第5-21話 タウン・イズ・デッド
ラスターとアイリースの二人の戦闘が始まったころ、アベルとリュティエルの二人はライーユに向かって全力で疾駆していた。だが、泉の場所が微妙に街から離れた場所にあるせいで、どんなに全力で走っても十分はかかる。その間、アベルの背中の上で待つことしかできないラケルは非常に歯がゆい思いをする。
「お願い……、間に合って……」
アベルの身体の前に回した手を祈るように組み、力を込めながら呟くリュティエル。彼女には何としても父にありがとうの一言を告げなければならないのだ。しかし、自分にできるのはただ祈るのみ。身体がむず痒くなるほどの焦燥感に包まれていた。
そんな彼女の祈りに応えるべくアベルは全力で道を駆けていた。この少女に自分と同じ目に合わせたくないの一心で走る彼。
その足取りは本人ですら想像していなかったほど順調であった。五分ほど走りあと五分もすれば町に到着するだろう。そのことで心に余裕のできたアベルは、多少無理をしてでもさらに速度を上げようとさらに魔力を身体に回そうとした。
その時であった。彼の身体の内側から、耐えがたいほどの高温が襲い掛かってきた。
「ガッ、ガアアアァァァ!?!?!?」
自分の身体の中で炎が暴れまわっているかのような苦痛にアベルは不意を突かれ、もんどりうって倒れこむ。全身を蝕む苦痛に地面でのたうち回っていると倒れたときに放り出されたリュティエルが彼の身体を揺さぶり、慌てた声を上げる。
「ちょ、ちょっと大丈夫!? 何があったのよ!」
「か、身体が……、熱、い……」
高熱に耐えながら蚊の鳴くような声でリュティエルの問いに答えるアベル。最早声を出すので精一杯で立ち上がって、加えて走ることなど不可能に近いだろう。
しかし、アベルは膝に手を着きながらではあるものの立ち上がるとリュティエルをおぶろうと彼女に手を掛けた。
「あんたほんとに大丈夫なの!? 立つので精一杯じゃないの!?」
そんな彼の様子に声を上げるリュティエル。確かに今のアベルは声を上げるので精一杯なほどの痛みに襲われている。立ち上がっただけでも称賛されるべき行動であった。
だが、そんな彼は息絶え絶えであるものの、彼女の問いに答えた。
「今は、お前の、大事なタイミングだ……。だったら無理してでも……、お前を連れて行かなきゃならないだろ!」
無理やりに彼女を背負ったアベルは再び街に向かって走り始めた。だが、その足取りは遅い。無理をしているのは明らかであった。
(クソ、このままじゃ……)
痛みで朦朧とする思考の中、この痛みを取り除く方法はないだろうかと模索するアベル。しかし、その必要は暫くして無くなった。しばらく走ったところで急に全身を蝕んでいた痛みが霧散したのだ。まるで先ほどまでの痛みが嘘かのように引いたアベルは、再度全身にありったけの魔力を回した。
痛みが無くなった今ならば全力どころか、限界を超えた速度を出せる。多少身体が痛もうと先ほどの痛みに比べればなんてことはない。
「ハァッ!」
肉体に喝を入れるため、声を張り上げたアベルは速度を上げると、風を切って走り始めた。何とかラケルをもう一度ロバートと再会させる。その一心で足を前に踏み出すのだった。
それから五分ほど走ったアベルは、ライーユに到着する。しかし、彼の目の前に広がる光景はそれはひどいものであった。
つい先ほどまで整えられていた建物はほとんどが半壊し、中には湯を沸かすための炎が倒壊した建物に移り、燃え上がっている建物もある。足湯だった建造物も破壊され、この街の特徴であるお湯が漏れ出し地面にしみこんでいる。
そこらじゅうに生死を問わず人間の肉体が転がっており、動ける人間がまだ助かりそうな人間を助けるため、懸命に動き回っている。
だが、今のアベルに彼らに手を貸している余裕はない。アベルは町をこんなことにした存在を探し始めた。ロバートはこの街を守る衛兵として活動していた。彼が職務に忠実であれば未だに戦っているか、魔獣が通った道のりにいるはずだ。
幸い魔獣が通った後を探すのは簡単だ。人の死体と血を辿って行けば後を追うことが出来る。
何度も道を曲がりながら町の中を駆けずり回り町を破壊した犯人を捜す。そしてしばらく走ったところでやっと犯人に遭遇した。
「お父さん……?」
アベルとリュティエルの目に映ったのは、ぐったりと力なく意識を失っているロバートと、それを咥えている熊型の魔獣であった。ロバートを咥えた魔獣はアベルたちの存在に気が付くとゆっくりと首をもたげ、彼らを睨みつけた。あと数秒もすれば魔獣はロバートを噛み殺し飲み込んでしまうのだろう。目的を目の前にしてそんなことを指せるわけにはいかない。
「させるかァ!!!」
リュティエルを放るようにして降ろしたアベルは、即座に剣を抜くと声を上げそれを投げつける。同時に駆け出し魔獣との距離を詰めていく。
投げられた剣を野生の反射神経で回避した魔獣は近づいてくるアベルに対して戦闘態勢を取る。咥えていたロバートを下ろすと両手を広げ、威嚇の体勢を取った。
アベルは魔獣の少し手前でジャンプすると走る勢いと魔技による身体能力強化、そして全身の力を込めて魔獣の顔面を殴りつけた。三重の威力が乗った拳は普通の人間では出せないほどの威力を出し、魔獣の身体を吹き飛ばした。
