第6-40話 ボスサイド・アービジィ・ポストプロセシイング
「は? もう一度言ってみろ?」
シエルの報告を聞き、素っ頓狂な声を上げるラスター。驚きで目を見開いていると同時に威圧するような言葉を吐いた彼に対してシエルは報告を続ける。
「は、はい。残してきた魔獣を回収するべく周囲を散策したのですが……、魔獣はもれなく全滅、おそらくサドリティウス・ミルスに討伐されたものだと推測されます!」
「アバドンもか」
「は、はい。戦場に解き放った人造魔獣、シャントピート、アンタレス、アバドン、ケルベロースはもれなく生命活動を停止していました」
彼女の言葉を聞いてラスターは椅子から滑り落ちそうになる。確かにサドリティウスが最後の力を振り絞って反撃を試みることは想定していた。だが、その損害はせいぜい一桁、悪くて十数体程度だと考えていた。彼の老人の状態を鑑みて、この程度が適当だと彼の経験や直感が総合的に判断した。
だが、蓋を開けてみればどうだ。百体近かった大型の魔獣だけでなく、群体で行動するバッタですらすべて倒されてしまったのだ。一体どれだけの技術が必要になるのか、ラスターにだってそれ相応の技術が必要になるだろう。
大英雄の底力、人間の底力を見せつけられたラスター。サドリティウスの命をかけた殿は魔獣たちの喪失は彼にとって少なくないダメージであった。あれほどの力を持った魔獣を作るのにはそれ相応の時間がいる。それを草でもむしるかのように倒されたのだ。この穴を埋めるのにはしばらく時間がかかることが予想できる。
「大英雄の名は伊達ではなかった、か。…………ククッ」
もはや笑いが零れてしまったラスター。いきなり笑い声をあげたシエルは心配そうに見つめていたが、彼女の視線に気が付くとすぐに気を引き締め直し、体勢を戻す。
「いや、何でもない。それより今後のことだ」
椅子に座り直し、表情を引き締めた彼は今後の展望について話し始める。
「王国側には少なくない手傷を与えたとは言え、そう簡単に支配に屈するようなタマではないだろう。恐らく向こうは減った戦力を補填、増強するための行動をとる」
「……なるほど、おそらくあそこですか。しかし、あそこは王国とかなり険悪だったはずですが」
「今回の戦いで王国側はかなり後がない立場であることを理解したはずだ。なりふり構わず来るだろう。ならばそこを潰せば王国側の戦力が補強されることはない。そのために破神装使いを派遣する」
「かしこまりました。選定はこちらで行ってもよろしいですか?」
「ああ。だが、あのメイとかいうやかましいのは止めろ。事を荒立てて厄介なことになる」
「かしこまりました」
そういうとシエルはラスターのいる部屋から姿を消した。薄暗い部屋の中で一人玉座に座るラスターは、彼は額に手を当て天井を見上げると小さく口角を上げながら呟く。
「さあ、残りの神装使いどもよ。せいぜい俺を楽しませてくれよ……」
世紀の大敗という手土産を手に帰還したカルミリアたち王国軍。その後は大変などという陳腐な言葉で全く足りないほどの事態に襲われた。何せ、戦場に出向いた兵士、冒険者合わせた戦士たちが半分近くまで減って帰ってきたのだ。王国は大パニックに陥った。
身内が死んだことを知った家族は混乱で涙を流すことしかできない。食われてしまった者も多く、死体が手元にない者もいた。遺留品や肉体の一部が戻ってくれば御の字、五体がついた状態で帰ってくるのは奇跡に近かった。
生きて帰ってきた者も無関係ではない。友人が目の前で食われるなどの凄惨な光景を見せられ、精神がおかしくなってしまった者もいた。肉体的には正常でも精神的に参ってしまい、今後軍を離れる者も少なくないだろう。
ギルドも今ごろ後始末でてんてこ舞いだ。いくら基本が自己責任の冒険者であっても今回の事態はシャレにならない。
