第5-20話 マスクマン・バトル・グレイトエビル
アイリースとラスターの二人の戦いが始まった。ジリジリと身を動かすことすらできないほどの重圧に身を焦がされるラケルは、彼らのそばで小さく身体を震わせていた。
その一方、当人たちはそんな重圧、まるでないかのように振る舞いお互いに睨みを利かせていた。
(グルス。奴の動きについてどう思う)
ラスターはパートナーにアイリースの理解できない行動について問いかける。
『奴の魔力はちゃんと本人から尾を引いていた。つまり点から点に跳躍するような攻撃はしていない。ちゃんと自らの足で移動している』
すると彼の神装であるグリダングルスは彼の問いに答える。ラスターが彼の答えを聞いてさらに思考を深めようとしたとき、グリダングルスがさらに言葉を続けた。
『だが、奴の使った魔技は身体能力程度の程度の低いものだった。つまり奴はそれだけで認識不可能なレベルの速度を実現したということだ。一体どんなタネがあるのか。非常に興味深いな』
(全く。少しはこっちの理解に役立つようなことを言え!)
わざわざ理解を混乱させるようなことを言ったグリダングルスに心の中で悪態をついたラスター。
タネが分からない以上、不用意にこちらの手を見せるのは危険。その一方でちゃんと移動しているということは逃げ場をなくせば攻撃が当たるということである。この一点をつかない理由はない。
攻め方は決まった。あとはそれを実行に移すのみ。
先手を取ったのは作戦を決めたラスター。彼は一瞬で詠唱を終わらせるとアイリースを囲むようにして超重力の空間を作り出す。しかし、並の術師であれば一瞬のうちに地面のシミになりかねないほどの重力をかけられても、アイリースは膝を小さく落とすだけ。平然としてラスターを見つめていた。
だが、それで倒せるとはラスター自身思っていない。彼に理解できないほどの速度で移動するアイリース。それ程強いならば単発の魔技で倒せやしないだろう。
だから攻撃を複数重ねて追いつめる。重力で動けなくなったアイリースを地面から発生させた土のドームで三重に覆い隠す。
「終わりだ」
そして壁の中で爆発を起こした。強固に作られている土のドームにヒビが入るほどの爆発が何度もドーム内で炸裂する。耳をつんざく爆音はラスターの勝利を告げているかのよう。
ラスターはドームが崩れるのを見ながら勝利を確信していた。この連携で今までに死ななかった存在はいなかった。かつて神装使いすら仕留めた連撃に彼は絶対の自信を持っていた。
ガラガラと音を立てながら完全に崩壊したドームの奥には何も残っていない。ただ爆発で巻き上げられた砂煙がもうもうと舞っているだけであった。
「肉片も残さず消し飛んだか……。さすがにアレを受けて生き残るやつはいない、か」
意外にあっけなく死んでしまったアイリースに呆れたように、しかしどこか安心したように息を漏らすラスター。彼は次の標的としてラケルに視線をやった。彼女は目の前で起こった光景に呆気にとられたようにポカンと口を開いていた。
そんな彼女に冷たい視線を送ったラスター。彼女一人など相手にもならない。さっと先ほどのように焼き殺してしまおう。そう考えるが、何か彼女の様子がおかしいことに気づく。彼女の視線がラスター本人から少しズレた場所を見つめていたのだ。
そんな彼女の様子に不信感を覚えたラスターが首を傾げたその時、背後に誰かがいることに気が付いた。
――そんなはずがない。脳の片隅でそう思いながらも、この状況であり得るその可能性を全く否定できない。というよりその可能性しかありえないという結論を出したラスターは、振り返ると同時に杖を振り抜いた。
刹那、彼の振り抜いた剣が金属音を立てながら受け止められる。受け止めているのはもちろんアイリースであった。
「貴様……。どうやってあの攻撃を躱した!」
ラスターが頬を吊り上げながら言葉を紡ぐ。それに対しアイリースはなんてこともないと言わんばかりに無感情に答える。
