第36話〜悪役令嬢〜
「師匠やべぇ…硬すぎて爪欠ける!」
私は今、優勝した暁には一番弟子にして欲しいというライ先輩の頼みで玄武を身に付けた状態で彼と一体一の肉弾戦を演習場で繰り広げていた。
「先に動けたとしても相手がそれに対応出来る眼と速度を身に付けていたら只優位なだけですよ、ライ先輩…例えば───」
「かへっ!?」
胴体がダメなら唯一鎧に護られていない顔を、と音速以上の速度で駆けながら鋭い爪での一撃を“意図的に繰り出させ”彼の腕を上段に振り抜かせると腕を掴みライ先輩の臍より下までしゃがむ勢いで腰を曲げ一本背負いを決め地面に叩き付ける。
トドメに顔面寸前で拳を止めると残心を取りながらライ先輩…基、本人の希望で呼び捨てを望まれたライを見詰めると彼は大の字になった。
「あーーっくっそぉ…また負けた!師匠強すぎだぜっ!」
「ライも少しずつ強くなってますよ?私は空を歩きますがライは水の上を歩ける様になったじゃないですか?」
武術にとって歩法とは初歩にして最も大事なものである、あの事件から7日が経ち初めて皆と戦ってから2週間経つが歩法という点に於いてライは誰よりも成長したと言える。
「へへ…やっぱ師匠を師匠に選んで良かった、厳しいけど優しいんだよなぁ…あ、そういえば今日は祝勝会と一緒に重大発表があるらしいけど何かあるんすか?」
「まぁ、色々ありましたね。その発表も兼ねての祝勝会ですから会場に行きましょうか、今日は立食で食べ放題らしいですよ?」
「マジか!いっやっほぅ!師匠!次はどっちが喰えるか競走しようぜ?」
元気いっぱいに駆けるわんこ…じゃなかった、ライ先輩に苦笑しながらも頷く、なんでも競走に出来る彼だからこそ上達も早いのだな、と微笑みながら。
同時に、ファラ陛下経由で先日ロンさんから聞いたとある計画を阻止する為に私が各国のトップ(主に何時もの四人だが)に掛け合ったとある計画を切り出す為の発表を聞く為に会場へと歩き出す。
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「いやはや、それにしても流石は曙の勇者様だ、巨神すら退ける強大な魔力と人智を超えた魔法の数々…魔族領…いや、人類は安泰ですな!」
五年前位から聞き慣れた言葉を笑顔で受け止め腹の探り合いをしているユウキを他所にパーティ会場の一角では異様な空気が支配していた。
「…も、もう喰えねぇ…」
「……エリスおかわり…」
天井にも届きそうな程の空の皿を積み上げる二つの影、その片割れが背中から倒れ込むももう片方の影は未だ食べ足りないとばかりに皿に乗せられた鳥の丸焼きに両手でかぶりついている。
「…やれやれ、君は食べるよりも先に淑女としての嗜みを持った方が良いよ…?」
「……嗜みではお腹いっぱいにはならない…」
ネイビー系のパーティドレスに身を包むアリシアとワインレッドのドレスに身を包むエリスは普段通り口喧嘩をしながらもお互いの健闘を讃えていた。
「……あのレナさんに勝ったのは褒めてあげるけどね?」
「んむ……頑張った、アリシアもシオン倒したの偉い…食べる?」
要らないよ、と肩を竦めながらもグラスからドリンクを飲むアリシアはエリスに耳打ちする。
「……そういえば、何時もああなのかい?予想はしていたけど予想以上に人に囲まれているよね」
「…竜人とか魔族は昔から…でも、人間の人達はあまり無いかも…」
我が娘を、いや我が孫をと貴族でもかなりの力を持つ貴族達がユウキに花嫁、或いは側室を宛がおうとするがその全てを丁重に断りつつも逆にメリットとデメリットを提示しながら竜族の国との交易の話をしている。
「商魂逞しいというか、確かに彼が確立した新技術は画期的だけどね」
ユウキがソフィアに語った擬似太陽を新たな技術として活用する技術は三年程前に既に確立されていた。
従来の魔物が死の間際に落とす魔石を動力源にし、予め刻んだ魔法を魔石に魔力を込める事で炊事や洗濯をする魔法ありきの生活こそ変えられなかったが彼が興した工場で製鉄した魔鉄は予め魔法を刻むのは魔石と同じだが指紋認証で魔力が無くとも誰でも簡単に洗濯や炊事に使用する魔法が扱える様になった。
現代で言うところのガスコンロや洗濯機、掃除機、乾燥機、テレビ、電話、ウォシュレットを想像して貰えばイメージしやすいだろうか、予め登録した指紋ならばスイッチ一つでエネルギーが底をついていない限り何度でも使える家具や救急バックの類の数々を彼は開発した。
今現在運ばれている料理を作ったのも彼が前世の発明品の一つだ。
無論、全ての品物、及びエネルギーの供給は竜の国の領主、即ちユウキが全ての権利を掌握している為財力という点でも彼は三大国家と全てと同程度の力を持ちつつある、…無論、彼の事を大魔王に気に入られただけの成金だと蔑む者も居たが彼の性格や稼いだ金を三つの大国の各地の孤児院や介護が必要な要看護者、果ては自ら奴隷商から奴隷を定期的に買取り自らの領地でヒトとして扱い雇っている。
そんな彼を過去の人々が万感の想いを託した希望の者、曙の勇者と誰もが呼び始めたのは無理も無い事であった。…その話は今後別の機会に語られるだろう。