殴りつけた余韻を拳に残しながら着地したアベルは、地面に落とされたロバートの身体を持ち上げると遅れて近づいてきたラケルに手渡す。
「まだ生きてる。伝えられるうちに全部伝えておけ。俺はあれの相手をしておく。いいか、絶対に躊躇うなよ! これが最後のチャンスだからな!」
アベルの言葉を聞き、絶望したくなるのをグッと堪えながら、リュティエルはロバートの身体を受け取り地面に赤子を扱うかのように優しく置いた。
地面に置かれたロバートの肉体。全貌が明らかになればなるほどアベルが最後のチャンスだといった理由がはっきりとわかっていく。
ロバートの肉体は下半身が失われていた。高度な回復の魔技の使い手がいないこの状況で彼が生き残るのは不可能である。何なら未だに生きていることすら奇跡である。まるで彼女が戻ってくるこの瞬間に合わせたかのようであった。
「お父さん!」
リュティエルはロバートの手を握りながら目を覚ましてくれと祈りを捧げながら声をかける。しかし、目を覚まさない。
「お父さん!! お父さん!!!」
だがリュティエルは諦めない。これが最後のチャンスなのだ。ここで諦めたら一生後悔することになる。死に体の身体に鞭を打つようであるのは胸が痛いがそれでも彼女は父に声をかけ続けた。
「リュティエル……? よかった、無事だったんだな……」
すると、十回ほど呼び掛けたところでロバートの瞼がゆっくりと持ち上がり、リュティエルのことを見つめた。彼が目を覚ましたことでリュティエルは安心したようにほっと息を吐き、表情を弛めた。
だが、安心して言葉を失っている暇はない。まだ目を覚ましただけ。それがいつまで続くかはわからないのだ。急いで思いの丈を伝えなければ。
「あのね、今までずっと何かと反発してきてごめんなさい! ほんとはずっと大好きだったよ。あなたに拾ってもらえなかったら絶対に人生こんなに楽しくなかった。だから……」
――育ててくれてありがとう――
ぶっきらぼうな態度で覆い隠し、言葉にしてこなかった思いの丈をすべて言葉にしたラケル。自分でも気づかないうちに涙を流してしまっており、彼女の発する思いも徐々に涙声になってしまっていた。
そんな彼女の思いを聞いたロバートはちょっとだけ驚いたような表情を浮かべると小さく笑みを浮かべ、口を開いた。息も絶え絶え、声を出すのも億劫なはずの彼は、いつものような優しい口調で、それも冗談交じりにラケルの気持ちに応えるように自分の気持ちを吐露した。
「ああ、リュティエルにそんなふうに言ってもらえるなんて……。これは夢なのかな? ……冗談だよ。現実だってわかってる」
彼女の存在を確かめるかのように頬に手を回す。
「…………最後の最後でちゃんと言葉にしてもらえて、今までの苦労が全部報われた。今まで生きてきた中で一番幸福な日だ」
それに応えるようにリュティエルは頬に当てられた手の上から手をかぶせる。
「………………嬉しいよ。あの時、お前を拾って本当によかった。」
徐々にロバートの手から熱も、力も失われていくのが分かる。受け入れがたい事実にリュティエルは涙を堪えられず、ボロボロと地面に零れさせる。
「……………………愛してるよ」
そして最後の愛の言葉を発し、言葉を紡ぐのを辞めた。
彼の瞳から完全に光が、身体から力と熱が、生きているを示す証のすべてが今この瞬間、失われた。
「う、うわあああぁぁぁ!!!」
父親が完全に息絶えたことを理解したリュティエル。そのことを自覚した彼女は堰を切ったように大声を上げ泣き始めた。
拾われてから十数年。それまでに積み重ねてきた思い出の数々が頭の中で克明に浮かび上がっては消えていく。もう生きている父の笑顔も、声も聴くことが出来ない。そんな現実が彼女を押し潰そうとしていた。
「ロバートさん……」
武器無しの素手で魔獣を殴り飛ばし、さらにそこから首をねじ切り勝利を収めたアベル。血まみれになりながら戻ってきた彼であったが、父の遺体を抱きしめながら泣き叫ぶリュティエルの背中を見つめる。
一体どうすればいいだろうか。家族を目の前で殺された人間を慰める側の経験がアベルにはない。アベルの場合では無理やりに働かされて、そんなことを考える暇を与えてもらえなかったが、今、彼女に働くことを強要するのはあまりにも無粋だ。
だが、何もしないのは人としてどうなのだろう。そう考えた彼は意を決すると彼女のもとに近づいていく。そして彼女の頭に手を乗せると少々乱暴に掻きまわしながら、言葉を紡いだ。
「……よく頑張ったな。お疲れさん」
少々考えながら彼女を慰めるための言葉を選び、優しく投げかけたアベル。一瞬、彼女への慰めになるだろうかという不安もよぎる。
だがリュティエルは彼に撫でられた直後から小さく震え始めると、彼のほうに向きなおり胸板に顔をうずめる。戸惑いの表情を浮かべたアベルであったが、彼女が声を押し殺して涙を流している姿を見て、すぐに気持ちが切り替わった。
アベルの身体を抱きしめながら声を殺して涙を流すリュティエル。彼はそんな彼女を優しく抱きしめ返すと彼女の頭を、今度は慰めるように優しく撫で始めるのであった。
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