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第7章「蒼海の王」1


 暖かい日の光が全て落ち、街中が賑やかな喧騒に満ちる頃。空軍基地の演習用のスペースに、宮廷魔術師達数十名が集められた。

「ローズ様! お時間です」

「わかった。下がっておれ」

「はっ」

 空軍の兵士の一人が、時計を確認しながら一人の女に声を掛ける。

 魔術師特有の白いローブを纏ったその女は、この国の人間らしい褐色の腕を振り上げる。多少ふくよかながらも、彼女の均整の取れたシルエットは、見る者に安らぎと敬服の意を抱かせるに足りる。そのコントラストの美しさに、兵士の何人かが息を呑んだ。

「猛々しき蒼海の王よ……」

 女は呟くように詠唱を始める。ネズミ色の瞳が細められ、彼女の周りに空気の渦が立ち込める。

「このアリア聴こえしは、この地へと具現せよ」

 女の言葉と共に演習場全体の地面が蒼く輝き出した。足元からの壮大なる力を感じ、魔術師達や空軍の兵士が悲鳴とも歓声とも取れる声を口々に叫ぶ。






「始まったようだな」

 クリスは遠くに強大な魔力を感じて、真っ直ぐ空軍基地の方を睨みつけた。

「作戦はわかってるな?」

「おう。任せろ」

「リーダー。さっさと僕らも準備しようぜ」

 クリスの問い掛けに、ロックが重力場を展開しながら答えた。四人が丁度乗れる程度の大きさに計算された重力場に、四人は乗る。すると音も無く塔のてっぺん、ヤートの身体がある場所まで昇る。

 あまり高い建物がないこの国では、ここは見晴らしの良い特等席と言える。一瞬いつものくせで周りを見渡してしまったが、空軍の小型機体が遠くの空軍基地周辺を飛び交う以外は、煌めく星達しか見えない。満天の星空だ。下ではあの大きな広場で、踊り子達が妖艶に舞い踊っている。

「ガキもいるのかよ」

 ヤートとは逆の位置に少年の姿を見つけ、苦い顔をするレイル。

 下を見れば美しい光が、塔の九割を浄化していた。この一割が完全に浄化される直前に、花火大会は始まり、砕けた輝きと共にヤートを救出して逃げるのがクリスの作戦だ。

「ヤートさん、無事みたいで良かった」

 ロックがほっとしたように呟いたその瞬間、夜空の向こう――空軍基地の方角から蒼い光が放たれた。最初は地面から生えた幾筋の光だったそれは、だんだんと太くなり、その中央から幻想の水流が街を飲み込む勢いで溢れ出す。

「とんだイリュージョンだな」

 ルークが呆れたように言った。彼があれを見た瞬間焦った顔をしたのを、クリスは見逃さなかった。

「あれは幻想の水流……破壊の意志なき命の抱擁だ」

「砂漠の国で水を出す……確かに力の強そうな魔法だな。何人で創り出してる?」

 ロックとレイルが感心した様子で言った。

「違う……あれは召喚魔法だ」

 クリスがそう気付いた時には、それは姿を現していた。空軍基地を覆い隠す巨体の背に術者達を乗せ、巨大な尾っぽで命の水を波立たせる。

「なっ……蒼海の王ビスマルクだと!?」

 目の前に出現した巨大な鯨に、ロックが身を乗り出すようにして叫んだ。

「はっ!? あの蒼海の王が、なんで人間なんかに遣われて……つーか! まともな人間にあんな野郎召喚出来るのかっ!?」

 ルークも目を見開いて言った。

 蒼海の王ビスマルク――生命を司る水霊の王であり、破壊と慈愛の力を持つその水流は自然界最強の矛である。普段は鯨の姿をしており、遥か深海より世界を見詰めているという。人間に力を貸すのは極めて稀であり、その力の前にはどんな存在も無力と化す。

「リーダー!! あんな未知数なのがぶち込まれるなんてな! リーダーでもあれとはやり合えねーだろ?」

「そうだな。フェンリル最強と言われる俺でも、人間にあいつは殺せない」

 楽しそうに笑うレイルに、クリスは苦笑で返す。彼女はわかっている。あの召喚が自分達に向けられた警告だということを。

 鯨の目が真っ直ぐこちらに注がれる。その淀みの無い瞳が「貴様らに選択肢はない」とハッキリと告げていた。殺しはしない。ただ、逃げる意志を奪う為の召喚だ。

 ロックがライフルを座り込んで構えた。鋭い視線でスコープを覗く彼に、クリスは制止をかける。

「ロック、止めとけ」

「リーダー……あんなの出されたら僕らには逃げ場がなくなる。きっと僕らが逃げたら、あいつは街を水浸しにしてでも僕らを殺しにかかるぜ?」

「だろうな。無駄な犠牲は抑えたい。その選択だけは最後まで避けたいな」

「どっちにしろ浄化が終わらねえと動けねーんだから、ライフル降ろせよ」

 レイルがつまらなそうに言った。クリスとしては一刻も早くロックに銃を降ろして欲しかった。あまり相手を刺激したくない。

「……わかったよ。召喚師は一人だった。人間技じゃねえ」

 ロックは渋々といった様子ながら銃を背中に戻し、タバコに火を着けようとして、クリスが止めた。

「空軍は遠いが、万が一ということもある。火はこれが砕けてからにしろ」

 そう言って塔を指差すと、クリスの耳に聞き慣れた声が飛び込んできた。

『計画は順調のようだな』

 アレグロからの回線に、クリス以外の三人の表情が険しくなった。三人の鋭い視線を浴び、一瞬だが嫌な汗をかきそうになった。

 仲間だろうが不快なことがあると容赦無く殺気を発する、そんな彼らのことは大好きだ。犯されたいといつも考え、それは叶わないと考え直す日々。

「滞りなく、だ。どうした?」

 クリスの計画がどうであれ、このタイミングで彼からの連絡があるのは、何か問題があったからだ。用心深い彼が、まさか暫しの別れの挨拶をする為だけに連絡してくるはずがない。

『そこから少し離れたスラムで、反政府グループが動いているらしい。空軍はまだ掴んでない情報だ。現場が混乱しない為にも伝わらないように努力するが、どこまで抑えられるかはわからん』

「了解した。二時間もあれば充分だ」

『気をつけろよ。こんな時期に動き出すような連中だ』

「あんたもな」

 簡潔に連絡を済ませるクリスに、レイルが相変わらず鋭い視線を向けながら言った。

「さすがにこういうタイミングを外さない奴らは出てくるな」

「標的は宮廷魔術師か、空軍か……」

「どっちでも良いけど、潰し合ってくれる方が僕らとしては楽だな」

 ルークとロックも口々にそう言うと、黙って鯨が浮かぶ方向を睨みつけた。

 クリスもそちらを見ると、無数の火の玉がこちらに高速で飛翔してくる真っ最中だった。一斉に得物を抜くフェンリルの足元で、白く輝く塔が粉々に砕け散った。


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