。サリバンは最後の矢を引き絞り、レオは剣を振りかざし、ドトークは火球を仮面の人物の頭上に作り出した。 そしてほとんど同時に三人の攻撃が仮面の人物に襲い掛かった。
直後、砂煙が仮面の人物を包み込み、その姿を一時的に視認できなくなる。
「煙を晴らせ!」
サリバンの指示でドトークが風を巻き起こし、砂煙を吹き飛ばす。しかし、そこにあったのは鎧を身に着けたレオの姿だけであり、仮面の人物は消えてしまっていた。
さながら嵐のようにやってきてアベルに襲い掛かった仮面の人物は、草原の真ん中で煙になったかのように姿を消してしまった。
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