第6-28話 ソルジャー・アタックド・フェロシャスインセクト
「ヒイイイイ!!! く、来るなああァァァ!!!」
サドリティウスとラスターの戦いが始まったころ。既に戦場は地獄絵図と化していた。逃げ出した兵士たちを追って散り散りと化した黒い津波。既に彼らは目の前に大量に蠢いている人間を餌としか認識していない。我先に餌に食らいつくために彼らは人間を追っていた。
だが、虫たちの移動は想像を超えて素早い。ムカデとサソリは人間より遥かに巨大で、バッタは空中を飛んでいる。とても人間がまともに走って振り切れるようなものではない。加えて今の彼らはパニックで正常な判断能力を失っている。魔技で身体能力を上げればいいのに、その発想すら浮かばない。
すぐ追いつかれてしまった一人の兵士はムカデの足に貫かれ苦しみに悶えながら意識を身体の外に飛ばす。獲物ですらなく、ただただ道端の羽虫のように踏みつぶされ息絶えてしまった。恐らくムカデは踏んだことに気づいてすらいない。意識は標的の女冒険者のみに向いている。
「いやぁ!!! 離して食べないでェ!!!」
追いつかれた女冒険者は無数に生えたムカデの前足に捕まり、口元に持ち上げられる。悲鳴を上げながらムカデの口元に運ばれていく彼女は恐怖で既に失禁しており、抵抗の意思すら削がれている。
「誰かァ! 助けッ」
そして助けを求める言葉を最後まで吐くことすらできず、頭からぼりぼりと貪り加えていく。頭から胸、腹から足先まで全身余すことなく食らいつくしたムカデだったが、彼の体躯に対して人間は小さすぎる。これでは空腹を満たすことはできない。ムカデは次の獲物を求めて再び動き始めるのだった。
視点を変えると今度はサソリが兵士たちを襲っていた。カサカサとした動きで走りながら、鋏を持ち上げ逃げる兵士たちを追っている。
「クソがァ! こうなったら自棄だ戦って死んデッ!?」
追いつかれた兵士が逃走を諦めたようにサソリのほうに向き直りながら腰の剣を抜く。折られてしまった心を何とか立て直し、闘争心と切っ先をサソリに向けた。
が、彼の剣と闘争心、そして肉体は直後にぶち当てられた巨大な鋏によって一瞬にして砕かれる。上半身を見る影もなく消し飛ばされ、残された下半身が力なく地面に倒れる。
「うわあアァァァ!?!?!? この化け物がァァァ!!!」
間近で兵士が殺されるのを目撃してしまった残りの戦士たちは錯乱状態に陥ると、生き残る当てもないままに武器を持ち、ムカデに向かって行ってしまう。
だが、彼らとサソリの戦闘能力の差は歴然であり、十人程度が束になったところで勝てる相手ではない。巨大な鋏と毒の滴る尻尾、そして剣を通さないほど頑丈な外骨格。この三つの武器の前に一般兵士など太刀打ちできない。振るった武器は外骨格の前に弾かれてしまうと、攻勢に出たサソリに蹂躙され瞬く間に九人が殺される。
「お、オフクロ……」
残された最後の一人が絶望のあまり、錯乱を通り越して逆に冷静さを取り戻してしまう。錯乱状態のまま殺されるほうがどれだけ楽だっただろうか。死の恐怖を前にして彼の脳裏に思い浮かんだのは母親の顔であった。
だが、サソリには彼の事情など関係ない。鋏を伸ばすと男を掴み、そして万力のごとき力で締め上げ始めた。
「アギャッ、イガアアアァァァ!!!!」
締めあげられ、内臓がぐちゃぐちゃになるのを感じながら男は痛みで絶叫する。逃れようにももう全身がバラバラになっており、指一本動かすことが出来ない。男の命の灯火が消えていくように、苦痛を孕んだ叫びが徐々に小さくなっていき、やがて消え失せ他の悲鳴に紛れて聞こえなくなる。
動かなくなった肉の塊を鋏で掴んでいるサソリ。このまま先ほどと同じように跡形もなく食らいつくすのだろうか。
しかし、サソリの様子はムカデの時とは趣が違う。どうやらサソリはかなりサディスティックな性格をしているらしく、男の身体を地面に叩きつけ始めた。
「gyushiiiiiii!!!!!」
金切り声を上げながら何度も何度も男の肉塊を地面に叩きつける。グチャッ、グチャっと水音を立てながら男の身体は弾け飛んでいき、最終的に残ったのは鋏にこびりついた血糊だけであった。
――まだ足りない――
サソリはそう言わんばかりに周囲を見回すように身体を動かすとそこら中に散らばっている死体を嬲り始めた。あれだけやってまだ足りないのか。そう思っても、サソリが止まることはない。加えて同じような光景がそこらじゅうで起こっている。地獄絵図ですら足りないのではないかという光景が広がっていた。
欲望の赴くままに死体をシチューに変化させたサソリ。彼は再び次の獲物を求めて動き始めるのだった。
さらに視点を変えると、今度は黒い霧と化したバッタに襲われている一団があった。
「ヒィッ!? 逃げろ、逃げろオオォォォ!!!」
「来るなァ! 来るなァ!?!?!?」
「イヤァ、食べないでェッ!!!」
追いつかれ黒い霧に飲み込まれてしまった彼らは、襲い掛かってくるバッタたちを振り払おうと武器を振るうが、当たったところでバッタを二、三匹殺せる程度。他はぬるりと斧を躱して再び群がっていく。水でも斬れるほどの腕でもあれば話は若干変わるかもしれないが、彼らにそんな腕前はない。
纏わりついたバッタたちは人間の身体に止まると、我先にと身体を貪り始めた。ムカデの時と違い生きたままじわじわと身体を貪られる感覚に兵士たちは悲鳴を上げる。
それだけではない。止まったバッタたちはまだ見ぬ味を探して穴という穴から体内に侵入していく。外からだけでなく内側からも貪り食われていく。小さく、だが確実に身体を蝕む痛みが一切切れることなく襲ってくる。発狂しそうな苦痛に兵士たちは絶叫し、のたうち回る。
だが、その動きも徐々に動きを小さくしていく。次第に動かなくなる人間も現れ、最終的に全員動かなくなってしまった。バッタたちは彼らのいた場所に残った肉の塊を必死に貪っていく。そして最終的に骨すら残さず綺麗にすべて食い尽くされた。
だが、バッタたちの食欲はその程度では収まらない。彼らは別の標的に狙いを定めるとまるで一つの生物であるかのように統率された動きで空へ羽ばたくと、再び人間を襲い始めるのだった。
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