第41話〜望む未来〜
女性陣が和気あいあいとしている中リリス曰くバカ二人はというと。
「それが二代目の業か…一太刀でも加えられれば致命傷は避けられんな…!」
「父上こそ、今のは本気で危なかったですよ!」
牙の様な手甲から繰り出される一撃を胴体に巻き付いた蛇腹剣で弾く。
大地を断ち。
空を断ち。
果ては空間や元素すら一太刀で断つ斬撃をリリスから与えられた力の片鱗を垣間見せながら紙一重で躱すレオニダス。
彼等の戦いに耐え切れない空間は空色の刃と深紅の刃が一合斬り結ぶだけで戦慄く様に悲鳴を上げる。
無論、それだけの力と業を扱いこなすユウキも最早人の域を超えているが全てを滅する二代目の斬撃を人外じみた技巧を以ていなすレオニダスも齢50を前にして衰える処か進化している。
そんな父親を見るのが嬉しくて仕方ないとばかりに今までとは剣の術理そのものが異なる納刀した状態で構えを取る。
「次は四代目と六代目の業をお見せしましょう」
「九代目の争いを諌める業に二代目の全てを一太刀の元に断つ業、更に四代目の全てを護り通す業と六代目の知覚能力を何処までも伸ばす業、か……!」
見た目こそ何ら変哲の無い抜刀術に近い構えではあるが、気配そのものが空間に染み渡る様な不快感を感じ剣を握り直すレオニダス。
下手な業を繰り出せばやられる。
かと言って、無窮斬者ではそもそもこの地にユウキが降り立った時点で互いに先制し合う状態で決定打に欠ける。
異邦人とはいえ、15年前に拾った赤子が嘗て竜神を討ち滅ぼし、その後も研鑽を積み続けた歴代でも1、2位を争う力を持つ自身の業を制し合う存在へと至り、更に歴代の剣王がなし得なかった二代目から十二代目迄の業を使いこなしているのだ。
これ以上に嬉しい事は無いだろう、父親としても、剣王としても。
──為ればこそ、と初代が目指したとする剣の道を業として未完成ではあるが繰り出す価値はあろう。
父親の掌に16種類全ての魔法が収束されるのを感じユウキは瞳を綴じる。
矢張り、と…呟く声は初代の思想のみを頼りに前代未聞の16種類全ての魔法を本来扱える筈のLvから4段階抑えつつも各属性の色味を激しくスパークさせながら剣状に形作る偉大なる父親への賞賛か。
はたまた、剣と魔法の共存を目指し、そして“形は違えど全てを一つにした”初代の業の偉大さか。
若しくは、その両方か。
「…行くぞ、これが恐らく初代が目指した業への一助となろう…受けてみろ、神刀機ッッ!」
「……父上…、全身全霊を以て受け切ってみせます!」
片や、魔力のみで世界の強制力すら逸脱する膨大な迄の量の魔力。
片や、全ての魔法属性を同時に発動させても暴走させる事無く完璧に使いこなす神業としか言い様の無い技量。
何方が競り勝ったとしてもおかしくは無い力のぶつかり合いは、多重掛けした概念防御結界である多面結界を1枚ずつ打ち破って行く。
簡単に言えば、1枚が極小の世界一つ分を要する結界を多重掛けしているにも関わらずただぶつかり合うだけで世界を壊しているに等しい。
斬り付ける側も防いでいる側もこの時点で下手な神よりも卓越した戦闘能力を遺憾無く発揮しているが、均衡は直ぐに崩れる。
「…父上、全力で防いで下さい…多分、幾ら父上でも…」
息子のその言葉に不思議と怒りは無かった、五年前とは立場が変わった…その事に対し怒りよりも先に息子の成長を喜ぶ父親としての漢がそこには居た。
「……届かなかったか、…強くなったな、流石は私の息子だ…」
これが普通の魔法剣ならば先程のように力を解放させて戦闘そのものを避ける事も出来ただろうが、有史以来、16種類全ての魔法を同時発動させた魔法剣等少なくとも1000年間の間に使い手は現れなかった。
その為、確実に無力化させるにはレオニダスの意識を刈り取るのが一番被害を留める方法であった。
「…やれ、ユウキ…」
「…最終奥義 無間四式…!」
魔法剣を最後まで受け切っていたのは膨大な迄の魔力を納める鞘であった。
戦闘の中で鞘の重要性を理解し、そして鞘を用いた戦闘スタイルを確立した四代目は鞘で矢を弾く護剣の異名を時の王に賜っていたのだ。
奇しくも、ユウキが掲げた理想を実現する為に必然的に身に付いた戦闘スタイルに最も適していたのも、この四代目の業であった。
魔法剣を弾きその勢いを利用したまま、鞘から剣を引き抜く峰での一撃で鎧にヒビを入れ、更に超神速の歩法を以て十三の斬撃をほぼ同時に打ち込み浴びせるユウキ。
無論、多少のダメージはあるが神鎧を纏うレオニダスにはこれでも意識を絶つには至らない。
「っ……」
なまじ実力が拮抗しているからこそ想定以下のダメージしか負わせられない事に歯噛みするユウキ。
大好きな父親を傷付ける事に苛立つ。
もっと実戦慣れしていれば良かった、と悔やむも、重症を負わせぬ様に、然し気絶で済む業を選び業を繰り出す。
全ての魔力を音速の壁を破り発火現象を引き起こす突きを刀身ではなく柄での突きを以て漸く兜を砕き、顎下を揺らした事で気絶に追いやるユウキの眼は自身の技術力の無さに涙を流していた。
レオニダスの手から気絶し魔法を維持する力を手放した証か、魔力の残滓が霧散していた。
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五年前以上の激しい鍛練を終えると私は父上に回復魔法を掛けながら、小言を貰っている。
「全く、如何に神鎧が強固であろうと手加減をし過ぎだ…まぁ、心闘術同士の戦いの心得自体ないのだから仕方ないとも言えるが」
仕方がないと言ってくれはするが、必要以上に技を使い傷付けてしまったのは口惜しくて仕方が無い。
「……やれやれ、矢張りあの話は受けるしかないようだな」
あの話?
