第7-22話 デイトゥカム・ドロウ・ニアー
アベルが王国との通信を終えて六日が経過し、とうとう明日不壊竜骨跡地に約束の書面が届く。
「明日か……」
外れの集落で身体を休めているタリビアは、遊んでいる子供たちを見ながらポツリと一人小さく呟いた。その頬はどことなく緩んでいる。明日が楽しみで仕方がないらしい。それもそのはず。明日という日をどれほど待ち望んだことか。彼女がいったいどれほど待ち望んだことか。数年では効かない。それどころか彼女という人間だけで済む話でもない。
世界に捨てられた者たちが集まり暮らすこの地に置いて、存在が認められるというのは何にも代えがたい素晴らしい財産だ。これで彼らは諸手を上げて世界を進むことが出来るし、自分の存在を世界に広めるために外に出ていくことだってできる。彼らは人として生きることが出来るようになるのだ。
明日という日と、その先の未来を夢想するタリビア。そんな彼女のもとに子供たちに纏わりつかれながらも平気そうに歩くアベルが近づいてくる。
「何だか嬉しそうですねタリビアさん。口元が緩んでますよ」
アベルが指先で自分の口元を指して見せると、彼女は一瞬自分の顔に手を伸ばして取り繕うように口元を隠し、いつものような無表情を取り繕う。
子供たちを一度引っぺがし彼女の前に立ったアベルは先ほどの彼女の表情を深堀する。
「そんなに嬉しいんですか? 王国からの書類が」
「当たり前だ。私の、いやここを守ってきた者たちすべての願いだからな。それさえあれば私たちは人間として生きられる。子供たちにも苦労をさせずにのびのびと世界に羽ばたいていけるように出来る」
「確かに。大人はともかく子供達までここで一生を終わらせるのはあれですもんね」
「そうだ。子供達には世界に羽ばたいてそれぞれが持っている才能を花開かせてほしいからな。そのために努力してきたが……。ようやく報われたよ」
アベルの問いかけに応えるタリビア。彼女の瞳には感動のあまり涙が溜まっており、子供たちを見る彼女の目はまるで母親であるかのようだった。
「ねえタリビア様ー。タリビア様も一緒に遊ぼ―!」
話が一区切りされたところでそばで二人の様子を見ていた子供が彼女に近づいてその手を引いた。屈託のない綺麗な笑みを浮かべる少女の笑みに彼女が応えないはずもなかった。
「ああ、もちろんだ。当然、付き合ってくれるな?」
腰を浮かせたタリビアは挑発するような視線を向けながらアベルに問いかける。最初からそのつもりだったうえにそんなことを聞かれてアベルはニヤリと笑みを浮かべながら彼女の問いに答えた。
「もちろんですよ。心行くまでお付き合いしますよ」
そう言うと二人は子供たちの輪の中に混じっていく。
子供たちとの交流を楽しむ二人。後の悲劇など想像することなどできない二人は、明日このままの幸せな空気のまま書類が届いてすべてが終わると信じて疑わない。
日が地平線の陰に消えかけたころ、二人は集落を離れた。タリビアは自身の能力で自室に戻り、アベルは徒歩で町へと戻っていく。
「……ん?」
歩き出してすぐの事であった。近くに何者かの気配、それも微かではあるが殺気の混じったものを感じ取ったアベルは顔をそちらに向けると意識を張り巡らせその気配を探る。だが、気配の飛んできた方向には誰もおらず、既に気配は消え去っていた。
「気のせいか……?」
一応、気配の方向に足を運んで確かめてみたが、何もない。何もない以上気のせいだと判断するしかない。不思議そうにしながら頭を掻いたアベルは再び街に向かって歩き始める。
だが、彼のそれは間違いではなかった。彼が去っていったあと、彼が探した場所から少し離れた場所でその存在は姿を現す。
「危ない危ない、あの程度の殺気を感じ取るとは。魔神剣の使い手は雑魚だと聞いていたが案外できるじゃないか」
ローブに身を隠したその人物はフードを取り去るとアベルの歩いていった方向をじっと見つめる。長い髪を揺らし、きれいな顔を歪めながら笑う彼女は今度は視線をずらし、集落のほうに向ける。
「なるほどね。あそこがあの仮面の弱点か。うまくやればすぐに制圧できそう。それにこっちには切り札もある。完璧ね。負ける要素が見当たらないわ」
何やら不穏なことを言いながら明日の襲撃のことを考える彼女は、徐に地面に跪くと手を付き顔を地面につける。そして頬ずりを始めると恍惚の表情を浮かべながら叫び声をあげる。
「ああ、大地様! 明日になればあの忌々しい神がまた一人姿を消し、あなた様の穢れが取り払われます! 愚図でのろまな私をどうかお許しください! 明日必ず、このジュイルが目的を達成して見せます! あと少し! もうしばしお待ちくださいませ!」
頬ずりをしながら懺悔にも聞こえる声を上げた彼女はしばらくそれを続けた後、すくっと立ち上がると再び姿を消すのだった。
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