第7-15話 ソードマン・ディスカバー・シークレットヴィレッジ
魔獣襲撃事件から三日が経過し、アベルは町の外に出て散歩をしていた。
今日もバイトが休みのため時間を持て余していた彼は時間を潰すため何とか知恵を振り絞っていた。が、いかんせんこの町ではあまりやれることがない。基本的に世捨て人、すべてをかなぐり捨ててきたものが集まるこの場所で気の利いた娯楽は少ない。せいぜい酒と女、裏の賭け事くらいのものだ。どれもアベルの趣味ではない。
今日の鍛錬を終えてしまったアベルは寝るまでの時間を持て余してしまっており散歩という究極に持て余している時の選択肢を選ばざるを得なくなってしまっていた。
そんな感じで町の外をふらふらと歩き回っていたアベル。
「暇すぎる……。メルギスさんに言って普通の仕事にも混ぜてもらおうかな」
答える者のいない呟きが周囲に響き、一瞬で消えていく。真剣にそうしようかと考えるアベルは歩きながら訓練がてら周囲の気配を探る。だが、周囲には何もいない。いつも通りの平和である。そもそも結界を張ることで魔獣の侵入を抑制しているこの町からしてみればこの間の、それも透明化するという特殊な力を備えた魔獣が現れること自体が想定外である。
「相当余裕もあるし……、もうちょっと広げてみるか……」
三日間休み漬けだったアベルの肉体は相当の余裕がある。このままいつものように特訓をしても負荷がかからないことを自覚したアベルは索敵の範囲と精度を上げる。その倍率はおよそ二倍。ここまでになると訓練で今までの比にならないほど成長したアベルでもさすがにきついと感じる。そんな範囲を高い精度で索敵し、彼は何か変わったものがないかを探っていく。
すると、アベルのレーダーの範囲内に何かが引っかかる。不壊竜骨跡地から少し離れた林の中。その中に町を守る結界よりもさらに隠密性を上げた結界が張られている。町自体に結界が張られていないことを考えるとここは町よりも丁重に守られていることになる。
何か大切なものが守られているのだろうか。アベルの思考はそう結論付けるが、そうなるとそこに近づくのはあまり良いとは言えない。もし商売に関わる大切なものだった場合、部外者であるアベルがそこにいるのはリスキーだ。下手をすれば、今回の交渉が全て頓挫し、タリビアとの全力戦闘になりかねない。
「……ま、いっか。行くか」
だが、猫を殺すタイプの好奇心を抑えられなかったアベルはすべての思考を一瞬で取っ払った。何かが起こったらその時考えればいいかと重要な仕事を任されていると人間とは思えない考えで、自分を納得させた彼は、その結界のほうに向けて歩き始める。
さっさと軽い足取りで歩き続けたアベルはとうとう結界の張られている場所に到達する。辿り着いた彼はまず結界の特性を調べ始める。防御力としては上々程度、目を見張るべきはその隠密性である。ライーユと同等クラスの隠密性。外見も相当に偽装されているこの結界にこの隠密性であれば早々のことがなければ見つかることはないだろう。
このレベルであればアベルが見つけることができたのもほぼほぼ偶然といって間違いないだろう。見つけることの出来た自分を褒めてやりたいくらいだが、今はどうでもいいことだ。それよりも結界の解析の続きだ。
頑丈で静寂な結界。だが、それと同時にこの結界はとても繊細だ。ライーユの時は入ろうとすれば入れる道があったが、この結界には道がない。道がないのだから入りようがない。強引に乗り越えようとすれば途端に壊れてしまうだろう。この先に何があるとしても乗り越えるならば慎重にやらなければならない。並みの人間では不可能だろう。
「じゃ、行ってみるか」
だが、修行で力をつけたアベルであれば壊すことなく乗り越えることが出来る。アベルは全身を魔力で包み込むと結界に足を踏み入れる。一瞬彼の身体に足取りを拒むような感覚が走る。が、アベルは意に介さず、繊細な魔力操作でさらに足を踏みいれた。胸、腹、腰まで入り最後に足が結界に入り、完全にアベルの身体が完全に結界に入る。
