第7-31話 マスク・ショウ・トゥルーパワー
(しまったッ、あれが彼女に渡ってはッ!?)
戦闘に極ぶりした思考がやっと戻り、冷静になった彼女だったが、すぐに神装を手離してしまった焦燥感と危機感で一杯になる。
これがタリビアの手に渡ろうものならば、あとは神装使いに二人に蹂躙される未来しかない。だからこそ、彼女は必死になり彼から奪い返そうとする。
部下に指示を出す間もなく、事態を理解した部下がアベルに襲い掛かり、神装を奪い返そうとする。三人同時に襲い掛かった彼らであったが、すぐに絶望を味わうことになる。
もうそこに身体能力だけでごり押ししていたアベルの姿はなかった。淀みない足さばきと滑らかな身体捌きで襲い掛かってくる男たちを武器を使うこともなく回避しきったアベルは先ほどの瞬間移動並みの速度でタリビアのもとに駆け寄った。
「タリビアさん!」
アベルは彼女に相棒であるクライネルンを差し出す。だが、一向にそれが彼女に受け取られることはない。じっと手のひらを見つめたまま、立ち尽くしている。
「タリビアさん!!!」
アベルが問いかけてもそれが変わることはない。それを好機と判断したメイダンたちは即座に行動を起こす。
「今だ! 神装の破壊は後回しでいい! 彼女さえ殺してしまえばこちらの勝ちのようなものだ!!!」
目的を神装からタリビアに変えると彼女に向かって襲い掛かり始める。意気消沈のタリビアが動けないのだと判断したアベルは彼女を守るべく迎撃態勢に入った。
だが、アベルだけで対処できる数に限りがある。嘘でも今回の任務に出てきた大地信教団選りすぐりの人間だ。一人で捌き切るのは難しかった。
「しまった!」
死角を突いてアベルの防衛網を抜いた一人がタリビアに迫る。すぐに彼女のもとに駆けつけようとするが、逆に足止めを受けてしまい、向かえずに終わる。
「タリビアさん!!!」
彼女の身を案じ、声を張り上げるアベル。しかし、それでもタリビアは動かない。
「さあ、やってしまいなさい!!!」
もう命を捨ててしまったのか、その場にいた誰もがそう思った。その一人であるメイダンが最後の一押しのために部下に声を張り上げた。
「もらったぁッ!」
手が届く距離まで近づいた男は彼女の首に剣を振りかざす。あとはそれを振り下ろし、彼女の柔らかな肉を断ち切るだけで今回の作戦のすべてが終わる。そのつもりで彼は剣を握る手に力を入れる。
そして勢いよく剣を振り下ろした。誰にも邪魔されることなく、一直線にタリビアの首に向かうその剣は彼女の命を脅かす。何の妨害もなく進み続けた剣は後数瞬進めば、彼女の首を切り落とす。
振り下ろした男は確実な手ごたえを感じていた。確実に彼女の首に届き薄皮一枚のところまで迫った。あとは少し力を加えるだけで彼女の肉を抉り、彼女に致命傷を与えることが出来る。
目の前にタリビアが倒れる未来を夢想しながら男は剣を振り下ろす。その光景を誰もが共有し、彼女の死を幻視した。
だが、剣を振り抜いた男の前にタリビアの死体が倒れることはなく、むしろ彼女は忽然と姿を消していた。彼女の薄皮に触れた感触を確かに感じていた男は何が起こったのかわからないまま、周囲を見回した。彼だけでなく周りでその様子を見ていたメイダンやアベルたちも大いに困惑している。
そんな彼女の姿を確認したのはその直後のことであった。彼女は男が剣を振り下ろした場所に最後に確認できた姿そのままで佇んでいた。しかし、一つ変化していることがあり彼女の手には今まで握ることを拒み続けていたクライネルンが握られていた。
ミシミシと音が聞こえそうなほど柄を力強く握りしめるタリビアの手。そして彼女からビリビリと伝わる押し潰すような殺気。その二つは彼女の抱える怒りを表すのには十分すぎるほどだった。
