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第1章「城塞都市」8


 レイルが大きく跳躍しながら切りかかる。両手に持った剣を何度も相手の装甲に叩き込む、が相手は一瞬動きを止めるだけで全くダメージは通っていないようだ。相手の攻撃も大振りなのでレイルにかすりもしないが、それでも対等とは言い難い。

「どうした? パワー比べにもならないな」

「てめーもスピードについてけてねえだろうが」

 ガトリングを乱射されないように近い間合いで張り付くレイルに、相手は確実に苛立っている。

――交戦許可も出たことだし、良いか。

 情報迷彩のジャケットを破壊され、ルークの情報は敵に流れているだろう。なんせ自分達“フェンリル”は有名人だ。人数、戦闘スタイルだけでもバレかねない。ならば、今更隠すのも馬鹿げている。

 レイルの手に稲光が集まる。不気味なまでの薄紫の雷電が、レイルの剣に流れる。一瞬で雷剣と化したその剣に、兵士は驚愕で動きを止めた。










 兵士の目線とラボのスクリーンはリンクしている。兵士の目線を映す画面の隅々に、目の前の彼女に関するデータが現れる。兵士のフルフェイスのヘルメットには、このラボだけでなく施設の全コンピューター――据え置きのタイプから最新の機械兵器まで全てだ――の記録がリンクしている。それらの莫大な情報を引き出しているのだ。

 こんな高度な技能は、コンピューターではなく、人間の脳を使わなければ実現不可能だ。兵士の頭の内部には、情報統括用の小型のコンピューターが手術によって内蔵されている。しかしヤートが見る限り、引き出された情報には、あまり有益な情報はなさそうだ。

「やはり彼程度の実力では土壇場に弱いな。脳が混乱して、活用出来る情報が引き出せていない」

 隣で冷静な声が聞こえる。

「これが、ゼウス計画なのか?」

 画面から目を離せないまま、ヤートは問う。

「これはほんの触りだ。もっと高度な脳を持った人間が使えば、更に強力な兵士になる」

「……高度な、脳……」

「軍人としてこの国のトップにいる君なら、適任だと思うがね」

「……」

 ヤートは自問自答する。これを自分が扱えば、画面の向こうの彼を助けることが出来るのではないか、と。









 稲光を発しながら、レイルは敵の足を切り裂いた。

 雷を纏った刃は鋭さを増し、切り裂いた筋肉を更に雷撃が焼き切る。傷自体は浅いものの、内部からの焼かれるような痛みに、兵士はパニックに陥る。戦いを放棄して逃げようとする相手に、レイルは笑いながら飛び掛かった。わざと浅く切り裂きながら電気ショックを浴びせていく。

「あんた、私の呼び名知ってるか?」

 最後の足掻きに敵が撃ったガトリングが、レイルのジャケットを掠めた。レイルは笑顔のまま、ぐっと近づく。その恐怖で相手が完全に立てなくなると、レイルは馬乗りになり深々と片方の剣を突き立てた。剣は真っ直ぐ口を貫通して、相手を即死に追い込む。

「まさか、私が雷撃だけで殺してやるなんて思ってねーよなぁ」

 絶命を確認してからも、何度も何度も剣を突き立てる。相手の血まみれの死に顔が見たくて、レイルはフルフェイスのヘルメットを雷撃で吹き飛ばした。

 その時、レイルは視線を感じた。一瞬でその違和感の元を突き止める。

 ヘルメットに付属された遮光グラスに小型のカメラが付いている。驚いたことにまだ壊れていない。レイルは自分のジャケットが傷ついていることを思い出し、これ以上ないくらいの悪い笑みをカメラに向けた。

「ブラッドミキサーに切れねえ男はいねーんだよ」









 ヤートは愕然とした。自分が商業区まで送った少女が、身の毛もよだつ犯罪者だったとは。

「侵入者の身元、割れました!! 四人の内二人は『フェンリル』の“人形使い”と“ブラッドミキサー”です」

「本部に気付かれたか……まさか特務部隊が来るとはな……残りの二人はおそらく、“食人鬼”と“爆弾魔”だろう」

 ラボにいきなり飛び込んで来た兵士の報告に、科学者の一人が苦い顔で答える。

「ゼウス計画がバレれば、それくらいはしてくるでしょう」

 隣の科学者が未だ冷静に答える。

 本部――この広大な大陸の東西南北、そして中央の五つに分かれたそれぞれの国家が集まった一大軍事同盟。

 国同士の戦いを悪戯に生み出さない為に作られたこの同盟により、この大陸における覇権争いは表面上は沈静化している。相手に自国の兵士のレベルを見せることにより、この同盟自体が抑止力となることが出来たのだ。それだけに、各国の有する兵士達は軒並み高いレベルを維持している。

 そして通称“本部”とは、それぞれの国家の兵士達が集まるその軍事同盟の中枢となる――そしてその手足となり、主に裏の仕事を行うのが特務部隊だ。その特務部隊でも、おそらく最強と言われるのがフェンリル。だが、彼らが有名なのは、戦闘能力だけではない。

「奴ら、この国を血の海にするつもりだ」

 メンバー全員が、元猟奇殺人犯。普通の軍隊ならば即危険人物扱いの、生まれついての殺し屋達。

「ヤート君……」

 普段通りの笑顔、に脂汗を浮かべた科学者が静かに聞いてくる。

「君に、彼らを止めることは可能か?」

「……不可能です」

 モニター越しにでもわかる。根本的な実力差、殺しへの躊躇いのなさ。

「ゼウス計画を実行したら、どうだい?」

「……自分には、わかりません」

「おい、ゼウス計画をヤート君でやるとしても、それは絶対に勝てる状況でないといけない。もし仮に彼が負けて捕虜にでもなったら、これまで隠して来た意味がない」

「確かに捕虜はマズイ。だが、私達を逃がすために彼がしんがりを勤める、というシチュエーションならば、相手も読めないはずだ」

「今度は……」

 自分を捨て石にするのか、と問い掛けて、ヤートは黙った。軍人として、命令で死ぬのは覚悟が出来ている。だが、この方法は、自分が最後まで軍“人”でいられない気がした。

「心配しなくても良い」

 あくまで冷静を装う科学者は、最後まで笑っていた。

「捨て石なのは、おそらく……」

 ヤートには、その笑顔が何故か酷く寂しげに見えた。


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