第2-3話 ニューゴッド・イズ・カミング
結果を先に言うとアベルの身体に衝撃が奔ることはなかった。
もはや砲弾と化した氷の塊がアベルに直撃するその直前。氷の砲弾は前触れもなく光とともに頭上から降り注いだ極小の太陽によって蒸発する。打ち出した本人にも、受け止める覚悟をした本人にも渦中の者たち全員、誰もが何が起こったのかわからないまま、その場に静寂が流れる。
極小の太陽が小さくなり、熱量を減らしていく。そして完全に消え去ったところで静寂が打ち破られる。打ち破ったのは第三者、埒外の人物であった。
「両者、事を収めろ!」
凛とした声とともに割って入ってきた人物。アベルにはその人物に介入される謂れはない。そもそも見覚えもない。が、周りの人間たちは彼女に見覚えがあるらしく、驚きの表情を浮かべている。
「何で……、何でこんなところに、獣鏖神聖隊の隊長がいるんだよ!」
鎧を身に着けた小柄な女性。しかし、その身体からは歴戦の強者としてのオーラが溢れ出ており、彼女が異質な存在であることを如実に示していた。彼女こそがエリート集団のトップであり、この世に十振りしかない神装の使い手、つまりアベルと同じ存在である。
彼女の存在を認識した人々はなぜここにいるのかなどの理由で動揺した様子を見せている。当然、男たちも彼女というイレギュラーな存在にうろたえており、アベルのことは二の次になっていた。アベルとラケルの二人だけが彼女の存在をあらかじめ知っていたためか、動揺が少なかった。
二人以外の誰もが動揺した様子を見せる中、彼女はゆっくりと周囲の誰の耳にも届く声を響かせた。
「さて、王国直属の部隊として職務を果たさせてもらうことにしよう。治安維持の一環としてなぜ争いになったのか、お互いの言い分を聞かせてもらおうか。もっとも理由が話せないのであれば、話さなくてもいいが、な」
彼女の言葉に男たちはウッとした表情を浮かべ、顔を見合わせた。彼らが事の真相を正直に話してしまえばどうやっても勝てない。しかし嘘をつこうにも衆人観衆の中でやってしまっている。目撃者に嘘だと指摘され、発言の信頼性が失われ言い分は通らなくなるだろう。どのみち彼らに勝つ道はない。ならば彼らのとるべき手段はただ一つ。
「クソッ! 覚えてろよ!」
「まだ寝てんのかよリーダーは! 重てえんだからとっとと起きろよな」
すぐにその場を離れることであった。如何にもなことを吐き捨てながら店に戻っていくと、店の中で未だにのびている男を担ぎ上げ一目散に退散していく。その背中を見送ったアベルは鈍い痛みの残る背中を擦りながら、隊長の方に視線を向けた。彼の視線に気づいた隊長は彼のもとに近づいてくる。手の届くところまで近づいたところでアベルが口を開く。
「えっと……。わざわざ助けていただいてありがとうございました」
頭を下げながらお礼を言うと彼女もそれに返すために口を開く。
「さっきも言った通り、治安維持として止めたまでだ。お礼を言われるほどの事でもない。それにこちらとしても君に用がある」
「てことはやっぱり……」
その言葉が発された直後、アベルの身体が乗っ取られる。
「久しぶりだなキザ野郎。相変わらずてめえのガキに使われてるのか」
先ほどとは打って変わって荒々しい口調で話すアベル。その変化に心当たりのある女性は自分の内側に語り掛けた。そして内側の存在に肉体の主導権を渡すと、ゆっくりと口が開いた。
「君も相変わらずだな。荒っぽいわりに子供思いなところが滲み出てるぞ」
「黙れ、甘々なてめえに言われたくねえ」
二人が振るう存在が二、三言言葉を交わしたところで肉体の制御権を取り戻す。先に口を開いたのは隊長の方。お互いに初対面であるため、そのために口を開いた。
「改めて初めましてだ。私はカルミリア・ガリーズ。獣鏖神聖隊の隊長をさせてもらっている。よろしく」
「アベル・リーティスです。よろしくお願いします」
お互いに自己紹介をした二人はがっちりと握手を交わす。それと同時にカルミリアは視線をラケルのほうに向けた。その意図を理解したラケルは、一瞬慌てた様子を見せると頭を下げながら簡単に自己紹介をする。
「ら、ラケル・ヘルブミアです! お会いできて光栄です!」
