第7-23話 エネミージョーカー・ミート・マスク
その一方で町に一瞬で戻ったタリビア。自室に降り立った彼女は一息つく。が、すぐに気持ちを引き締め直すことになる。町に何か妙な気配を感じたからだ。基本的に日の暮れたこの町に渦巻く感情というのは酒を呑みたいや今すぐ寝たいなどという自分の感情に素直なものであることが多い。わざわざ他人に興味を抱く人間もいないため、他人への意識はかなり目立つものがある。
だからこそ、自分のことを値踏みするような視線は彼女の意識に引っかかる。気のせいと言われればそれまでかもしれない。が、町に意識を向けるのであればここに来たばかりのお上りだということが分かるが、わざわざ自分に向けて意識を向けているのは不自然だし、何より自分に意識を向けることが出来る時点で何かおかしい人物であることは明白な事実であった。
こうなった彼女の動きは速い。自慢の速度でその気配を醸し出している人物の下へと向かう。その速度は現神装使いの中でも最速。目視どころか、網膜に移ったのかすら怪しく感じるほどの速度で彼女はすぐにその人物のもとに辿り着いた。
彼女の前に立つのは場に似つかわしくない美形の青年。いきなりやって来たタリビアに驚いたような素振りを見せた当たり、ごく普通の何処にでもいそうな好青年のように見える人物ではあるが、そんな動きすらもむしろ胡散臭い。
「な、なんですか? ていうか一体どこから……」
「お前か。妙な気配を発していたのは」
突然現れたタリビアに狼狽する青年だったが、タリビアは気にすることなく言葉を続ける。彼が普通の人間ではないことはわかっている。この町に害をもたらす可能性がある以上、遠慮する必要はどこにもない。
「え? ああ、確かに僕はこの町を守る神装使いの女性に興味がありますが……」
「……私が女だと分かるのか」
「ええ、立ち振る舞いですぐに。隠そうとしているつもりみたいですが、ところどころに出ていますよ」
高圧的なタリビアの問いかけにすぐに復活した青年は彼女に正直な意見を伝える。自分が女であることをすぐに見抜かれたタリビアは内心驚くが、それを表には出さずに静かに抑え込む。それでいてさらに追及を続ける。
「それで? 何の目的でここにやって来た。ただの観光というわけでもないだろう」
「いえ、ただの観光ですよ。単にこの巨大都市をまとめ上げている女傑がどんな存在か興味があって一目見てみたいと思っていただけです。まあ、そこそこ時間がかかると思っていたんですけど思いのほか早く済んでしまったので私はもうここを立ち去るのですけど」
そう言うと彼はタリビアに手を差し出した。
「この出会いに感謝を僕はハルヴィーと言います」
この手が握手を望んでいるものだと即座に理解したタリビアは無意識のままにその手を掴み取ろうとする。差し出されたらこちらも差出返す、特におかしなこともない、まあ一般的な行為と言って差し支えないもの。
だが、彼女の直感が彼の手を掴むことを拒んだ。なぜかは言葉に出来ない。だが、この怪しい青年の手を取ったその瞬間からイニシアチブをすべて奪われるような気がした。
「……そうか。だったらいい。疾く失せろ」
持ち上げそうな手を理性で押し留め、青年に去るように促すタリビア。が、タリビアの強火な言葉に動じることもなく青年は頭を下げ、町の出口に向かって歩き始める。最後まで崩さなかった笑みにタリビアは不信感を抱きながらも、去っていくのならば止める理由もないと彼女はそのまま青年を見送った。
彼の存在に胸騒ぎを覚えつつあったタリビアは一応そのことを心に留めながら再び自室に戻っていくのだった。
一方、町を去った青年は振り返ると再びタリビアの方に意識を向ける。
「すごいなあの人。わかってたみたいに手を握らなかった。悟られちゃったかな?」
『いや、あれは直感で避けただけだろ。多少面倒になったからって俺たちのやることは変わらねえ。サクッと爆って殺すだけだ。そうだろ?』
「そうだね。あの人にもお礼をしないといけないしね」
そういうと男はフッと小さく笑うと町から離れていくのだった。
その日の夜。不壊竜骨跡地の鉱山内でこそこそと行動を起こしている男。町のクーデターに手を貸すことに決めた男は同じ時間に働いた同僚たちが交代しているにも拘らず鉱山内に残っていた。
なぜかと言われれば明日のクーデター。その最終確認をするためであった。以前案内されたあるはずの無い部屋に足を踏み入れた彼は既にその場にいる男たちとともに明日の作戦の確認をする。
「それじゃ、明日の戦いの最終確認だ。明日合図があったらすぐに見張りの連中の息の根を止め、外に出る。ここまでは先日話した通りだ。扉の鍵は準備できたか?」
「ああ、保管庫からくすねてきている鍵を使えば大丈夫だ。もちろん予備も確保している」
そう言うと男は鍵を二束見せるように取り出す。じゃらりと音を立てながら取り出されたそれに男たちは何かを確信するように首を縦に振る。
鉱山の出入り口というのは何かあった時に備えて複数存在しており、そこにある扉の鍵は一つにまとめられている。当然、扉から出るには鍵が必要になるのだが、見張り役である男はそのための鍵のありかを知っている。人手が薄くなり、警戒心の弱くなる夜のタイミングでこそっとくすねるくらい造作もなかった。
これをばらして対応する扉から出る者に渡しておけば同時に外に出ることが出来、上の連中により大きな混乱を与えることが出来る。その時には既に上でも混乱が起こっており、あとは後ろから襲い掛かるだけの簡単な仕事である。
「ククク、これで準備は完了だ。あとは明日、作戦を実行することで俺たちは自由を手にする!」
「オォ! 上で俺たちのことをバカにしている連中を殺せると思うと胸が躍るぜ!」
明日のことに胸を躍らせ笑みを止められない男たち。取らぬ狸のなんとやらというが彼らの思考はまさにそれであった。
作戦会議を終えて部屋の外に出た男たち。明日に備えて身体を休め未来の自分たちに思いを馳せるのだった。そんな未来が訪れないなどと知らずに。
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