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都市伝説シリーズ

成功率は10割。

作者: 紅蓮グレン

「ふふ、今日も大成功。」


 私は車から降りて辺りをキョロキョロと見まわす男性を物陰に隠れて見ながら微笑みを零した。私はイタズラが大好き。今日は車に乗せてもらって、少ししてから車の運転手に気付かれることなく、颯爽と退散して見せた。これをするたび突如として消えた私を探して狼狽える運転手の人がおかしくてたまらない。性格が悪い、って思うかもしれないけど、私にはこのくらいしか楽しみがないんだから仕方ないじゃない。


「しかも、これまで1回も捕まったこともないし、多分これからも捕まらないわ。それが保障されてる悪戯なんて、そうそうないわよね。やめられないわ。」


 私はこの近辺で幾度となく乗り逃げをしているんだけど、その成功率は10割、つまり100%。1回もミスをしたことはない。ヒッチハイカーみたいに普通の人の車に乗せてもらうこともあれば、タクシーを拾って乗せてもらうこともある。そして、目的地の近くで姿をくらますのだ。私は残念ながらお金なんていう大層なものは持っていないんだけど、もう動きたくない、って思うことはあるじゃない? そういう時に乗り逃げしてみたら、あら不思議。目的地の近くまで行きたいっていう願いと、イタズラでびっくりした人を見て楽しみたいっていう欲望と、2つが同時に叶っちゃう。


「でも、楽しいからってちょっとやりすぎたかもしれないわね……まあ、やめるつもりはないけど。」


 最近は他のどんなイタズラより楽しいから、こればっかりやっていたけど、流石にやりすぎたのか噂になり始めている。とはいえ私を捕まえることなんてできないだろうし、そんなに長い距離乗せてもらっている訳でもないから被害だって軽微なはず。名前は晒してないし、顔だって印象が薄いから運転手の人たちも覚えてなんかいないだろう。特にタクシーの人なんか、毎日何十人も乗せているんだから、特徴のない私の顔なんか覚えているはずがない。


「とはいえ、そろそろ違う刺激が欲しいな……」


 イタズラするだけっていうのもいいんだけど、それを受けて驚いたり狼狽えたりパニックになったりする人を見ている方が何倍も楽しい。人を傷つけるのは好きじゃないし、そもそもそんなものはイタズラの範疇を逸脱しているからしないけど、こう毎回ワンパターンに驚かれるだけじゃそのうちつまらなくなっちゃうかも。


「こんなに楽しいイタズラはそうそう見つからないから、これに飽きちゃったら困るんだけど……」


 私の存在意義はほぼイタズラで構成されているから、今のイタズラである乗り逃げに飽きたら存在意義が薄れちゃうかもしれない。でも、刺激を探すと言っても、運転手以外の人がいる車に乗せてもらうのは不可能だし、お客を乗せているタクシーに乗るのも無理。となると、運転手がもっと狼狽えるような、それでいて労力の必要ないイタズラを考えないと。


              ※  ※  ※


「やった、大成功!」


 私は今日も乗り逃げをした。勿論いつも通り成功。でも今日はいつもとは違って、乗り逃げにもう1つイタズラを織り込んでみた。それは、後部座席のシートを濡らしてみること。乗り逃げに飽きないように労力のないイタズラを色々考えた結果、私が座っているシートを濡らすというのを思い付いた。墨とか絵の具で汚すのも考えたんだけど、そんなことをしたらシートの汚れが取れなくなっちゃう。1件、2件ならいいけど、たくさんやったらシートが汚されるってことでまた噂が広まって、ここを通る車がいなくなったり、いても私を乗せてくれなくなったりしそう。でも濡らすだけならそのうち乾くし、そんなに迷惑にもならないでしょ。ってことで今日試してみたんだけど、結果はさっき言った通り大成功。運転手の人は私が消えたことに狼狽えるだけじゃなくて、シートが濡れていることにもびっくりして、今までのどんな人よりも面白い表情をしてくれた。


「こうした方がスリルもあって面白いし、今度からこうしよう!」


 私はルンルン気分でその場を去った。


              ※  ※  ※


「あれ? こんなものあったっけ?」


 今日もイタズラに出かけた私は、いつもの場所に見慣れない標識を見かけた。黄色い四角に黒いエクスクラメーションマークが描いてある。確か警戒標識って呼ばれる部類のものだけど、昨日まではこんなものなかったし、何に警戒しているんだろう?


「まあいいや。今日も車が来るまで待って……っと、早速タクシーね。」


 私は手を上げてタクシーを止めた。タクシーの後ろのドアが開いたので乗り込む。


「どちらまで?」

「青山墓地まで。」


 タクシーの運転手の問いにいつものように答える。すると、運転手は怪訝そうな顔をした。


「どうかした?」

「いえ、墓地にタクシーで行こうだなんて珍しい方もいるもんだ、と思いましてね。この辺でそんなお客さん、あんまりいないんですよ。」


 運転手はそのまま話を続ける。


「何でも、この辺では最近乗り逃げが相次いでるらしくてですね。それも、タクシーを止めてもいないのにいつの間にか後部座席にいたはずのお客が消えてる、しかもシートが濡らされる、幽霊なんじゃないか、だなんて噂も。ま、私はそういうの信じないんですが、そんな話が同じところで出るもんだから、あんな警戒標識まで立ったんですよ。」

「ふーん……そう。」

「お客さんもそういうのは信じないんでしょう? じゃなかったらこんな時間帯にその客の正体である幽霊が居そうな墓地に行こう、なんて思いませんもんね。」

「ううん、私は信じてるわ。だって、それは私だもの……」


 私はそれだけ言うとさっさと退散した。勿論シートを濡らして、後は物陰に隠れて運転手の慌てふためくさまを観察する。今日の運転手は青い顔をして周りを見回した後、ブルブル震えながら速度超過40kmくらいの速度でタクシーを出して逃げて行った。


「ふふふ、面白い。でも、もうそんなに噂になってるんだ……」


 私は私の骨が埋められている墓石の上に腰掛け、明日はどうしようか考える。流石にあんな警戒標識が立っちゃったりしたら、やりにくくなるかもしれない。


「ま、止められるもんなら止めてみなさいって感じよね。この『乗り逃げ成功率100%』の私があの程度の障害で諦める訳がないじゃない。それに、邪魔があればあるだけ成功したときの達成感は大きくなるんだから!」


 私はイタズラを諦めない。そう深く心に刻み、墓石の上で足をぶらつかせた。


 それからしばらく経って、私は『タクシーの幽霊』なんてシンプルなネーミングで日本全国に知れ渡り、それで更にイタズラしにくくなったからその分成功時の達成感も爆上がりになって、より私が喜ぶことになるんだけど、それは別のお話。

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