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「おはようございます。高橋さん、朝ご飯食べてきましたか?」
「・・・24時に夕飯食べたので、お腹空いていないんです。チョコ持ってきましたし・・・」
「ふふ、チョコレートは心の栄養であって、体を作ってくれませんよ」
職場に変わった人がいる、佐藤さんという女性。
教育担当でもないし、役職はないけれどベテラン。
誰にでも優しくて、いつも穏やかな笑顔で、ちょっとした失敗が多くて、ものすごくチョコレート好きなんだ。
「高橋くん、ここ抜けてたよ。前にも注意した。」
「・・・あ、すいません。すぐ直しますっ」
社会人2年目の俺(高橋)は自分の仕事をこなすのに精一杯。
完璧だと思った仕事もこうやって大勢の先輩方にフォローしてもらってる。
昨日提出した書類の再提出に向かう途中、佐藤さんと目が合う。
「あ、佐藤さん、俺珍しく手が震えるんですよね。昨日友達とテニスやったから筋肉痛ですかね?」
「高橋さん・・・それは低血糖ってやつです。持ってるチョコレート食え、今すぐっ。」
「へっ?」
「塩崎さん、休憩室からコーヒーシュガー持ってきてください。あるだけでいいです」
「たっ、食べます。食べます!あるだけ持ってこないでください。ちゃんと食べますから・・・」
今まで手が震えたことはあったけど、低血糖なんて考えつかなかった。
佐藤さんのキャラが崩壊したのも驚いたし、今のは怒られたのか?
呆然とした俺の両手いっぱいに、いつの間にか佐藤さんの隠し財宝という名の粒チョコが載せられていた。
そして凄い見られてる・・・ジト目ってやつだ・・・今すぐ食べないと、危険なやつだ。
1つ、2つ・・・5つ食べたところで、佐藤さんは仕事に戻っていった。
俺はいわゆる甘党で、特にチョコレートが好きだ。
そして佐藤さんはいつも隠し財宝(何かしらのチョコレート)を持っている。
残業しているといつの間にか机に置かれているんだよね。
今日のチョコレートはコンビニで買える小粒パック、しかも俺が好きなやつ。
高いものじゃないからもらっちゃったけど、お礼はしたほうが良いのかな、なんて考えつつ、書類を仕上げる。
3回目の提出だから、もう完璧のはず!
食べ終えてゴミを捨てようと振り返ると佐藤さん。
悲鳴が出そうになったのを堪える。
「・・・手の震えは治まりましたね。でも今日は定時で上がってくださいよ」
ずっと見られていたのかも、と恥ずかしくなった俺は何も言えなくて頷きかける。
「あ、でも今日の夕方に取引先から電話がある予定なんで、ちょっとだけ」
仕事があると言いかけたけど、すっぱり死刑宣告する佐藤さん。
「私が繋いでおきます。それとも、物陰からこちらを見ている酒谷主任にさっきのことを伝えて、それでも残業すると言い張りますか?」
「いや、それは・・・何も言えないです・・・はい」
「ふふふ、では残業は私が変わります。お大事にしてください」
酒谷主任は新人のときに教育担当としてお世話になっていて、俺が2年目になって、酒谷さんが主任になってからも色々注意を受ける。
さすがに主任に言い訳で勝てる気はしないので、ありがたく帰らせてもらおうと思う。
佐藤さんは酒谷主任に何かを話したけど、怒られなかったから低血糖のことは言わなかったのかな。
基本穏やかな人だけど、怒ると怖いと分かったので、佐藤さんを怒らせないようにしようと決めた日であった。
後日談:
なぜか酒谷主任より【朝ご飯はちゃんと食べよう!】とメッセージカード付きで、チョコクランチをもらった。
朝はコーヒーだけだったけど、ちゃんと食べないと主任に説教されそうだと背筋が寒くなった。
最後までお読みいただきありがとうございました。