第2-4話 ソードマン・リユナイト・ベストフレンド
アベルの口から告げられた衝撃の事実に驚き絶叫を上げた冒険者五人。ひとしきり絶叫を上げた後は状況整理に入る。
「ちょ、それ、伝説の、アグリスの」
しかし、そう簡単に脳内で与えられた超重量級の情報を整理できるはずもなく、語彙力の死んだ言葉を何とか絞り出している。
「落ち着け俺……、冷静さを失わないように、って師匠がいつも言ってるだろうが……」
混乱した状態で言葉を発したところでどうにもならないことに気づいたサリバンは、大きく深呼吸し自分に言い聞かせるようにつぶやくと、次第に落ち着きを取り戻していく。そして冷静さを完全に取り戻したところで満を持して口を開く。
「とりあえずゆっくり話ができるところに行くぞ。お前からは聞きたいことが山ほどできたんでなぁ!」
口調は冷静を取り繕っているサリバンであるが、声色とともにどんどん化けの皮がはがれていく。さらにアベルの肩に添えられている手には万力のような力が込められている。とても冷静な人間の握力ではない。後ろの仲間たちも目に見えるほど興奮した様子を見せており、特に剣士であるレオはひときわ興奮しているらしく、鼻息を荒くしている。
「さあ行くぞ。思い出話に花を咲かせようじゃないか!」
いよいよ興奮を隠せなくなったサリバンは肩に手を回したまま、歩き出そうとする。それに引っ張られるように歩き出す。このまま、彼らとともに一晩を明かすことになるのだろうかと一瞬考えたアベル。しかし、そんな彼らを止める存在が現れる。
「待て」
周囲に凛として響き渡る声。それが自分たちを引き留めるためのものであると感じたサリバンたちはその方向を向いた。
その先には先ほどから置いてけぼりを食らい続けていたカルミリアたち獣鏖神聖隊の面々が佇み、彼女の部下たちはサリバンたちに睨みを利かせている。
「あ? なんだ国の犬っころ」
「お? 放し飼いの獣風情が」
彼らの動向に苛立った様子を見せるレオは睨みを返しながら荒ぶった口調で言葉を投げつける。それに対して鏡のように返答するのは後ろに控えていた彼女の部下であり、ドスの聞いた声を響かせる。
お互いの敵対的な言葉を聞き、頭に血が上った二人は睨みを利かせたまま、距離を詰めていく。お互いの顔同士が触れてしまいそうな距離まで近づいても二人は一切目をそらさない。二人が起爆剤となったのか双方の間に剣呑な雰囲気が流れ始める。
間に挟まれているアベルは何かを察したような顔をしているが、なぜそうなっているかを知らないラケルはそれを受け入れられず青い顔をしている。そんな彼女を落ち着かせるように背中を撫でるナリス。彼女の存在に安心感を覚えたラケルは、この空気の原因を問いかけた。
「あの、これは……」
「ああ、ラケルちゃん知らないんだ。冒険者と獣鏖神聖隊って仲悪いんだ」
「で、でもどっちも魔獣を倒す人たちですよね」
ナリスの返答に違和感を覚えたラケルはさらに問いを重ねる。
「それが仲悪い原因なんだよね。えっと……」
腕を組みながらラケルの問いに答えようとするナリス。しかし、どう説明すればいいかうまくまとめられないのか言葉に詰まり唸り声を上げ始める。そんな彼女をフォローするように二人に声が掛けられる。
「獣鏖神聖隊はその名前の通り魔獣を殺す部隊。一方、冒険者のお仕事も大半はお金をもらって魔獣を殺すこと。お互いの役割がかぶっちゃってるから縄張り争いになってるところがあるんだよね」
「あの、あなたは?」
「あ、オジサン、ヘリオス・ライベムっていうの。あの人の部下。よろしくねー」
「あ、こんにちわー」
二人の会話に割り込んできたヘリオスと名乗る戦士風の男はカルミリアを指さしながらラケルに名を名乗った。突如として割り込んできた彼に対して一瞬戸惑いを見せたラケルであったが、ナリスがなんの戸惑いも見せずに挨拶をしたことで平常に戻る。
先ほどの彼の説明を聞き、目の前で起こっている光景に合点がいったラケル。
「でも、お二人は悪口を言いあったりしないんですね?」
「私はあんまりそういうの気にしないからね」
「オジサンも。楽させてくれるならどんどん頑張ってほしいし」
「仲良くすればいいと思うんですけど……」
「「ねー」」
目の前で起こっている空気を緩和するように和やかな会話を繰り広げる三人。