何かあったのだろうか、首を傾げていると父上の口から紡がれる話に目を丸くする。
曰く、あの理事長は要請とは名ばかりの親バカを発揮し出産迄の間学園で教鞭を取らないか、という話題は前々から上がっていたらしく、最初は住み慣れた屋敷で出産に備えていたが母上も高齢出産という事もあり不安はあったようだ。
それに、あの学園は半ば三大国家の技術の粋を集めた最先端の設備と名医が多い。
何かあったとしても問題無く事にあたれるならばリリスさんやテラさんも一緒に屋敷ごと(空間魔法を使えば容易いのだから、との事)引っ越しを勧められていたが、私との戦闘で決めてしまった様だ。
「……そんな…わ、私ならちゃんとしますから…!」
正直に言うと、授業中とはいえまた家族皆で暮らせるのは嬉しい。
けれど、そんな大事な話を私だけの都合で決めてもらいたくは無かった。
そんな私の頭を撫でる手は昔の様に優しく、そして力強かった。
「…馬鹿者、お前が私達と暮らしたい様に私達も家族と共に暮らしたいのだ。…それに、お前も兄になる…家族が離れて暮らす事の方が問題があるとは思わないのか?」
!?…それは、確かにそうだ。
私だって父上と母上の…私の妹を見たい、何よりその誕生を祝いたい。
流され続けていた私に、その資格はあるのだろうか…とも思うが。
「…安心しろ、お前はまだ甘い所はあるがしっかりやっているさ…今日の戦いでそれを私が一番実感している」
父上…。
この人に此処まで言わせて拒絶等私には出来なかった。
「……御指導、御鞭撻の程宜しくお願い致します!十二代目ッ!」
「ふ…此奴め、…お前が腑抜けたと思ったら何時でも喝を入れるからな?十三代目」
くしゃくしゃと頭を撫でる手に安心感を覚える、この人に拾われ…救われて良かった、本当にそう思う。
激しく体力を消耗した為か、私はその安心感を微睡みに変え眠りにつく。
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此処は…?
また、転生の間だろうか…だが何処かがおかしい空間に私は悪寒を覚える。
何か、途方も無い事が起こりそうな前触れを私はこの空間全体から本能的に感じている様だ。
それは概ね正しいよ。
貴方は…私に生太刀をくれた…。
君はもう時期大きな選択を迫られる。
選択…?
愛おしい者と仲間の存在を秤に掛けるか、世界そのものの存在を秤に掛けるか。
ッ!…そんなもの、私が…
出来る訳が無い、そう言おうとしても言葉が続かない。
…何時の時代も世界を動かすのは想い、心の強さだよ…それが善であるか、悪であるかは関係ない。
それはそうだろう、何時の世も世界の統一を目指した名君ばかりが統治してきたばかりではない。
寧ろ、歴史を紐解くと視野が狭かったり逆に先を読み過ぎて時代がついてこれなかった人物ばかりが多い印象がある。
動かぬ唇の代わりに私の内側に走るのは千年…否、何万年もの膨大な量の記憶が深い哀しみに包まれ走馬灯の様に過ぎる。
ッ…は…っは…っ……こ、これは……
…早く意志を集めるんだ…、そして【原初の神鎧】を……
待ってくれ…!貴方は…っ…!
私は、唐突に理解した。
私がこの世界ですべき事。
この世界に昔から抱いていた違和感。
…私自身に与えられた役割を。
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「…起きたか、未だ未だ子供だと思ったらずっと成長しているものだな」
気付けば私は父上の背に背負われ眠っていた。
ボロボロの身体で。
文句も言わずに。
「ごめんなさい…運んで下さったんですね…」
背中から降りようとして腕から逃れようとするもしっかり背負われてしまっている。
「…その、恥ずかしいです…」
「ふ…構わんだろう?暫く息子の成長を堪能していても…」
その、流石に精神年齢は40代後半なので恥ずかしいです。
「……ユウキ、今まで言えてなかったが…産まれてきてくれてありがとう」
っ…こういう事を狙わずに出来るから懐いたんだろうなぁ…私。
ありがとうございます、私の自慢の父上…。
呟くように礼を述べながら私は先程見た夢を思い出すも気にしない事とする。
彼が何者で、私が何をしなくてはならないのかは別として、私はこの人も、母上達も…
───何より、私を好きで居てくれるあの娘達を、滅して歩む道を進む気は無いのだから。
私は、私の欲する未来を手にする為にもっと強くなろう…新たにそう誓いながら父上に運ばれるのであった。




