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第6章「過去」22


 滞留する空気が微かに冷えたような気がして、ヤートは周りを見渡した。

 漆黒の暗闇に、慣れない浮遊感。辺りの景色は何も変わっていないのに、皮膚を刺激する何かが変わった気がする。

『気付いたようだね?』

 ナオの言葉には警戒の色が浮かんでいる。

「……この先の相手のせいか?」

 人間でありながら、人間とは程遠い――鬼のような殺気だ。

『うん。きっと、彼は……今までの三人とは別格だよ。こんな、鏡の中でもこんなに違うなんて……』

 ナオの言葉に頷こうとして、ヤートは重大な核心について聞き返す。

「待て、鏡だと?」

 しかしそんなヤートの言葉を無視するように、視界が開けた。真っ暗闇の中の一点が光り出し、狭いボロボロの木造の小屋の中が見える。

 明るい金髪の少年が、全身血まみれになりながら、女性の身体を揺すっていた。女性は身体中に刀傷が広がり、出血により既に息絶えている。そんな彼女を、彼は必死に揺すり続けた。

「なんで? なんで? 俺の前から消えないでよ」

 彼はまだ声変わりしていない高い声で、涙を流しながら言い続ける。

「一人にしないで。寂しいよ。」

 言葉が続くにつれて、景色に変化が現れた。

『刀を握っている時が、一番落ち着く時間だった。刀の“望むまま”に人を斬っていた。だが、寂しがり屋な俺には、人の存在が必要で……傍にいてくれるなら誰でも良かった。孤独ほど、怖いものはない』

 機械のようにそう語る彼の声に合わせ、目の前の彼は被害者を犯し、斬り刻み、殺し――喰らっていた。切断面から零れ落ちる臓腑を、彼は極上の血肉として貪る。

『人肌の温もりを感じなければ、眠ることすら出来なかった。弱かったんだ、俺は……だから、妖刀に魅入られてしまった』

 獲物を喰らい尽くした彼は、血まみれのまま狂ったように笑い出した。その声に合わせるように、被害者の骨と共に転がっていた妖刀も脈動する。

『血肉を貪り切れ味を保つ妖刀の運命を、俺はその身で共にすることになった』

 目の前では沢山の人間が、夜な夜な殺されていく光景が流れている。

『妖刀に抗うことの出来ない俺は、いつも朝、気が付けば食べ残した死体達の横で泣いていた』

 血まみれでも彼の顔立ちは美しく、澱んだ瞳は作り物の人形のように感じられる。唯一彼の頬を流れる雫だけが、彼の人間らしさを強調していた。

『近隣の人間を殺し尽くし、孤独に耐えられなかった俺は、自分より強い人間を求めて特務部隊に拾われた。自分より強い人間ならば、殺せず、孤独になることもないと考えたからで……結果的にこの考えは正しかった』

 言葉の途中で景色が途絶えた。いきなり暗闇になることは今までも多々あったが、何故かこの暗闇は、ヤートに不安を与えた。

『俺は……大切な仲間に出会った』

 ノイズが混じったような彼の声。続いてヤートの足元から光が襲い掛かってきた。

『……光の浄化!? マズイな!』

 文字通りの攻撃的な光の奔流に、ナオの焦った声が聞こえる。ヤートが意識を保っていられたのはそこまでだった。肉体的にではなく精神を断絶されたような頭の奥底からの痛みに、目を固く閉じたのだけは自覚出来た。

『あれは……仲間を護る為の命令違反だった』

 黒い大狼が牙を剥いてこちらを見ている。腕から血を流すレイル。スコープ越しにこちらを覗くロック。銃口を突き付けるルーク。

――フェンリル?

 閉じた瞳の裏側に、断片的な景色が浮かんでは消える。

『ゼウスを強制的に遮断するよ。ヤートさん、“一方的”だったけど楽しかった』

「……一方、的?」

 夢と現実の区別もつかぬ状態で、ヤートは引っ掛かった言葉を繰り返した。ナオはクスリと笑い、優しく説明する。

『ヤートさんの心はゼウスの機能がブロックしちゃったんだ。マザーとしての機能は“機械の統率及びリンク”であって“自己情報の流出”じゃないからね』

『俺は、仲間を護る為ならなんでもする』

 ナオの説明に、彼の低い声が混ざる。

『命の価値は平等ではない。俺は、仲間を護る為なら……何人の命を奪っても構わない』

 完全に意識が闇に落ちる前、彼の声に狼の遠吠えが重なった気がした。酷く悲しいその鳴き声は、ヤートの鼓膜にいつまでもこびりつくようだった。






 地下から戻った――正確にはリチャードに追い出された――レイルは、外套をさっさと脱ぎ捨てて中庭に向かった。中庭では空腹により機嫌が悪いルークと、装備を装着するクリスとロックの姿があった。

「そんなことはないとは思っていたが、無事で良かったよ」

 クリスが安堵の表情で抱き締めてきた。彼にしては珍しい態度に、言葉以上の心配をされていたことがわかる。

「リーダー、ちょっと……やめてくれ」

「お? レイルったら照れてるのか? 似合わねー」

 ルークがひゅうっと口笛を吹きながら茶々を入れるので、レイルは嫌々白状する。

「光将が中途半端に縛るから……」

「んだとっ!?」

 ロックが過剰に反応したが、そこは無視してジャケットの袖をめくって手首を見せる。

「手首縛られただけだ。エロい意味じゃねーよ」

「光の楔か……暫くは取れないだろうから気をつけろよ? それは術者の魔力に反応して発動する文字通りの楔だ」

 冷静に分析するクリスに、ロックは頭を抱えながら「充分エロいっての」と呟いている。レイルは双振りの剣を腰のベルトに差すと、真面目な表情で呟いた。

「昨日、スラムを歩いていると違和感を感じた」

 昨日、骸を抱えた少年を殺した帰り道、レイルは言いようのない悪意を感じ取った。

「あれは、地下をこの“悪意”達がここに向かって流れていたからなんだな」

「スラムは一日に多数の餓死者が出る区域だ。当然だろうな」

 クリスが苦々しげに言うと、ルークが悲しそうに目を伏せた。唯一ロックだけは、悠然とタバコに火を着けている。

「陰謀……陸軍が絡んだ大規模なバイオウェポン計画だった」

 レイルが溜め息をつくと、ロックが鋭い瞳でこちらを見てきた。反論の目ではない。

「どうしたんだよ?」

「いや、確証の無い話はレディにはしたくねーよ」

 ロックはそれだけ言うと黙ってタバコを吹かし始めた。こうなると彼はもう何も話さない。

「そ、そういや……もうすぐアレ、始まるんじゃねえの?」

 ルークが無理矢理話題を変えた。レイルには彼の素直さが清々しい。彼の言うアレとは、急遽今夜のメインイベントとして決まった、空軍と宮廷魔術師達による大花火大会のことだ。


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