第7-8話 ソードマン・レシーブ・オファー
「さてと……。今日はこのくらいにさせてもらおうかな」
町の何でも屋になりつつあるアベル。今日はこのくらいにと活動を切り上げ、拠点としている廃屋に戻ることにした。
その時、彼の背後から声がかかる。
「ちょっとお兄さん、よろしいかい?」
その声にアベルが振り返るとそこには煽情的な格好をした女とその護衛と思われる二人の男が立っていた。煙管を片手に細めた唇から煙を吐く彼女はアベルが振り返ったところで声を上げる。
「あんた、うちで働かないかい。あんたほどの力、リンゴ一個程度の安い仕事で使うのはもったいないだろう?」
カツカツと足音を立てながらアベルに歩み寄った彼女は押し付けるようにして身体を寄せた。
「力が強くて、頭もそこそこ、おまけに魔技まで使えるそうじゃないか。そんな優秀な人材弄ばせておくのはもったいないわ。もちろん報酬はしっかり払うわ。金でも、女でも、何なら私の身体でも」
チラリと服の襟をつまみ、見せつけるようにしてくる女。しかし、アベルの表情は動かない。それに苛立ったのか、彼女の交渉の仕方が少し変わる。
「別に断ってくれても構わないよ。ただ……、そうなると私の口が滑って余計なことをいっちゃうかもしれないねぇ……。例えば、アンタが王国の密命でここに来てるとか……、ね? あるいは夜、安心して眠れなくなったりとか」
先ほどのクリーンな交渉とは打って変わって脅迫じみた強引な手口。後ろの屈強な男たちの後押しもあって普通の人間であれば彼女の脅しに屈して首を縦に振ってしまうのだろう。
だが、アベルは普通の人間ではない。神装魔神剣ヴィザリンドムの使い手であり、旅の中で数々の修羅場をくぐってきている。この程度で屈するような精神ではない。
至近距離で触れていた彼女の肩にぐっと手をかけ、引き剥がしたアベルは口を開くとはっきりと彼女に告げた。
「別に俺は言ってもらっても構わないよ。何人かにはもう行っちゃってるしいまさら一人二人増えたところで変わらないよ。それに夜はいつでもぐっすり眠れるから」
少しだけ呆けた顔をしている女を他所にアベルは護衛の男たちに目を向ける。
「そっちの人たち。相当できるのは分かるよ。立ち方で鍛えられてるのも分かるし、魔力も感じられるから魔技も使えるんだろね。ただね、俺は後ろの二人を二秒あれば倒せる。これは自信とかそういうものじゃなくて客観的な事実だ。現に後ろの二人は俺の攻撃に気づけてない」
アベルの言葉に二人は身体をまさぐり始め、何かされたのかを確認する。再び女に視線を戻したアベルは再度彼女に告げる。
「でも別に俺は喧嘩したくてここに来てるわけじゃない。やることがあってここに来てる。だから脅すとかはやめてほしいな、ってね」
アベルの言葉にキョトンとした表情を浮かべた女。しばらくその表情のまま固まっていた彼女だったが、次の瞬間溢れだしたかのように笑い始める。
「…………ぷっ、アハハハハ! いやあ、噂通りの剛毅な男だね!」
突然笑い始めた彼女に今度はアベルが呆けさせられる中、彼女は目尻の涙を拭いながらさらに言葉を続ける。
「あんたの噂は商人やってれば嫌でも耳に入るよ。アベル・リーティス。五百年ぶりの魔神剣の使い手、ラスター・マグドミレアと一人相対して生き残った男。噂には事欠かない男さ。試しにちょっかい出したらこんな有様、惚れちゃいそうなくらいまっすぐな男だよ」
ひとしきり笑った彼女は話を切り替え、仕事の話題を切り出す。
「いや~、笑った笑った。紹介が遅れたね。アタシはメルギス。ここの商売の一つの責任者をやってる者さ」
そういうと彼女は手を差し出した。戸惑いながらもアベルはその手を掴む。
「さっきの話に戻ろうかね。あれは別に冗談でも何でもないんだよ。今、アタシの担当はね、戦争特需? ってやつでかなり好調でね。少しでも人手が欲しかったのよ。そんなところにいろいろと出来るアンタがやってきた。引き入れたいと思うのは当然さね」
アベルが話を理解してくるとメルギスはさらに話を加速させる。
「どうだい、うちで働かないかい? ちょっとでいいんだ、もちろん給料だって弾む。怪我したときはあたしたち持ちさ。ベットで寝られる環境だって提供する。ここじゃ破格の条件だよ」