次の瞬間、彼の視界に広がる景色が変わる。林らしく木にうっそうと生い茂っていたはずの前方が小さな村らしいものに変化する。建物の間を行き来ているのは老人と小さな子どもたち。それ以外の人種は見当たらず、遊びまわっている子供をその老人たちが優しい視線で見守っていた。
その場に立ち続けながら村の様子を観察していたアベル。そんなアベルに気づき子供が声を上げる。
「あー! おっきい街のにいちゃんだ!!!」
「遊んで遊んでー!」
「いつもみたいにお菓子持ってきてくれたー?」
一人が声を上げれば他も声を上げてアベルを取り囲む。そして彼の手を取ると自分の意志に引っ張り込み彼をしばらく遊びに付き合わせた。
二時間もして解放されたアベル。彼が建物の壁沿いに置かれたベンチに腰掛けるとその横に一人の老人が座り、水を差し出す。
「飲みんしゃい」
「あ、どうも……」
それを受け取り一気に飲み干したアベル。それを見た老人が早速口を開く。
「お兄さん、タリビア様の部下じゃないね?」
アベルがどう説明すればいいかと悩んでいると老人はフッと小さく笑ってさらに言葉を続ける。
「いや、やっぱりしゃべらなくていい。子供たちとあれだけ遊んでくれたんだ。少なくとも悪い人間じゃないってことはわかるさ」
気さくに自分を受け入れてくれた老人にアベルは問いを投げかける。
「あの……、ここは一体……。町からも離れていて老人と子供しかいないみたいですし……」
アベルの問いかけに一瞬眉をひそめた老人。この青年にここのことを伝えていいものかと不安に思った彼であったが、アベルの瞳の奥に感じるものがあったのか彼の問いに答えることを決める。
「ここは私たちのような社会的弱者の中でも更なる弱者を守るため、タリビア様が用意してくださった秘密の集落じゃよ。ここには老人と親から見捨てられた子供や、不壊竜骨跡地の娼婦が誤って作ってしまった子供たちが集まっておってな。みんなで協力して生きておるのじゃよ」
「そうか。だからあっちには子供がほとんどいなかったのか……」
不壊竜骨跡地に子供がいなかった理由がここであることがわかり腑に落ちたような表情をするアベル。
「にしてもあの人が……」
「不思議か? タリビア様が子供たちを大切にしているのが」
「あ、いや……」
アベルの口から無意識のうちに零れた言葉に追求するような言葉を吐く老人。それに対し、言い訳臭く聞こえるが心の内を言葉として老人に伝える。
「いや、多少危ない仕事をしているからこそ子供たちを少しでも遠ざけたいと思ってここに隔離しているんでしょう。大事に思っているのは結界の質で十分にわかりました。じゃなきゃあんなに強力な結界張らないでしょう」
アベルが彼女を褒めるような言葉を吐くと老人は他人のことながら誇らしげな笑いを上げる。
「ほっほ、よくわかっていらっしゃる。あの方は子供好き……というのもありますが、それ以上に自分と同じような子供を出したくないと思っていらっしゃるようでしてな。全員は無理でも手の届く範囲の子供は全員助けようとこのような場所を作られたのです。我々も社会的弱者という一点ありきでここに子供たちの面倒を見るという役割を与えられているのです」
「なるほど」
老人と会話を繰り返すアベル。そんな彼らの視線が一瞬のうちに集中する出来事が起こる。
仮面をつけたタリビアが広場のど真ん中にいきなり姿を現したのだ。だが、村の住人にとってそれが当たり前なのか、特に驚いた様子も見せず彼女のもとに集まっていく。
「わー、タリビア様だ!」
「今日ねー、たくさんお勉強したんだー!」
「タリビア様ー、僕にも剣を教えてー!」
子供たちは彼女のもとに集まっていき、思い思いの言葉をぶつける。そんな彼らに対して普段は見せない優しい笑みを浮かべながら優しく対応するタリビア。優しく上がった口角。こんなことを思うのは失礼かもしれないが、あの火傷がなければどれほど美しく映ったのだろうかと、思わずアベルは思ってしまった。