その一方でアベルを巻き込んだ二勢力のぶつかり合いは本格的に火花が飛び散り始める。しかし、主に火花を飛び散らせ合っているのはカルミリアの部下とレオたちサリバンのパーティメンバーであり、長である二人はお互いを敵視している素振りはない。
それでも剣呑な空気が流れているのは変わらない。口火を切ったのは獣鏖神聖隊。
「すまないが彼にはこちらが先約を入れている。後にしてもらっていいだろうか」
「先約を入れてもらったところ悪いんだが、こっちもこいつに喧嘩の顛末を聞かなきゃならない。少しずらしてもらってもいいか」
「もう既に事は終わっている。今の口ぶりだと彼を確保するための方便にしか聞こえないが?」
「どうだかな」
リーダー同士のそうとは思えないほど重苦しい交渉が行われる。それにつられるように火花を散らせている者たちも空気も重くなっていき、次第に一触即発の空気へ変化する。
さすがにこれ以上は見過ごせない。そう考えたアベルは、行動を起こすことにする。
肩にかかっているサリバンの肩を外した彼は、カルミリアのほうに向きなおると口を開く。
「すみません。今日は彼を優先させてもらいたいです。用事は明日以降でお願いします」
頭を深々と下げながらカルミリアに謝罪するアベル。彼の行動で張り詰めた空気が弛緩する。サリバンの方は明らかに歓喜の空気を出し、獣鏖神聖隊側は落胆した空気を出す。
頭を下げるアベルを見てどことなく残念そうな表情を浮かべたカルミリア。
「……わかった。では明後日ここで待ち合わせだ。それまでは友人との再会を楽しんでくれ」
ああも丁寧に頭を下げられては引き留めることもできない。アベルをサリバンたちに譲ることを決めると、部下たちに指示を出しその場から撤退する。それに従ってその場を去るヘリオスたち。
その場に残されたアベルたちは早速場所を移動するための行動に移った。場所を移し、個室のとれる店に入った七人。サリバンは早速先ほどのことを問い詰め始める。
「しっかし、久しぶりに会ったお前に突っ込みどころが多すぎる! お前が何百年も誰も認めなかった伝説の剣を持ってるなんて!!!」
サリバンの発言に同じ部屋にいる仲間たちもうなずいている。アベルは今まで何気なく受け入れてきたいたが、伝説の剣の入手、今まで未経験の魔獣の戦闘・勝利。普通の人間は前者どころか後者だって経験することはない。それを久しぶりに再会した友人が起こしているというのだから興奮するのは無理もない。
「まあ、いろいろとあったんだよ」
彼らの反応にどことなく恥ずかしさを覚えた視線を逸らしながら濁しながら返答する。しかし、それで終わらせるつもりのないサリバンたちはさらなる追求を始める。
「いやいや、そんなんで終わらせるわけにはいかねえよ。確か……、眠ってたのはオルガノの城砦跡地だったよな。あのアグリスが治めてた」
「そうだな。なんでそこに行ったのは聞かないでくれ」
「んじゃ聞かねえ。んでどこで手に入れたんだ? そこらに転がってたわけじゃねえんだろ?」
「そうだな。城砦奥の玉座のある部屋の真下に刺さってたんだ。魔獣に襲われて逃げ回ってた時に床が抜けてそこに着いたんだ」
個室に届いたジョッキを片手にしながらヴィザリンドムを手に入れるまでの経緯を説明していくアベル。それを聞きながらサリバンはさらなる問いを投げかける。
「そうか……。しっかし、ここ何百年もいろんな奴が抜こうとしたって噂なのに、ズブの素人のお前が抜けたんだろうな?」
「なんか本人の様子からして間違ったらしい。まあ、自分の目の前に現れたんだからアグリス本人だと思うわな」
「深層世界ってやつか」
「んでいろいろあってここまで来たんだ」
一通りの説明を終えたアベルはサリバンの返答に一瞬の違和感を覚えたが、かすかな違和感は喉を潤した飲み物で洗い流される。彼の説明を聞きながら納得したように首を振っていたサリバンたちも話の切れ目だと感じたのか、ジョッキを煽った。
「はーい質問。なんであの店で喧嘩してたの?」
一息ついたアベルに今度はナリスから質問が飛ぶ。先ほどの騒動のことはやはり気になるらしく、誰も口を挟む様子がない。当の本人も説明の義務があると感じ、息を吸い込むと説明を始める。
「別に大した理由でもないよ。あいつらこの子が目的だったらしくて、口八丁に手に入れようとして断ったら殴ってきたから殴り返した」
「うわぁ……、そいつらクズだねぇ……」
ラケルのことを指しながら事の顛末を告げると同時に殺到する男への非難。まあ、アベルにそれを擁護する気もない。