それを理解しているメイダンは明らかに狼狽し、焦りを覚え始めた。だが、ここで逃げ出すわけにもいかない彼女はタリビアを仕留めようと部下に指示を出し、自分も行動を起こす。
「い、いけ! 今ならまだ何とかなる! 何としても殺せ!!!」
彼女の言葉に思わず身体を反応させ襲い掛かる男たち。アベルには目もくれず、一斉に武器を片手に襲い掛かっていく。
男たちを疑似的な先兵としながら後に続いて襲い掛かるメイダン。その際、彼女の意思とは関係なく瞼が動き、小さく瞬きをした。時間にしてみれば一秒にも満たないほんの一瞬、彼女の視界が失われる。普通の戦闘に関与することが無いと思うほど、短い時間。何の気なしに行われた行動。メイダンは気にも留めていなかった。
だが、次の瞬間彼女の視界に映ったのは部下が全員、首を跳ね飛ばされて地面に力なく落ちる姿であった。意識すらしないほんの一瞬。タリビアの速さはこの一瞬を決定打とすることが出来るほどであった。
何が起こったのか分からず困惑しながらタリビアがいた場所に向かって進み続けるメイダン。そんな彼女にタリビアは容赦なく襲い掛かる。痛みを感じる暇がないほどの速度で彼女の両腕を斬り飛ばす。
「は?」
痛みを認知できず、声を上げたその瞬間には両足も斬り落とされた。斬られた直後、彼女の両腕が地面に重い音を立てながら落ちる。それほどの速度でタリビアが剣を振るったことで、メイダンは理解が及ばないほどの速度でダルマにされてしまった。
「は、アアァァァァァアアア!?!?!?!?!?」
四肢を斬り落とされ、地面に倒れこんだメイダンはその痛みで空気を切り裂くような断末魔を上げる。最初は痛みだけだった彼女の悲鳴に徐々に恐怖と恥辱、そして憤怒が混じっていく。
そんな彼女を怒りで感情の失われた瞳で見下ろしているタリビア。その手の剣の切っ先はメイダンの額に向いており、彼女の意思一つでそれが額に振り下ろされることは明白であった。
「ああ、大地様。これから私は貴方様の肥やしとなり、益となります……」
そんな最後の瞬間。メイダンが選んだのは最後まで自分の信念に従うことだった。進行する者への心を溢れさせ、最後の最後まで大地のためになろうとする彼女。
そんな彼女に対してタリビアはすっと手に持った剣を額から外すと静かに下ろした。同時に魔技を発動すると彼女の両腕の傷を焼くことで血を止めた。
「な、なぜ……。殺せ……、殺せ! 私はこの身を大地様に捧げるのだ!」
殺されなったことで悲鳴に近い叫び声をあげるメイダン。そんな彼女の頭近くにしゃがみ込んだタリビアは静かに彼女に自分の考えを述べ始めた。
「貴様の最後の望みが殺されることであるならば……、私は貴様を殺さない。労働者たちの肉壺として一生を終えさせる。せいぜい労働者たちにかわいがってもらいたまえ」
「な、貴様ァ!? そんな辱めを私にするつもりか! かくなるうえは……」
そんな言葉を口走ったメイダンの口にタリビアはその辺の布をぶち込む。舌を噛み切って命を絶とうとした彼女の目論見は完全に断たれ、興奮で荒い息で濁った音を立てていた。死ぬことも出来ず、動くこともままならないメイダンはこれから先の未来を夢想し、思わず瞳に涙を浮かべ、絶望にそまった表情を浮かべる。そんな彼女をタリビアは冷めた瞳で見つめ続けていた。
首謀者の完全無力化によって町の方の魔獣たちもこれから数が減っていくだけになるだろう。反旗を翻した労働者たちもいずれ鎮静化される。騒動はほぼ鎮圧されたと言っていいだろう。
町を襲った前代未聞の襲撃事件が終わりを告げた。しかしタリビアの胸中は決して穏やかなものではなかった。
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