「ドームが出来上がる直前、上からすり抜けて貴様の後ろに回っただけだ。先ほどよりも速度を落としたつもりだったがそれでも見えなかったか。それにあの重力。あの程度ではマッサージにもならないな」
スタスタと後方に下がると、彼のことを見下しているかのように見下ろしながら侮蔑の言葉を吐くアイリース。彼の瞳は睨まれただけで凍てついてしまうのではと錯覚させるほど冷たく、鋭いものであった。
「ふざけるな……」
「あ、聞こえなかったなァ? もう一回言ってくれるか?」
「ふざけるなァァァ!!!!! この俺を舐めているのかァァァ!!!!!」
アイリースは聞こえているのに聞こえていないふりをし、挑発するように首を横に傾ける。そんな彼に殺意の衝動をぶつけながら、ラスターは地の底から湧きあがるような怒声を上げた。
ラスターがその程度で怯むようならばこんな大それたことをしていない。むしろ目の前の相手の挑発するような言動に神経を逆撫でされ、殺気だけで人が殺せるのではないかと思えるほど激昂している。
「もう殺す! 貴様の技術などもう知るか!!! 確実に殺してくれるわァ!!!」
冷静さを失っているのか、先ほどと同じようにアイリースを超重力の空間で包み、ドームを形成する。最後は先ほどのようにドーム内での爆発につながるのだろう。
――なんて芸の無い戦法だ――
超重力に耐えながら思考を巡らせていたアイリースはラスターの呆気の無さに内心で溜息をついていた。あれだけ啖呵を切っていたのにこの程度なのか。
――もう殺ってしまっても構わないか――
そう結論づけたアイリース。まずはこの攻撃を回避して、背後を取った後首を落とす。彼の脳内で一連の行動の軌跡が描かれる。あとはこれを実行に移すだけ。
ドームに完全に囲まれる前に逃げ出すため、重力の鎖をすり抜け跳び上がるアイリース。ドームを抜けられるギリギリの高さに跳び上がりドームから逃げ出した彼は、着地と同時にラスターの背後に回って首を飛ばすだけでいい。そう考えていた。
しかし、そんな彼の考えは一瞬にして自分の身体に纏わりついた灼熱の炎によって妨げられる。
「このまま切り刻んでくれるッ!!!」
なぜ、どうやって。そんなことを考える暇もなくラスターの背後から四本の光線が打ち出される。彼の言葉通りに受け取れば光線を受ければ四肢を千切られ、胴体を細切れにされてしまうだろう。
咄嗟に攻撃を中断して回避することに決めたアイリースは、目にもとまらぬ速さで光線の間をかいくぐり被弾せずに済む。
しかし、アイリースの頭の中は混乱していた。なぜ急に身体が燃え上がったのか。その理由がわからずにいた。
そのタネはラスターの持つグリダングルスの力にある。グリダングルスはその先端、万年筆のような形をした石突で文字を空中に書くと視認している相手にその概念を押し付けることが出来るのだ。『燃えろ』と書けば魔技の防御を無視して相手の肉体を燃やすことが出来、『溺れろ』と書けば水もないところで人を溺死させることが出来る。この効果は神装による防御以外では軽減できずまさに当たれば必殺の攻撃であった。
先ほどのラスターの攻撃。冷静さを欠いた攻撃に見えて実は違う。先ほどと同じ攻撃をわざわざ別の手段で回避する人間は少ない。回避に成功しているのならば猶更だろう。
つまり攻撃で動く方向を絞ることが出来る。そして回避するであろう方向に意識を集中させることが出来れば、いくら早かろうと、認識できなかろうと、視ることはできる。
視ることさえできれば、能力を押し付けることが出来る。あとは魔技と並行して空中に書いた『燃えろ』の概念を相手に押し付ければ相手の身体は炎上し、死に至るまで燃え続ける。続けて同じ攻撃を繰り出したラスター。冷静さを欠いているようでその実極めて冷静であった。
炎に纏わりつかれるアイリースを見て半ば勝利を確信するラスター。如何に相手が速かろうと消火不能の炎で肉体を焼かれ続ければいずれ死に至る。あとは魔力のすべてを注ぎ込んだ障壁の中に閉じこもっていれば相手は死ぬ。それだけでいいのだ。
だが、相手は自分の知らない技術の持ち主。どんな奥の手を持っているかわからない。負ける可能性は少しでも減らした方がいい。
