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第7-17話 ネゴシエーション・ファイナリー・ビギン

 三度目となるタリビア。以前のようなミスは侵すまいとアベルは立ち止まると一呼吸入れて扉をノックした。


「入れ」


 タリビアの声に従い、アベルは扉を開けその奥に足を踏み入れた。


「今回はちゃんとノックの後に入ってきたな」


「ああ、もう殺されかけたくないですから」


「いい心がけだ」


 椅子に座ったままアベルを迎え入れたタリビア。皮肉交じりの言葉にアベルが応えると彼女もそれに応える。


 机の前にアベルが立ったところで二人の視線が交錯する。先に口を開いたのはタリビアだった。


「さて、王国は我々に協力を求めている。王国と我々の協力を実現するために君はここに来たわけだが。もしそれが実現した場合、王国は我々に一体何を提供できる?」


 彼女は商人だ。協力に対して対価を求めているらしい。もっとも彼女の言い分は正しい。世界が滅ぶと言われても実感は出来ず、共闘が終わってはいさようならでは、仕事に責任は乗らない。


 アベルとしてはやっと交渉のテーブルに彼女がついてくれたことを実感し、一歩前進したことが喜ばしい。


 もちろんカルミリア含め、王国がこのことを想定していないはずがない。事前にこれに備えて準備を進めているし、アベルにも事前に知らせている。


「もちろん無償というわけではないです。鉄鋼の流通に関する特権、王国よりヴェッスミシード下で修業を続けている鍛治師たちの派遣。贅沢品の提供等などです。詳しいことはこちらに」


 アベルは籠手から一枚の紙を取り出すと、タリビアに手渡す。それには今回の戦争に協力した際に王国から提供できるありとあらゆるものが乗っていた。


 素早くそれに目を走らせていくタリビア。しかし、読み進めていくにつれて彼女の顔が険しくなっていく。


「あの……、大丈夫でしょうか?」


 書類の何が気に食わないのか。アベルが問いただそうとするとタリビアは彼に向かって書面に書かれている内容の不備を伝える。


「確かにこの書面に書かれている内容は魅力的だ。これが手には入ればうちは大々的に王国トップクラスの商家になれるだろう。だが、我々が最も欲しているのはこれではない。身の安全だ」


 タリビアは一拍おくとさらに言葉を紡ぎ始める。


「世捨て人同然で排除されるべき存在として忌み嫌われている我々の存在を保証する文言が子の紙には一切書かれていない。まさか特権は与えても我々に対する攻撃は続けると?」


「一応聞いている分には、君たちの身の安全は当たり前のことであり書面にする必要すらないとのことです」


「ダメだ。商人として書面でちゃんと記してもらわなければ信用には値しない。私の存在が抑止力となっているというのであれば私がいなくなった時点で王国は攻め入るともとれてしまう。それではお互いに背中は預けられない。少なくともこの場所そのもの、そしてそこに住まうものの身の保証を書面で明確にしてもらわなければ協力することは出来ない」


 確かに彼女の言い分はもっともだ。口約束でしかない以上、強大な戦力であるタリビアがいなくなった瞬間、この土地を王国が確保すべく動くかもしれない。あの国王がそんな姑息な真似をするとは到底思えないが、念には念を入れたいというのは人の心だろう。


「わかりました。確認を取ってからまた来させていただきます」


 彼女の言い分に納得したアベル。彼女の言い分を王国に伝え、纏めなおしてから再び交渉することに決めた彼は軽く頭を下げると、部屋を後にしようとした。


 が、それをタリビアが引き留めると彼に紙の束を渡す。


「悪いが、これをノルウィーグのやつに渡してはもらえないか。あいつこれだけ残していってしまったんだ。この程度のために呼び出すのもあれなのでな。それと少し奴の仕事を手伝ってやってくれ」


 アベルは彼女の頼みを了承し、紙の束を抱えると改めて部屋を後にしようとする。


「まあ、頑張ってくれ。期待しているぞ」


 そんな彼の耳に届いた小さな呟き。アベルが発したものでない以上、こんなことを言うのは一人しかいない。アベルは振り返ると彼女に対して小さく頭を下げ、部屋を後にするのだった。


 アベルの背中を見送り一人部屋に残ったタリビアは小さくため息を吐くと一人ごちる。

 

「やれやれ、私もずいぶんあの男に甘くなったものだな」


 もともと彼女は今回の交渉のテーブルに着く気はなかった。何度アベルがやってきても適当な言い訳で追い返し、時間が経つまで適当にのらりくらりと受け流す気満々であった。だが、彼のことを見ていくうちに彼の誠実さや実直さを理解していき、同時に彼にだったら協力してもいいかと思えるようになった。


 そしてそれを決して悪いと思っていない自分がいる。呟いた時の彼女の口角はわずかにだが上がっており、呟いた時もこれから彼がどんな動きを見せてくれるのかという期待の籠っている明るいものだった。


 彼女は彼にかなり期待している。だからこそ、これから自分にどんなものを見せてくれるのかと期待せざるを得ないし、自分に気持ちよく首を縦に振らせてくれる未来を夢想する。


「……こんな気持ちとは縁を切ったつもりだったんだがな」


 同時に浮かんでくるとある気持ち。こんな立場になった時に縁が切れてしまったと思い込んで来たそれに感情が膨れ、自分が呑まれそうになる。


 だが今はそれを放り投げてでもやらなければならないことがある。彼女は気持ちを切り替えると自分の仕事に取り掛かる。アベルが話をまとめて戻ってくるのを微かに楽しみにしながら。





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