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第6章「過去」15


 啜り泣くような声をバックに、彼は泣きながら死体を抱き締めた。目の前の彼は、「ごめんな、ごめんな」と小さく繰り返している。

 するといきなり地下室の扉が開かれた。重い大きな音を立てて開いた扉の向こうから、知らない金髪の男女が入ってくる。この二人に直接見覚えはないが、ヤートは何故かどこかで見たような気がした。それは死体を見たらすぐに解決した。眩しい金髪と顔の輪郭が、二人によく似ていた。つまりこの男女は死んでしまった男子学生の両親だったのだ。

「お前! 息子に何をしている!?」

 父親はベッドに一気に走り寄ると、突き飛ばすようにして息子の身体から彼を引きはがした。ナイフをまだ握っていた彼は、そのナイフごとカーペットに転がった。

「墓荒らしの犯人が同級生だとはなっ!? 貴様! 今ここで殺してやる!!」

「っ! ち、ちがっ!」

 馬乗りになって顔面を殴り付けてくる父親に、彼は必死に言葉を繋げようとしている。

『同級生じゃなく恋人だと言いたかった』

 尚も殴り続ける父親に、彼はされるがままだった。

『ここが見つかった時点で死体は回収される。だからもう、ここで死んでも良いと思った』

 目の前で殴られる彼は、幸せそうに目を閉じていた。優しい笑みすら浮かべる彼に、父親は青筋を立てて叫ぶ。

「何を笑っている! この変態野郎め!! ホモ野郎が汚い手で息子を触るんじゃない!!」

 この言葉に彼は一気に覚醒した。目を見開き、怒りに満ちた反論をする。

「俺はあいつを愛している! あいつも俺を愛していた! 俺達は愛し合っていたんだ!! あんたに何がわかる!? 息子のこと理解もしないで! 人の恋愛笑ってんじゃねーよ!!」

 彼はそのまま父親を蹴り飛ばし、逆に馬乗りになると、手に持っていたナイフで何度も何度も突き刺した。父親が小さく呻いて動かなくなると、次の標的に向かって駆け出す。

 次の標的――母親は父親が刺されたことで腰を抜かしてしまっていた。小さく喘ぐことしか出来ない無抵抗な彼女を、彼は父親と同じくナイフでめった刺しにして命を奪った。

『人を初めて殺した俺は、それでも冷静だった。多分、あいつが死んだあの日から、俺の日常生活には現実味が無かったんだ。忙しい両親はたまにしか早く家に帰ってこない。この日も夜遅くに帰ってくる予定だった。しっかりとシャワーを浴びて返り血を洗い流した俺は、地下室に戻って死体の処理に困った』

 言葉と同じように、ヤートの目の前の彼も突っ立っている。

『飛び散った血は地下室だけに付いていたので後回しにした。この部屋にはカギが掛かるから、家族も入ってこれない。次に死体だが……』

 彼はまず母親に近寄り、一瞬嫌そうな表情をしながら背中に背負った。そのまま扉を開けて外に運び出す。しばらくしてガサガサというビニール特有の音が響いて、一仕事終えたといった顔の彼が手ぶらで部屋に戻ってきた。

『とりあえず母親を先にゴミ用のビニール袋に突っ込んだ。父親も同じようにしようとした』

 彼は言葉通り父親に近寄り……その顔を見詰めて硬直した。

『あの父親は、あいつにそっくりだった。置いておきたい、そう強く思った俺は、父親の死体はそのままに、母親の死体を処理しに行った』

 足早に部屋を後にする彼の表情は笑っていた。

『母親の死体は近所の川原に捨てた。当時は、本当にこれで大丈夫だと思っていた。頭の中は新しく手に入れた、玩具のことでいっぱいだったから』

 次に彼が部屋に戻ってきた時には、その手にコーティング剤の入った袋が握られていた。

『これも近所の店で買った腐敗を防ぐコーティング剤だ。これで父親も存分に愉しめる。この時俺ははっきりと自覚した。“自分は死体相手に興奮する異常者”だと』

 彼は慣れた手つきで父親の衣服を脱がし、コーティング剤を塗っていく。ぬるりと光るその液体に、彼はそれだけで興奮しているようだった。

『普通の金持ちの息子が、普通に同性を愛して、普通に生きる……俺にはそれが出来なかった。大きな外的要因があった訳でも、生まれが悪かった訳でもない。正真正銘の異常者だ』

「愛する人が死んだじゃないか。理不尽に……」

 暗闇に落ちるなか、まるで自嘲するかのように語る彼に、ヤートは思わず呟いていた。

 人間の心とは簡単に壊れてしまう。相手が大切であればある程、人はその対象との距離を計り間違い、手段を間違えてしまうのだろう。ヤートには、彼を責めることが出来なかった。

 理不尽な死や、狂った愛情は、この数日間で自分の身近で沢山経験した。自分自身、愛する者が殺されれば、どうなるかわからない。壊れる可能性がない人間なんて、いない。

『それから一ヶ月間、俺は目についた男性に声を掛けては家に誘い、殺して飾った。沢山の自分専用の場所が出来て、俺は幸せで獲物を捕まえに行く以外は学校にも行かなくなった』

 まるで恋人同士のように――死体を愛する彼の姿は、愛しい存在を失って壊れた人の末路のように見えた。

『だが、そんな“夢のような”時間は、すぐに現実に引き戻された』

 慌ただしい足音が扉の前に響き、一拍置いて、厚い木製の扉が蹴り破られた。

「……手を上げて床に伏せろ! ……当たりのようだな」

『事件の捜査を担当していた自警団の奴らに見つかった。敗因はおそらく、母親の死体を川原に放置したからだろうな』

 どこか他人事のように語る声を象徴するように、目の前の彼はどうといったこともないような表情をしていた。自分の身など、とうに気にしていないのだろう。

 そこで場面は暗転した。しばらく待っても一向に光は射さない。

『監獄に入れられた俺は、その異常性から終身刑を言い渡された。監獄の中の男達との生活は、今の俺の根本とも言える。本格的に“使える”ナイフ戦やセックスのテクニックもそいつらから習った……もちろん、突っ込まれたり奉仕したりもしてやったさ』

 一瞬、彼の声が途絶える。


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