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第5章「悪意の塔」18


 目の前の敵が一斉に襲い掛かってきた。

 レイルは痛む傷口を気にしながら剣を振るって応戦した。隣に立つクリスもかなり辛そうな表情をしている。血に狂う寸前の精神を、仲間の存在によって無理矢理押さえ込んでいる。それは妖刀の破片を使っている自分も、多少は感じているのでわかる。

 この液体の悪意の濃度は、自ら切り裂く生きた人間より異常に濃い。こんな悪意の塊には、自分達の悪意など、ほんの小さなものに感じる程だ。

 敵の腕がレイルの顔面に振り下ろされる。レイルはそれを急いでのけ反って避けた。腹に激痛が走り、氷にヒビが入る嫌な音が響く。

「ちくしょー、全快なら楽勝なのによ!!」

「光将とやり合ったんだったな? よくそれだけで済んだな!?」

 クリスが、札から炎を地に這わせながら呆れるように言った。彼にしては斬り合いは控え目に、倹約家らしくない豪快さで札を消費している。

「はっ、危うく拘束プレイをされるとこだったぜ!!」

「そういうプレイ、大好きなくせに」

「リーダーにだったらぶん殴られながら犯されても良いぜ」

「変態が……俺はお前には上に乗って欲しいよ」

「リーダーってばMっぽいとこがもったいねーよな」

 バカバカしいやり取りをしながら戦闘を楽しむのも悪くない。そんな油断が、レイルの反応を鈍らせた。

 殴りかかってきた敵の一体を切り倒した時、弾けた腕の部分がクリスの背中目掛けて飛んだ。すぐさまそれに反応したルークによってその腕だった部分は撃ち抜かれたが、液体となった数敵が、クリスの露出した首筋に付着した。

 クリスの表情が一瞬で凍る。大きく見開いた瞳が、どんどん血の色を濃くしていき――

「――リーダーっ!!」

 レイルは堪らず駆け出した。

 表情だけでなく動きまで止まってしまったクリスに、敵が一斉に標的を変えて襲い掛かる。そんな彼を助ける為に駆け寄ったレイルは、彼の口元が怪しく歪むのを見た。

 ヤバいと思った時には、自分の体に穴が開く、短期間に何度も味わいたくはない感覚に襲われた。









 レイルが敵に貫かれた。

 急激に遠退く意識の隅に、そんな見たくもない光景を捉えたクリスは、なんとか地面に膝をついた。残った札全てを起爆させ、周囲の敵を吹き飛ばし、重たい頭を持ち上げてレイルに目を向ける。

 彼女は後ろから忍び寄っていた敵の、槍状になった腕に貫かれていた。目を見開いたまま小さく何かを呟く彼女は、ショックで意識が朦朧としているようで、だらりと貫かれたままの姿勢で動かない。

 彼女の傷口を確認しようとクリスが自らの足に力を入れようとした瞬間、耳元で更に追い撃ちをかける声が響いた。

『ち、くしょー……今度はっ、僕の貫通式かよ!』

 ロックの小さい呻き声。それに続く、ヤートの焦った声。

 クリスは残った理性で打開策を考える。少年のことを後回しにしてでも、撤退するべきか。

「り、リーダー……」

 クリスが考えている間に、後方のルークが四方から串刺しにされた。細い細い槍状の物――レイルを貫いた物より更に細い――が地面に落ちた液体より伸びている。

 四方からの攻撃に、ルークは避けきることが出来なかった。だが、致命傷ではない。浅く皮膚を切り裂き貫通している部分を見ても、重大な血管を傷付けてはいないようで、出血は少ない。あれなら、まだまだ戦える。

 なのに――

 ルークは小さく震えたまま動かない。まるで、凍えるかのようにその瞳と唇が小刻みに動く。やがてがっくりと膝を折って崩れる彼の体は、支えきれずに一緒に砕けた悪夢の槍と共に地面に倒れた。

 横でレイルも同じように倒れる音がする。だが、それよりも、だ。

「くっ……そ」

 クリスは、痛みや悪意で震える足を気合いで動かす。がくがくと頼りない足を動かして、なんとか立ち上がる。

 短時間の内に戦える人間は自分だけになった。そんな自分も普段の一割も力を出せない危険な状態だ。大事なヤートを守るのは、自分しかいない。新しい液体が地を這いヤートに忍び寄っている。

 クリスは最後の力を振り絞って彼を守るように立つ。敵に背中を曝しているが、今更そんなことは言ってられない。最後の言葉になりそうだから――クリスは自然に笑みを浮かべていた。

――最初からこうしようと決めていた。

 大切な存在と別れる時は、笑顔で別れようと。

 自分の笑みがこの状況に不釣り合い過ぎたのか、ヤートの顔が驚愕の表情を作る。それを怒ってやりたくて、震える刀を持つ手に力を入れた瞬間、クリスの肩を一本の槍が貫通した。

 肉を裂くその感触は、久しぶりに感じる体が叫ぶ痛みで、クリスに生きている実感を強烈に植え付けた。

――そうだ。俺は生きている。

 地面に転がる感触が少し遅れて神経に届いた。地面と並行の目線の先の光景は、世界の終わりのようにすら感じる。

 ふと、倒れたレイルと目が合った。だがそれは錯覚で、目が見開かれたままの彼女の瞳に、自分が映り込んだだけだった。だが、クリスは理解した。

――この槍は対象を死に至らせるんじゃない!!

 この感覚を、クリスは知っている。激しい流れに精神をなぶられるような……この感覚は、精神攻撃だ。

 レイルの唇は今もなお動いている。悪意の根幹に持って行かれそうな精神に、肉体が必死に抵抗しているのだ。耳元ではロックの弱い呼吸音が続き、クリスの横でルークの肩も小さく動いている。異常な状況下でも全員、まだ死んでいない。

 そして、彼はまだ自由で、無傷で、生きている。

 クリスはヤートをもう一度見る。先程とは違う、力強い笑みをしてやる。そうすると彼は困惑したような表情になった。無理もない。伝えたいことが、伝わらない。

「……っ」

 悪意の奔流に流されそうで、もう言葉もまともに口に出てこない。ついに周りの音もシャットアウトされた世界で、湧き出る激情に抵抗している。

 クリスは光を失いそうになる瞳を必死にヤートに向けた。

 自分はまだ死んでいない!

 その言葉を伝える為に。

 ヤートの瞳の奥が青く光る。そこでクリスは意識を失った。


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