第7-1話 ソードマン・ムーブ・アゲイン
王国・冒険者連合軍が実質ラスター・マグドミレアに大敗を喫したあの戦争から二か月が経過した。その話は王国中に広がり、国民たちは不安に駆られていた。いつ自分たちに彼の者の牙が剥くか分からないのだから。
だが、カルミリアたちだって黙っているわけではない。ラスターに対抗するための手段を考え、それを実行すべく行動を起こしていた。
その第一歩。どちらにも属さない神装使いを引き込み、戦力の拡充を図る。そのために王国側、ラスター側双方が動いていた。
そして王国側、その先兵として動く一人の男がいた。腕につけた籠手、その内側から発せられる光は文字通りの神の光を放っていた。
草木がうっそうと生い茂る森の中を平然とした表情で進む一人の男。しかし、その雰囲気は依然と遥かに違っている。自信はあったが堂々たる風格には満ちていなかった彼であったが、二か月を経て自信だけでなく、強者特有の軽く威圧するような堂々たる風格を身に纏っていた。
「なんか、こうやって一人で旅するのも久しぶりだな。みんな元気かな」
彼の名前はアベル・リーティス。魔神剣ヴィザリンドムの担い手であり、先日の戦いに参加することなく、自身の牙を研ぐことに注力していた男である。
湿度と暑さでじめじめとした不快感が森中に漂っているにも拘らず、ざわざわと草を蹴りながら不快感の一つも顔を出さずに目的地目指して進む彼。
全く速度を落とすことなく、足を進めていた彼であったがふと王国側の人間の顔を思い出す。
「なんか大変だったみたいだな……。やっぱり参加してた方がよかったか……。いや、あの時の俺が参加しても微々たるものか」
王国の敗戦は彼も耳にしており、戦争への参加を蹴って修行に走った自分の行動を後悔したこともあった。しかし、事の顛末を聞いて力不足の自分が参加したところで戦況は変えられなかっただろう。そもそもそういったときに戦況を変えられるようにするために修行という選択肢を取ったのだ。何とかそのことを自分に言い聞かせて納得させた。後悔するよりも前に進むことが肝心。
『その通りだ。いちいちくよくよするな。あの化け物爺にまた叩きのめされるぞ』
「わかってるって。もうやめる」
彼が一瞬抱いた悔恨の感情を鋭く察知したヴィザがアベルの諫めるように声を上げる。
「あーみんなに会いてえなぁ。ラケルちゃんたちは放置してきちゃったわけだし。あとで直接謝っておかないと。リュティエルもうるさそうだな……」
置いてきた二人を思い出しながら、アベルは再度足を進めていく。
しばらく進んでいた彼であったが、ふと足を止めた。恐る恐るといった様子で虚空に向かって手を伸ばしていくと、彼の手がふわりと何かに包まれるような感覚に襲われる。
「これは……、結界か。手が入るのが邪魔されなかったってことは入るのを妨げるタイプじゃなくて、感覚を狂わせて自分から出ていくようにするタイプか」
『幸い、それほど強い結界じゃない。魔力で全身を包めば気にせずに通れるはずだ』
結界の種類を考察しながらヴィザにアドバイスをもらうアベル。
「なるほど。魔力、くれるってことでいいんだな?」
『その程度は自分でやれ。貴様にとって大した量じゃないだろう』
「へいへい」
アベルはヴィザのアドバイス通りに魔力で全身を覆い、結界の奥に足を踏み入れた。一瞬、脳がぼんやりとする感覚に襲われた彼だったが、すぐに覚めしっかりとした足取りで歩き始める。
「やっぱりだったな。魔力を纏ってなかったら方向感覚を狂わされてそのまま、逆方向に進まされてただろうな。おおこわ」
『おそらく罠はまだまだあるぞ。気を付けろよ』
「ああ、こんな結界張ってあるってことはよっぽど入ってほしくないんだろうな。まあ帰るわけにもいかないから進むしかないんだけど」
ヴィザと雑談をしながら歩みを進めるアベル。
しばらく目的地に向かって歩み続けていたアベル。度々トラップが発動し命の危機に晒されることもあったが、それを類まれなる直感と鍛え上げた戦闘能力で回避していく。
そして歩みを進め続けついに彼は辿り着いた。
「おお……、デッケエ……」
アベルは眼前に広がる光景に思わず声を漏らす。彼の目の前に広がっているのは山ほどありそうな巨大な骨とその内側で作り上げられている人間の居住空間であった。
「これが不壊竜骨跡地、噂には聞いてたけど見るのは初めてだな……」
『俺が眠りにつく前にはこんなものはなかったな。これは……、ウェインのところの神獣の遺骸か』
目的地である不壊竜骨跡地を見た第一印象を思い思いに口にする。不壊竜骨跡地の巨大さは異様であった。
一本一本がアベルの五十倍以上の太さを誇っている骨。それが倒れたり地面に突き刺さったりなどしてまるで一つの砦のようになっている。あれを突破するのは容易ではないことは素人のアベルでも容易に想像がつく。
更にその内側にはマンションのように高く積み上げられた人々の住居は王都ではありえない光景であり、人々の住む場所を効率よく確保するための工夫の結果だということを容易に分からせた。
噂によるとこの都市一つで生活が完結してしまうほど高い自治制を誇っており、ここを収めている組織は王国の裏社会でも屈指の勢力を持っているらしい。王国がなかなか手を出しづらいことを踏まえればその勢力の大きさが想像つく。
だが、ここは民間人によって自治が行われている地域というわけではない。社会から見捨てられた、いわゆる世捨て人と呼ばれる人間たちが集まり生きていくためにこの場所を管理しているというのがこの場所の実情であり、その分治安も悪いだの、入れば死ぬだのの悪い噂の絶えない場所でもある。実際普通の人間はこんなところにわざわざ好き好んで近づかない。
それでもアベルはここに足を踏み入れないといけない。そのために彼はここにやってきたのだから。
「よし、それじゃ行くか」
『かなり見張りがいるぞ。大丈夫か?』
ヴィザの言う通り、不壊竜骨跡地の周りには見張りの自警団がおり、下手な動きをすれば見つかってしまうだろう。
「舐めんな。隠密は修行中に訓練したわ」
しかし、今のアベルは自信に満ち溢れている。修行でやった隠密訓練を思い出し、自警団に見つからないよう影のごとく静かに動き始めるのだった。
アベルが結界を超えた直後。不壊竜骨跡地の奥地、居住区の最も高いところで一人の人間が結界を越えたことを感じ取る。
「……何かがこっちに近づいてくる。それもかなりの使い手だ」
『ええ、どうやら私と同じ存在。それもずっと眠っていたお坊ちゃまみたいね』
「魔神剣ヴィザリンドムの使い手か。噂には聞いていたが……」
『何しに来たのかしらね?』
「この間の戦争がらみだろう。まあ、私が王国に力を貸すことはないがな」
『その割には奇襲を仕掛けたりしないのね。いつもは有無を言わせないでしょ?』
「少し力を見てみるだけ。いわばただの暇つぶしだ」
『ま、好きにすればいいわ』
そう言うとその人物はそばに置いた仮面を付けると椅子から立ち上がり、窓に歩み寄る。そこから町と人々を見下ろした。満足いくまで町行く人々を見守ったその人物は歩き始め、扉に手を掛けた。
――不壊竜骨跡地、最強の存在が動き出す。その腰にはその向こうが透けそうなほど透明な刃のついた双剣がぶら下がっていた。
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