今重要なのは、そんな彼に声を掛ける為に白髪の少女が鈴のような声で人集りを割って通らんとしているという事だ。
「これはこれは、アン様…珍しいですな、侍女も付けずに」
「うふふ、今日は噂の曙の勇者様と是非お話を、と思っていましたの…お邪魔だったかしら?」
今まで我先にとユウキを囲っていた貴族達が少女の一言で道を開ける様にエリスは右手にスプーンを、左手に体力のパエリアが盛られた皿を掴み頬張りながら見詰めている。
「……誰…?」
「…あぁ、彼女はアンだね。私が王女だった頃に何度かパーティで姿を見掛けた事があるよ、…でも珍しいな、一人で出歩いているなんて」
まぁ、あれから何年も経ってるから彼女も成長したのかな?等とアリシアは首を傾げているが一言二言ユウキとアンが会話をするのを見ているとユウキは驚愕に表情を歪め二人共テラスへと向かうのをグラスを握り潰しながら見ていた。
それは、一体どうやったのかは定かではないがスプーンと皿をどろどろに溶かしているエリスも同じであった。
「…エリス、どうか私を止めないでくれよ?」
「奇遇…今回は止める気は無い…」
「「潰す…ッ!」」
珍しく二人の息はぴったり合う、突如降って湧いた異性にほいほいとついて行ったユウキに対する怒りよりも自分達の祝勝会を穢した闖入者に対する怒りであったがファラの手により首根っこを掴まれる形で二人共止められる。
「…御前達、気持ちは痛い程解るが落ち着け。私とアレクシアさん、イレーナさんから御前達“四人”に例の話の進捗を話さねばならん」
アレクシア、イレーナを公的な呼び方ではなく昔の様にさん付けで呼ぶファラ、胸元が多少開いた大人の魅力溢れる紫色のドレスに身を包む彼女はしょうがないとばかりに二人を見下ろしている。
「〜ッ…く、なんて間が悪いんだ!そ、それに私は未だ貴女の事は!」
「……話は、気になる…どっちかが残るじゃダメ…?」
「……好きにしろ、その代わり行く方はちゃんと聞いてこい、私もあのバカを問い詰めたいんだからな」
首根っこを離すファラにアリシアとエリスは互いを睨みながら無言でジャンケンに興じる、最初は普通のスピードであったが気持ちばかりが急くばかりで一向に勝負が付かない事に苛立つ二人とそれを溜息を漏らし見守る大魔王…なんともシュールな戦いの幕が上がった。
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夜風が優しく包むテラスに私は目の前の少女に半ば無理矢理連れ出される形で彼女と対峙している。
「…久しぶりね、悠希さん。…いえ、今はユウキ様と呼ぶべきかしら?」
「……まさか君にまた名前を呼ばれるとは思って無かったよ。──今更何の用だい?私を捨てて幸せを掴んだんだろう?桃」
言葉の端々に棘が出てしまうがそれも仕方の無い事だと思う、彼女とは彼女が高校生1年から大学卒業迄の期間交際していたが彼女の御両親の家業が上手く行っていないとの事で私とは別の男と結婚したのを風の噂で聞いた。
「ふふふ…そう邪険にしないでくださいな?ノブレス・オブリージュ…優れた血や力を持つ者の務めを果たしただけですわ?」
「…そうか、だけど私は出来もしない約束をするのが嫌いなんだ。約束は果たす為にするものであって破る為にある訳じゃないからね。
──ましてや、ホワイトクリスマスに約束を破るだけなら未だしも7年間付き合っていた交際相手を捨てる様な女の言葉をどう信用しろと?」
全く悪びれた様子も無く前世で事ある毎に口にしていた言葉を紡ぐ彼女にふつふつと怒りが湧いて来るが我慢する。
もう時期産まれてくる妹を護る為に。
「ふふ…、そこまで毛嫌いしている私を斬らずに言葉に耳を傾けてくれる貴方が昔も今も好きよ?」
「……ブラフである事も考えたよ、でも、ブラフで無かった場合私は君に大切な産まれてくるはずの妹の生命を握られているからね、…正直に言うと、そこまで堕ちたかと見下げ果てているけどね」
彼女の身のこなしそのものははっきり言って下の下だ、特別強い魔力がある訳でも無い、斬り捨てようと思えば一瞬で済む…が、その一瞬よりも早く母上の胎内に宿る妹の生命を“運命力を支配される形で”奪われる可能性がある。
(…ダメだ、母上を加護しているだけで未だ生まれてもいない子に私は縁を結べない…!)
くすくすと愉しげに笑う彼女は正しく悪役令嬢、否…悪魔に見えた。
「使えるものはなんでも使わないと、…私は女神の勝手で異世界転生なんて“望んでいない事をされた”んだもの、…協力してくださいますわよね?」
「…断らせる気も無い癖に、…何をしたいんだい?君は」
愉しげに笑う元恋人に問う。
───場合によっては、私の手で二つの生命を絶つ覚悟と多くの哀しみゆ背負う覚悟をしながら。
「──冗談よ、貴方が私に協力してくれる間は私も貴方には極力干渉はしないわ、…一緒に壊しましょう?世界の階層を」
先程迄の愉しげな笑みから一変し、前世と同じように優しい微笑みに変わる彼女の笑みに、私は唯々混乱するしかなかった。




