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第三楽章~受付~

 照を病院へ連れていくことは困難を極めた。本人にその気がまったくないからである。何度説得しても、「医者はもう匙を投げたから無駄だ」と言って聞かない。

 結局、説得が厳しいと判断したあやめと誠は両面作戦に切り替えた。誠が引き続き照の説得にあたる一方で、あやめは照の担当医へ会いに行くことにしたのである。

 あやめは府中市内にある「如月医院」へと足を運んだ。てっきり小さなクリニックだと思っていたあやめだが、如月医院は独立したビルを持つかなり大きな病院だった。人の出入りも多く、とても繁盛している。

 病院の中へと入り、受付へと向かう。あやめは病院という場所に慣れていないので、少々緊張していた。一応正午ということでアポイントはとっているのだが、それでも不安なことには変わりない。

 受付で名前を告げると、あやめよりも2,3歳年下に見える愛想の良い女の子が丁寧に対応してくれた。名札には、「高槻ノエル」と書いてあった。誠が自分の彼女だと言っていた女の子である。

「お昼くらいになったら午前中の診察が終わりますので、その後に診察室へお入りください」不安な人間を落ち着かせる優しい声で案内してくれる。

 変わった名前をしているけれど、とても良い子だな、という印象をあやめは抱いた。

正午になると、ノエルから急ぎの患者さんが入ったから、もう30分ほど後になると謝罪があった。

「そう……。まあ、患者さんが最優先だから、仕方ないわね」

 あやめはそれまでどうして時間を過ごそうかと考える。待合室の椅子はお昼ということもあって空いているが、病院という落ち着かない空間に長くいるのは気が進まない。かといって、近くでお昼をとろうにもこのあたりには土地勘がないので知っているお店もない。

 少々困っていると、ノエルから申し出があった。

「あの……突然でなんなんですけど、よかったら一緒にお昼でもどうですか?ちょうど私もお昼休みで近くのレストランに行こうかと思ってるんですけど、一緒に行こうって言っていた同僚が忙しくて行けなくなっちゃったらしくて。せっかく外食するなら、一人より二人の方が良いですし」

 初対面の人間をお昼に誘うとは少し驚くが、渡りに船だった。

「ええ、いいですよ。私もどうやって時間をつぶそうかなって思っていたところ」

「じゃあ、ちょっと待っててください。すぐに用意してきますから」

 そう言われて、病院の入り口で少し待つと、ノエルは小走りに出てきた。

「すいません。お待たせしました。あっ、申し遅れましたけど、私は高槻ノエルって言います」

 こちらがノエルのことを把握していることを知っている前提で誘ったわけではないらしい。自分のことを全く知らないかもしれない人間をお昼に誘えるとは、ノエルは今時の言葉でいう「コミュ障」の対極に位置するような存在と言える。誰からでも好かれそうな天来の明るさのなさせる業か。

「こちらこそよろしくお願いします。実は、あなたのことは仲町くんから少し聞いているんです。お付き合いしているんですって?」

 そう言われると、ノエルは頬を赤らめた。あやめはそれを見て眩しいと思う。恥じらいは可愛らしい女の子の武器である。

「え、ええ。実は、私も誠くんから少しだけ雫石さんのこと聞いています。すごく美人で親身な弁護士さんだって」

「それはそれは。どうもありがとうございます」

 あやめはノエルと違って軽く受け止める。自分がノエルと同じような反応をしたところで似合わないだろうという自覚があったためだ。また、あやめはその手の言葉に言われ慣れているという部分もあった。

「病院のすぐ裏側にレストランがあるんです。それと、私には敬語は使わなくてもいいですよ。私は誠くんと同い年だから、雫石さんより年下ですから」

 年下であるというのが弱みではなく強みであるということを自覚していないというのも眩しいとあやめは思う。自分が数歳年上の女性に対して同じことを言えば、正直許される自信はない。

「そう。じゃあ、遠慮せずに普通に話させてもらうわね」

 ノエルの言う通り、病院の裏口に回るとすぐ目の前がレストランだった。丁度二人の席が空いていたのですぐに案内される。パスタが美味しいのだというノエルのすすめにしたがって、二人そろってフェットチ―ネのカルボナーラを頼む。

「ここはうちの病院の関係者も利用するせいか、注文してから来るのが早いんです。ですから、お昼の外食にはもってこいなんです」

「医師の先生たちも利用したりするのかしら?」

「うーん、さすがに先生たちは忙しすぎて外食する余裕がないことが多いみたいですけど、たまに見かけることはありますよ」

「これからお会いする如月先生も?」

「あ、修二(しゅうじ)先生はけっこう利用されていますね」

 修二先生、という言い方に少しひっかかった。通常仕事関係の人間を下の名前で呼ぶことは珍しいはずだ。

「もしかして、『如月』という先生は二人いるのかしら」

「はい。院長の(あきら)先生と、その息子さんの修二先生ですね」

 どうやら、照の担当医は息子のほうのようだ。

「どんな先生かしら?」

 これから自分が会う人物がどんな人なのか、知っておくにこしたことはない。

「優しい先生ですよ。私にも気さくに声をかけてくれますし」

「私みたいに患者じゃない人間が突然会っても大丈夫そう?」

「それはもう。それに、病院って外部の人が思うよりも患者さん以外の出入りって多いんですよ。色んな業者の方が出入りしますし。それにいちいち目くじらを立てていたら、仕事になりません」

 頼んでいたパスタがやってきた。本当に早い。

「それを聞いてちょっと安心したわ。医師の先生に仕事で会うことって、あまりないから」

「それは良かったです。でもそれはきっと医師の先生からしても同じだと思いますよ。弁護士の先生と会うことなんて、医療の世界ではあんまりありませんから」

 話をしていると、緊張がほぐれていく。あやめは初対面の印象以上にノエルに好感を抱いていた。

「さ、せっかくの出来立てだから食べましょう。30分後って言ってましたけど、修二先生の手が思ったよりも早く空くこともあるかもしれないですから」

 ノエルの言う通り、フェットチーネは美味だった。あやめは再びこの店に食べに来ようと思う。できれば今度は仕事関係なしに。特に久々湊照の関係はなしに。


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