「はは。そこまでかしこまる必要は無い。気楽に接してくれ」
ラケルの自己紹介を聞き、小さく笑ったカルミリアは彼女に歩み寄ると彼女の手を握る。
「さて、お互いに自己紹介を終えたところで少し話がしたいんだが時間は取れるか?」
「ええ、構いませんが」
「じゃあ立ち話もなんだ。どこか話しやすいところにでも……」
カルミリアの提案にアベルは快諾する。彼女が接触してきた時点でその内容はなんとなく察しがついていた。それに時間には余裕がある。断る理由はどこにもない。
対談の約束を取り付けたカルミリアは人に耳が少なく、静かで話しやすい場所に移動しようとする。しかし、そんな彼らを引き留めるように大きな声が響き渡る。
「どいつだ、喧嘩してるやつは!」
店に姿を現したのは先ほどアベルの視線に止まった冒険者のパーティ。仲裁のために呼ばれたであろう彼らは店のスタッフにトラブルについて聞きこんでいる。既に解決してしまっているのだが、スタッフは何も考えないままに喧嘩の主犯であるアベルのことを指さした。
しかし、そのすぐあと解決してしまったことを知った冒険者たちは、何故かカルミリアに睨みを効かせながら足早にその場を立ち去ろうとした。が、リーダー格の男だけがピタリと足を止める。そのままの体勢でじっとアベルを見つめたかと思うと、眉間に皺を寄せたまま、近づいていく。
「なあ……、お前なんか見たことあるような気がするんだけど、どっかであったことないか?」
「だよなぁ……。俺も絶対に会ってる気がするんだよ。どこでだ?」
どうやらお互いに同じことを考えているらしく、互いに誰だがわからないまま向かい合って唸り始める。そんな彼らを見守る冒険者の一派とラケルたち。しばらく唸り声を上げながら男の知り合いを記憶の中から探していく二人。最近出会った人物から遡りながら一人一人目の前の人物に当てはまる人物を探っていく。が、思い当たる人物が思い浮かばず、加えて男であるという情報しかないため、全く絞り切れない。
このまま思い返すことが出来ず、背を向けることになるのかと諦めかけたその瞬間。
「あっ」
「あっ、あぁん?」
「えっ、マジ?」
「ウソだろ? そんなことある?」
示し合わせたように二人の間で同時に一つの選択肢が浮かび上がる。お互いに相手を確信しているかのような、二人の間だけで、通じるやり取りをした二人。傍から見れば何が起こっているのか全く分からない。しかし、二人は相手が誰かわかってしまっていた。
「「伝説の英雄、アグリス・ギリ―レイトを越える!」」
声をそろえて再度互いの間でしか通じない言葉を発した二人。しかし、その言葉だけで十分だったらしくお互いのことを指さすと驚愕の表情を浮かべながら大声を上げる。
「お前ー! サリバンかよ! 誰かと思った!!!」
「これ知ってるってことはアベルかよ! いやぁ、久しぶりだな!!!」
お互いの存在を改めて認識した二人は笑みを浮かべると再会を喜び合うようにお互いの肩をバシバシと叩き始める。周りを置き去りにしながら話をどんどんと進める二人。とんでもない速度で置き去りにされ、我慢の限界を迎えたラケルは、二人の関係を問いただそうとする。それはサリバンと名乗る冒険者側も同じだったらしく、問いただしたのは彼ら陣営の女性であった。
「ねえリーダー。この男の人知り合い?」
「ああ、俺が十年くらい前まで同じ村で暮らしてたんだ」
「ふーん」
リーダーである男の言葉を聞いた女性はアベルのことをジロジロと見始める。まるで見定めようとしているかのような視線をアベルは受け止めると彼女に対して名前とともに手を差し出した。
「初めまして。アベル・リーティスだ」
「私はナリス・ユーム。よろしくね!」
差し出された手を屈託のない笑顔を浮かべながら掴んだナリスはブンブンと少し乱暴に振り回した。彼女が自己紹介を終えたことで後ろに控えていた他のメンバーも警戒心が解けたらしく、アベルのもとに近寄ってくる。
「レオ・バードゥルだ。よろしく!」
「ドトーク・ヴァ―ハイムです」
「お初にお目にかかります。拙者、ミコト・ニコガワと申します」
筋骨隆々の鎧の男、ローブを纏った長髪の男、うさん臭く感じるほど忍者の格好をした小柄な女性の順で自己紹介をした彼らに自己紹介を返しながら手を差し出し握手を交わす。