そんな中、子供の内の一人が彼女にあることを伝える。
「今日ねー、男の人が来て僕たちといっぱい遊んでくれたのー。あの人―」
少年は座っているアベルを指さしながらタリビアに伝える。少年の指先に視線を滑らせアベルの存在に気が付いた彼女は、先ほどまで浮かべていた笑みをスッと消すと彼のもとに歩み寄っていく。そして追いつめるが如くアベルの背後に手を置いた。
「……見たか?」
アベルを問い詰めようとするタリビア。睨むような視線を超至近距離から浴びせ、アベルと視線を交差させる彼女。その圧力は傍から見れば恐怖でしかないだろう。
しかし、当の本人であるはずのアベルは以前ほどの圧を感じていなかった。まず、周りを取り巻く環境のおかげで殺気がかなり薄くなっていること。そして最大の要因としては彼女の様子が違っていた。仮面で隠れているが、仮面と髪の隙間から見える彼女の耳が赤く染まっていることだった。これでは怖いと思えるわけがない。
「……見ました」
少しほっこりとした雰囲気のまま、彼女の問いかけに答えたアベル。先ほど子供たちに見せていた笑みを視られてしまったという恥ずかしさのせいか小さく体を震わせるタリビアであったが、ここで剣を抜いて暴れることなど出来るはずがない。
落ち着きを取り戻したように震えを止めた彼女はアベルから離れ服装を整える。そしてジロリとアベルに視線を向けた。
「なぜ君がここにいる?」
「いやぁ、散歩してたらここを見つけて……」
アベルが応えると彼女はフンと顔を逸らす。どうやら彼の所業を深く問い詰める気はないらしい。実際この結界を見破れるものがそうそういるとは思っていなかったのだ。見つけてしまったのならばそれを問い詰めるより、その技量を称賛しなければならない。最もこっぱずかしく思っている今のタリビアから飛び出ることはないが。
無言のままタリビアとアベルの時間は進んでいく。どちらかが先に口火を切って話を進めたいところではあったがそれを自分ではやりたくない。そんな気持ちが彼らにはあった。
そんな膠着状態を崩したのはアベルの視界に映るタリビアの表情であった。彼とは明後日の方向を向いているタリビアの視線の先には二人のことなど気にせず、楽しそうに遊んでいる子供たちがいた。それを見るタリビアの表情は先ほど囲まれていた時と同じように柔らかで優しいものへと変貌していた。
「……その表情、お綺麗だと思いますよ」
そんな彼女の浮かべる表情を伝えたくなったアベルは思わずそれを口に出した。即座に反応し彼に顔を向けるタリビア。しかし、その表情は先ほどのように敵意の籠った鋭いものではなく、柔らかなものだった。
「……本当か?」
「……ええ、ずっとその表情だったら商売にならないんじゃないかって程には」
「そうか……」
冗談交じりにアベルがそう告げるとタリビアは再び顔を逸らした。しかし横から見えるその表情、そして彼女の纏う雰囲気はとても柔らかで、それはまるで包み込むような母のようだった。
これが彼女が本来持つ気性なのだろう。優しくて母性に溢れた母のような存在。それを露わにできるのがここだけなのだ。だからこそ彼女がここを大切にしているのだろう。それを理解したアベルは、小さく首を縦に振った。
ここに足を踏み入れたことは良くなかったかもしれないが、それでも彼女の本来の優しさを知ることが出来ただけでも上々だと言える。
「アベル君、ここに入ったことは今回は見逃そう。だがそれはそれとして君には少し話したいことがある。あとで私の部屋に来い」
さて、お説教が確定したところでアベルは現実から逃れるべく、子供たちの中に飛び込んでいくのだった。
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