しかし、今回の戦争で一番の衝撃は大英雄サドリティウス・ミルスの死であろう。幾度となく、強大な力で人々を守ってきた人物である彼の死は王国中に不安と恐怖を蔓延させる。
――今回の敵は大英雄でも勝てないのか?――
そんな不安が人々に纏わりつき、絶望で飲み込もうとする。そんな人々の不安に付け込み、愉快犯的に犯罪に走るものだっている。その処理に残っている王国兵士は奔走していた。
今回の一件に寄り、王国中がどんよりとした空気に包まれていた。
そんな深い戦争から三週間。その後処理に奔走していたカルミリアは王城で書類整理に励んでいた。
だが、既に彼女は疲労困憊。何日も眠れぬ日々を過ごし、眠れても三時間がいいところ。机の吸い殻が山盛りであり、灰皿からこぼれてしまっているくらい余裕がなかった。
「…………五分、休憩でもするか」
徹夜で作業していた彼女は思考が鈍り始めていることを察知し、休憩にすることにする。煙草を咥え、火をつけようと指を近づける。
「吸いすぎですよ隊長、あまり吸い過ぎすのは身体によくない」
そんな彼女の口からひょいッと煙草を取り上げたのはヘリオスだった。彼女に提出するための書類を片手に彼女の横に立つ彼。それを受けてカルミリアは煙草を取り返そうと手を伸ばしながら口を開く。
「……うるさい。貴様に言われんでも自分の身体のことは自分で分かる」
「そんなこと言って。隊長、煙草を取り上げられるまで俺の存在に気づかなかったでしょう。身体のこと分かってない証拠ですよ」
しかし、ヘリオスは彼女の頭に書類を乗せて静止する。普段であれば払いのけるところであるが、そんな気力も湧かない辺り、限界寸前なのだろう。
疲労困憊で死にそうな顔をしている彼女に対してヘリオスは通告する。これは決定事項であり彼女に拒否権はない。実行のための切り札も用意している。
「もう何日もまともに寝ていないんでしょう? こっちは俺たちで回しておくのでしばらく寝ててください。わざわざお迎えも連れてきたんですから」
「は、迎えだと?」
ヘリオスの言葉に疑問を漏らすカルミリア。そんな彼女の疑問に答えるべく、ヘリオスは扉の方を指さした。
「や、やぁ……」
すると扉から彼女の夫であるテイオンが姿を現す。いきなりの夫の来訪で驚いた彼女は跳ねるように立ち上がる。が、疲労の溜まった身体はいつものように動かず、ふらりと傾いてしまった。が、間一髪のところで机に手を着き難を逃れる。
そんな彼女のもとに駆け寄り身体を支えるテイオン。カルミリアは彼に対して問いを投げる。
「なんでここに?」
「一度家に連れて帰って寝かせてほしいってヘリオスさんに頼まれたんだ。あと……、しばらく顔も合わせられなかったからそれも兼ねてね」
「そ、そうか」
テイオンの答えを聞き、カルミリアは目を逸らす。
「それじゃあ、テイオンさんお願いします」
「はい、それではしばらくお預かりしますね」
そう言うとテイオンはカルミリアの腕を取り、いわゆるおんぶの姿勢を取る。いきなりおぶられたことに戸惑うカルミリアが小さく声を上げる。
「お、おい……」
一度は抵抗の意思を見せようとした彼女であったが、彼の背中の心地よさと身体に溜まった疲労に負けてしまい、そのまま背中に身体を預けた。
屋敷に向かって進む二人。するとカルミリアは暫くして背中で眠り始めてしまった。彼女がこんなに無防備に外で眠ることなんてそうそう無い。先ほどのヘリオスの件も含めて余程疲れていたのだろう。
彼女が眠っていることに気づいたテイオンは出来るだけ彼女を起こさない様にゆっくりと静かに身体を動かし、彼女を屋敷まで運ぶのだった。
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