一通りサリバンのパーティメンバーと挨拶を交わしたアベル。その一方でサリバンは全く別の場所に視線を向けていた。視線の先にはラケルがおり不思議そうな表情を浮かべている。挨拶を終え、パーティメンバーと会話をしていたアベルのもとに駆け寄ってくると、ラケルのことを指しながら小声で問いかける。
「なあ、あの子お前の連れか?」
「……ああ、一緒に旅することになったんだ」
一瞬どう答えていいかわからず狼狽えたアベルであったが、隠したところで仕方ないし、うまい具合に隠すための理由も思いつかなかったため、そのまま包み隠さずに彼女のことを伝えた。すると一瞬のうちにサリバンの顔が揶揄い混じりの驚きの表情に変わった。
「マジかよ!? 昔は女っ気の全くなかったお前が女連れで旅するなんてなぁ!」
「そんなんじゃねえよ。成り行きでそうなっちまっただけだよ」
旧来の友人のような気楽な口調で話すアベルとサリバン。かつて友人とは十年近く期間が開けばどこか他所他所しさがにじみ出てしまうものだが二人の間にそんな様子は全く見られない。つい最近まで付き合いがあったかのような様子で会話をする二人。ラケルもナリスたちと打ち解けたらしく五人で仲睦まじく会話を繰り広げている。
三分ほど思い出話にふけったアベルとサリバン。同時に二人の声が止まったのを機にサリバンは意を決したように気になっていた話題を繰り出す。
「そういえばアベル。なんで旅をしてるんだ? 風の噂で叔父に引き取られてそこで働いてるって聞いたけど、今はそこでは働いてないのか?」
「あー……」
サリバンの問いかけにアベルは何とも言えない声を漏らしながら、バツが悪そうに視線を逸らす。
「今は叔父さんのとこ止めちまったんだ。やんなきゃなんない事っていうか……、やりたいことが出来て。それに妙なものも拾ってさ」
「なんだか歯切れの悪い言い方だな」
アベルはかつての親友と再会し、今の自分が置かれた状況がどうにも言いづらくなっていた。かつては二人とも英雄になることを夢見て遊びまわり、時には無茶なこともしていた。しかし、離れ離れになり、アベルはそれどころではなくなってしまった。
しかし、サリバンは冒険者となり未だに英雄を目指している。そんな彼を差し置いて自分が神装を手に入れたことを伝えていいのか迷っていた。
「何か困ってることがあるなら相談に乗るぜ! 俺たちは自他ともに認める冒険者のトップパーティなんだからな!」
しかし、サリバンはそんな彼の内心とは裏腹に屈託のない綺麗な感情を見せてくる。裏の感情などまったく見えないその笑顔にアベルは意を決して伝えることにした。
「ああ、実は……」
『おい、とっとと伝えるなら伝えろ』
意を決して伝えようとしたアベルを急かすように声が響き渡る。
「うるさいよ。今やるから静かにして」
そんな彼をたしなめるようなアベルは反射的に声を上げてしまう。
「どうした急に?」
そんな彼の不可解な行動をどことなく既視感を覚えながら反応したサリバン。無意識のうちにやってしまったことにアベルは一瞬狼狽するが、息を大きく吐き出すと気持ちを引き締め精悍な表情へと変わった。
「実は俺すごいものを拾ってさ。紹介するよ」
そう前置いたアベルは背中の剣を手に取ると身体の前に持ってきてサリバンたちに見せる。
「これが俺の相棒の……」
ここまで言葉を紡いだところで、二度目となる制御権の乗っ取りが行われた。
「こいつの面倒を見ることになった、魔神剣ヴィザリンドム様だ。よきにはからえ」
本人の口から自己紹介が行われた。その瞬間、サリバンたちの時間が停止する。アベルの口から告げられた事実の衝撃で先ほどまでの笑顔のまま停止したサリバンと、彼の後ろで話を聞いていたメンバーたち。彼らは脳の処理が追い付かずにしばらくフリーズする。
が、そこはエリート集団。常人なら数分は停止しそうなところを十秒ほどで戻ってくる。戻ってきた彼らがまず取った行動は
「ええええええ!?!?!?」
大絶叫であった。
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