第7-13話 ソードマン・ノウ・パストオブウォウンド
タリビアの素顔を見てしまったアベル。狼狽える彼女を前にそれが見てはならないものであることを悟った彼は記憶を消したい衝動に駆られるがそんな器用なことはアベルにはできない。全力で地面に頭を打ち付ければ普通の人間なら出来るかもしれない(普通に不可能)が、アベルの頑丈さでは気休めにしかならない。
もはや仮面を付けることすら忘れたタリビアは入ってすぐのところで立ち竦む彼を部屋に引きずり込むと乱暴に扉を閉める。そして彼を壁に押し付けると鬼の形相で詰め寄った。
「見たな貴様、私の素顔をッ!!!」
「す、すいません、ノックもしないで入ってしまって! 仮面を外しているなんて思わなかったんです!」
自分に非があることが明白なアベルは謝意を前面に押し出して彼女に謝罪する。が、彼女の怒りはその程度は収まらないらしい。机のほうに手を伸ばすと彼女の手にクライネルンが飛んできて収まる。握ったかと思うとそれを一直線にアベルの首めがけて振り下ろした。
「あああぁぁぁ!? すいませんすいませんすいません悪気はなかったんです!?」
ここで死ぬわけにはいかないアベルは彼女の振り下ろしを間一髪のところで受け止める。だが、彼女は本気で殺す気らしく抑えられた腕に力を籠めてそのまま剣を首に突き立てようとする。そのまま力比べに突入する二人。怒りと興奮で剣を片手に襲い掛かっているタリビアと何とか斬られないように耐えるアベル。二人は至近距離で見つめ合いながら鍔迫り合う。
先に力を抜いたのはタリビアの方だった。不意に力を抜いた彼女はアベルの目を見ながら小さな声で問いかける。
「おい」
「ハッ、はい!?」
「私の顔を見て、どう思った?」
彼女がアベルに問いかけたのは自分の顔の評価。彼女の急な問いかけにアベルは眉根を寄せながら必死で思考する。そして全神経を使って導き出した答えをおずおずとした口調ではあるものの答えていくのだった。
「……あんまり長い間見たいと思うようなものではないです!」
ここで彼が結論付けた答えは自分の感想を正直に、かつ少しだけ柔らかくしたものだった。ここで彼女の顔を綺麗などとはとても言えないし、そんなことを言えば彼女の性格上、同情していると思われて余計に怒らせてしまうかもしれない。
だが、醜くて見れたものではないなどと言ってしまえばそれはそれで人としてどうなのだろう。人間には言い方というものがある。それを活用すれば余計に事は荒立たない。
何も言わないのは論外。質問には答えを返そう。
「……そうか」
そんな彼の言葉を聞き一瞬黙り込んだタリビアだったが、すぐに復活する。彼の言葉で一応落ち着きを取り戻せたらしく、振り上げた剣を下ろすと彼から離れ背を向ける。そして机に向かって歩き出すと仮面を手に取り手慣れた手つきで仮面を付けた。
「これが先ほどの礼だ。受け取ってくれ」
机の棚から袋を取り出したタリビアは彼にそれを軽く投げ渡す。が、普段以上に彼女の態度は素っ気ない。先ほどの件も相まって今の彼女はあまり話したい気分でなかった。
袋を受け取ったアベル。しかし彼は動こうとせずタリビアのことをじっと見つめ続けていた。
「……どうした? 私の用は終わったぞ?」
そんな彼を横目で見ながら、遠回しに追い出すような言葉をかけるタリビア。それでもアベルは動かず、逆に口を開く。
「その傷は……、火傷ですか?」
「……貴様に関係のあることか?」
「いえ、一応聞いておこうと思って」
本来ここは素早く引いたほうがお互いのためになるのだろう。しかし、アベルはあえてここで首を突っ込んだ。単なる好奇心だったのか、それとも彼女の内面を知ることで今後に生かそうとしたのか、本人にすら言葉に出来ないレベルの小さな感情で漏れ出た言葉だった。
「ああ、十歳くらいの事だったか。焚火にうかつに近づいて転んで顔面からそれに突っ込むなんてアホなことをしたころの私が負った傷だ。そのおかげで私は家から追い出されこんな生活をすることになったわけだ。なんて滑稽な話だ」
ハッと一声笑いを上げながら自虐するように言葉を刻むタリビア。しかし、彼女の纏う雰囲気は紛れもなく悲しんでいる人間のそれであり、実際彼女の瞳は何かを思い出してか潤みつつあった。
「すいません。言いたくないことを話させるようなことを」
「……本当だよ。全くなんでこんな話を貴様にしなければならないんださあ、昔話はこれで終わりだ。とっとと行ってしまえ。私はこう見えて暇じゃないんだ」
シッシと手を振り改めてアベルを追いだそうとするタリビア。今度は素直に応じることにしたアベルは部屋に後にした。
部屋に一人残されることになったタリビア。彼女は昔のことを思い出しながら感傷に浸っていた。顔面に負った火傷の傷は本当に家を追い出されるほどの事だったのだろうか。私に対する親の愛は本当にその程度の物だったのだろうか。そんな考えは未だに彼女の胸の内にへばりついていた。
「社長。今月分の売上を、ってどうしたんですか、感傷に浸ったような顔をして」
「いいや、何でもない」
だが、彼女は今を生きている。悩まされることはあってもそれに足を引っ張られるようなことはあってはならない。仕事はキッチリと、そして素早く終わらせる。そして忘れるために酒を呑んでゆっくり眠る。そのために彼女は一日を本気で生きている。
売上金を持ってきたノルウィーグの声に呼応するように、仕事のスイッチを入れ直し彼女は早速仕事に取り掛かるのだった。
「そういえばさっきアベル君がいましたけど何かあったんですか?」
「ちょっとしたトラブル兼詫びだ。お前が気にすることじゃない」
「だったらいいんですけど……」
ノルウィーグは歯切れの悪い言葉に疑念を浮かべながらも彼女の仕事の補佐を始めた。
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