畳みかける決断を下し、アイリースの周囲に光線を吐き出す陣と火球を滞空させる。あとはこれを打ち出し、肉片一つ残さないよう攻撃を浴びせていく。
(あれだけ炎で焼かれて悲鳴一つ上げないのは不可解だが……)
一抹の疑念を抱きながらもラスターは、攻撃を浴びせた。アイリースのいた場所は光線と火球で焼かれ、地面が溶岩になるほど熱せられていた。これでは骨の欠片すら残らないだろう。
圧倒的出力で焼き尽くしたラスター。しかし、彼の不安はそれでも取り除かれなかった。なぜか
心の中で不安がこびりついて離れない。彼の本能がこれで終わっていないと警鐘を鳴らしていた。
次の瞬間、彼の首に奔る電流。本能で自分に対する殺意だということを理解したラスターは、咄嗟にしゃがみ込み、身を低くした。
すると先ほどまで彼の首があった場所を鈍色の軌跡が通りすぎた。まさかと思ったラスターが距離を取りながら背後に振り返るとそこには何事もないかのように肉体を燃やしながら剣を振り抜くアイリースの姿があった。
振り抜いた体勢から剣を下ろし無行の構えを取るアイリース。すると次の瞬間、彼の身体に纏わりついていた消火不能の炎が霧散し虚空に消えていった。
本来自分以外にどうすることもできないはずの炎が消えたことで明らかな動揺を見せるラスター。彼は自分の理解の及ばぬ存在にほんの少しの恐怖を抱き始めていた。
しかし、ここで引くわけにはいかない。自分が神装使いで、選ばれた十人のうちの一人という圧倒的強者であるというプライドが彼を撤退するという決断を排除していた。
「面白い……。本気で殺しに行ってやる……」
ニヤリと口角を上げ何やら嬉しそうに獰猛な笑みを浮かべるラスター。しかし、その笑みにはほんの少し、しかし見る者が見れば明らかに怯えのような混じっていた。それを相棒であるグリダングルスは見逃さなかった。
『ラスター、撤退だ。これ以上戦う必要は無い』
「何? バカなことを言うな。ここで引くわけにはいかない」
『君の目的は泉の水の回収だったはずだ。その目的は既に達成している。それに切り札の一つをここで切ってしまった。これ以上君の手の内を見せる必要は無いはずだ。君が聡明な人間だったら撤退か継続か、どっちが賢明かはすぐに理解できるはずだが?」
グリダングルスの言葉に耳を傾けたラスター。彼の言葉で生来の聡明さを取り戻したラスターは戦闘継続と離脱を冷静に天秤にかけ、結論を出した。
「……チッ、まあいい。こちらの目的は達成した。腹立たしいがこの場は預けておく」
撤退の決断を下したラスターは、転移の魔技を発動し泉から一瞬にして姿を消す。倒すことが目的でないアイリースもそれ以上の追撃はせず、転移するラスターを見送った。
事実上の勝利を手にしたアイリース。しかし、そんなものは彼の目的ではない。
森の木のうちの一つに視線を向けるとそこでは二人の戦いに圧倒されたように身体を震わせ放心するラケルがいた。彼は彼女に視線を送りながら、口を開く。
「……脅威は去った。俺もお前も、これ以上ここに長居をする理由はないぞ」
遠回しにラケルにアベルの後を追うよう促すアイリース。彼は懐に手を伸ばすと先ほどラケルたちに振りかけた液体の入った瓶を取り出し、ラケルに投げ渡す。キャッチできずに瓶は地面に落下したが、割れることなくラケルのそばで転がった。
「こいつをくれてやる」
簡潔かつ、理解不能の言葉を投げかけたアイリースはそれ以上何も言うことなくその場を去っていく。何が起こっているのかわからず放心していたラケルであったが、彼が去ったことでやっと彼女は現世に戻ってきた。その場を去ってしまい影も形もないアイリースに声を上げた。
「色々と! ありがとうございましたー!!!」
自分にできる最大の音量で感謝の気持ちを発したラケル。それが届いているかもわからないまま、ラケルは走っていったアベルの後を追い始めるのだった。
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