「しかしよくやったもんだ。あいつら確か五本だったはずだ。俺たちだって一対一でやったら一撃でノックアウトできるかは怪しいぞ?」
「五本? なんだそれ?」
レオの口から吐き出された言葉にアベルが反応する。するとサリバンから補足の説明がなされる。
「そっかお前は知らなくて当然か。五本っていうのは冒険者のランク付けをする牙のことでな。本数が増えるごとに地位が上がっていくんだ。大体五本から魔獣を一人で倒せるくらいだって目安になってて、そいつらは魔獣を一人で一体倒せるくらいだってことだな」
「あれ? でもアベルさんはもう既にモガッ」
サリバンの説明をきき納得したように首を縦に振るアベル。同時にそれを聞いて口を開いたラケルの口を塞ぎ、目で制した。彼女が今何を言おうとしているかはなんとなく察しがつく。余計な情報を増やす必要は無い。しかし、その行動でラケルと仲の良いナリスが興味を持ってしまったらしくキラリと目を光らせた。そのことに気づかないアベルはサリバン達に意識を向ける。
「そうだったのか……。あいつら意外とできるやつらだったのか」
「まあ、話を聞く限りじゃお前らが悪い感じもしないし、何かあったら店の連中に協力を頼むなりしてどうにかすればいいだろ。そのためならお前たちに協力するぜ」
「助かる。俺はまだその辺の身の振り方を知らないから」
協力を申し出てくれたサリバンに軽く頭を下げたアベル。
「ちなみにお前のランクはどれくらいなんだ?」
「お、それ聞くか。聞いて驚け! 俺たちのパーティは全員九牙、それぞれが一人で五体以上の魔獣と互角以上に戦えるぜ!」
「ドラゴンも討伐したことがあって、現状、冒険者のランクとしては二番目に高いんだ」
サリバンの誇らしげな説明と、それに補足して付け加えるドトーク。彼らがそこまでの実力者であるならば纏っているオーラも仲裁に駆り出される理由も説明がつく。親友が強い冒険者になっていたことを勝手に誇らしげに思い、小さく笑みを浮かべたアベル。そんな彼の笑みが崩れる事態が起こる。
「えー!? アベルさん、もう魔獣を三体同時に倒してる!? それに魔獣の突進を正面から受け止めた!?」
直後、静まり返る室内。声の発生源はナリス。先ほどの二人の不審な行動に興味を持っていたナリスはアベルがサリバン達と話している間にラケルからこっそり聞き出そうとしていたのだ。ラケルも最初こそ先ほどの行動の意図を察し隠そうかと思ったのだが、彼女からすればむしろ聞いてほしいくらいであったた目、一応内緒にしてほしいという体で話すことにした。その結果が先ほどの行動である。
ナリスとしては内緒にしようと努力したのだが、その衝撃に口が勝手に開いてしまったのだ。
前者はどちらかというと真正面の戦闘を苦手とするナリスがやっとできることを素人同然のアベルが既に成し遂げているという驚き。そして後者に関しては
「どうだ、レオ。できるか?」
「強化なしだとほとんど無理。っていうか普通にやりたくねえ」
パーティで一番のパワーの持ち主であるレオですらできないと言ってしまうほどの行為。それをしてしまったという一種の狂気。その二つの事実がナリスの口を軽くしてしまったのだった。
彼女の言葉に驚きを隠せないサリバン達。何度もアベルに視線を送りながらお互いに見つめあう。その状態にどこか居心地の悪さを感じ取ったアベルは場を収めるためのフォローに入る。
「たまたまだよ。身体能力だけでどうにか倒せただけだから、経験豊富なお前たちにはまだまだ足元にも及ばない。だからどんどんいろんなことを教えてほしい。もちろんお前たちがいいんだったらの話だけどさ」
少しの間、ジョッキで顔を隠したままアベルを見つめたサリバンは、ジョッキを下ろすと笑顔を見せた。
「何言ってんだ! そんなの当然だろ!」
笑みを浮かべながら声を上げたサリバンが仲間たちに視線を向けると、彼らも首を縦に振った。
「さあ、これ以外も話したいことがある。どんどん呑むぞ。今日は俺のおごりだ!」
豪快に声を上げたサリバン。それを喜ぶようにメンバーたちも声を上げた。二人の思い出話から、空白の十年のお互いの話、冒険者としてのサリバンたちの話であっという間に時間が過ぎていく。夜が更けていく中、アベルは話を聞きながらこの楽しくて仕方がない瞬間を噛み締めていた。
この話は伸びるぞ、と思った方は
☆☆☆☆☆からの評価やブクマへの登録、願うならば感想をよろしくお願いいたします!
ぜひ次回の更新も見に来てください!