アベルを自分のもとに引き込もうとメルギスは次々と条件を提示していく。確かに普通に働く分には好条件だ。彼女の提案を受け入れることにする。
「少しの間でいいんだったらやらせてもらう。やることがあるからあまり長い時間は働けないけど」
しかし、先ほど冗談でも脅された経験が心に根付いてしまっているアベルは、わざと少しだけ心の距離を感じてしまうような言い方をした。
だが、それでもメルギスからしたら少しでも彼がいてくれるのは大収穫である。ニヤリと笑みを浮かべ彼の腕に抱き着く。
「よし。それじゃあ決まりだね。まずは親睦会だ、いっぱい付き合いなよ」
そのまま強引に彼女に引かれるようにしてアベルは歩き始める。その後に護衛の二人が続き歩き出す。夕焼けに向かって歩く彼らはすぐに町に溶けるようにして消えていった。
親睦会の体でメルギスにいっぱい付き合わされたアベル。親睦会は深夜まで続き、酒をそれなりに飲まされて程よく酔いながら与えられたベットで眠りについた。
いい気分で夢を見ていた彼であったが、ふと部屋の周りに気配を感じて目を覚ました。何者かの襲撃かと考え身体を起こし、ヴィザの入った籠手を手に取り死角に入って扉が開くのを待つ。
しかし、彼は扉が開いた瞬間張り詰めさせた神経を弛めた。扉の向こうに見えた人物が襲撃者などではなくメルギスであったからだ。忍び足でアベルの部屋に入ってきた彼女は会った時以上の薄着であり、シミ一つない足が殆ど露出されている。上半身を隠すネグリジェは刃だが透けて見えるほどの薄さである。
「……ンフフ」
「何してんですか?」
「ひょわ!?」
入ってきてすぐに扉を閉めた彼女は足音を立てない様、しかし不敵な笑いを上げながらベットに近づいていく。大体服装で何をしに来たのかは予想はつくが一応はっきりさせておくためにアベルは背後から彼女に声をかける。
驚きで変な声を上げながら身体を跳ねさせたメルギスは振り返るとベットとアベルを交互に見る。
「なんだ、まだ起きてたのね……」
「さっき起きたんですよ。それで? 一体何しに来たんですか」
アベルに見下ろされながら問われた彼女はニヤリと笑みを浮かべ答える。
「男女が酔って同じ部屋に一緒にいたらやることは決まってるでしょう? いい男がいたらちょっとつまみ食いしたくなっちゃうのよ」
答えながら身体をくねらせアベルにすり寄ってくるメルギス。要は彼女は夜這いをしに来たのだ。であった当初から彼の肉体に目を付けていた彼女はこれも目的で彼を勧誘した。親睦会も半分は酔わせて食うことが目的だった。
男を誘うような煽情的な肉体に、人目を引く彼女の美貌、そして彼女の纏う蠱惑的な雰囲気があれば少しそそのかせば男はいくらでも食らいつくだろう。
だが、アベルが食いつくことはない。
「お気持ちはありがたいけど、一応こっちは女の子を二人抱える身なんで遠慮させてもらいますよ」
「あら、彼女持ちだったのかしら?」
「彼女っていうほどじゃないですけど……。まあ似たような物って解釈してもらっていいですよ」
「あらま、残念」
アベルは少しぼかしたような答えを返すとメルギスは残念そうな表情を浮かべた。
「しっかし、意外と肉食系なのかしら。女の子を囲い込むなんて」
そういった空気が消えた室内でメルギスがアベルに揶揄うような言葉をかける。
「そんなんじゃないですよ。色々あって面倒見てるだけです」
「でも私のことを断るってことは大事にしてるのね。好きなのかしら?」
「ご想像にお任せします」
彼女の問いにぼかすように答えながらさわやかな笑みを浮かべたアベル。そんな彼の表情で何かを読みとった彼女は彼をするりとよけると扉に向かう。
「なんかそんな気分じゃなくなったわ。しょうがないからもう少しだけ付き合ってちょうだい」
そう言うと彼女は酒瓶を振るように手を動かしてアピールする。目が冴えて、酔いも覚めてしまったアベルは彼女に付き合うことにし、彼女の後について歩き始めるのだった。
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