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第5章「悪意の塔」16


 ヤートは走り出した。縛られて固くなっていた身体は、思った以上に動きが鈍い。武器もない丸腰の自分が行ってどれだけの役に立てるかわからないが、ただ守られるだけは嫌だった。庭の端から端へ走り抜け、ようやくクリス達三人の背中に近付く。

 次の瞬間、彼らの身体を無数の針状のものが襲った。それを完全に察知していた三人は、負傷した身体でも見事に回避する。塔から生えたその針は、一瞬前まで三人がいたスペースまで伸び、ピタリと動きを止める。再び動く気配はない。

「良かった。無事で」

 頭に被っていたメットを投げ捨てながら、レイルがヤートの側まで下がってきた。ルークもクリスに肩を貸した態勢でこちらまで来る。この二人も乱入者が引いたのでメットを外していた。おかけでクリスの辛そうな表情がよくわかる。

「コアは奪われてない!?」

「なんとか、な。それより、こいつをなんとかしなくては……」

 天高くそびえ立つ塔を見上げ、ヤートは無力感に襲われた。

「そのことなんだが……」

 ルークから離れ、ふらふらとした足どりのクリスが呟いた。彼にしては珍しく歯切れが悪い言葉に、ヤートは不安を覚える。

「あれは魔力の篭った液体だ。触れた者を溶かし、悪意を貪る」

「補足するとスラムのヘドロの全体だ。ここの地下にはバイオウェポンであるこの液体の貯水槽が設置されていた」

『なるほど。アレはヘドロだったのか。それにしても、流石は昔住んでただけあるな。ちなみにここは、この国で一番高い位置にある。アレが暴走して流れ出したら、この国に安全な場所はないぜ? 生き延びたければ、僕らがどうにかするしかないぞ』

「ガキを殺せば暴走。殺さなかったら串刺し。どっちも見事な死に様だな」

「ぼやくなレイル。俺に考えがある……」

『嫌な予感しかしねえがな……』

「ヤートさん……あんたの力を貸して欲しい」

 クリスの貫くような視線が、ヤートを捉える。深紅に輝く美しい瞳には、何かの決意を感じさせた。

「……何をすれば良い?」

「あの液体にリンクを繋いで地下の貯水槽に戻す」

「おいおいリーダー正気か? あんなのに繋いだら一発で精神汚染が始まるぜ? それに、どうやってリンクさせるんだよ?」

 クリスの案にルークが大袈裟な身振りで割って入った。その顔は、心配というよりは呆れた表情をしている。

「ルークってマジで馬鹿だよな! リーダーや私の精神を、武器を経由して暴走させようとしてくる液体だぜ? おそらくあのガキの魔力をリンクさせるのが本来の用途だろうが、他者に影響する成分か何かが入ってんだろ」

「惜しいなレイル。人間の感情の中で一番強いものが悪意や憎しみだ。あれは愛情や善意というものに餓えている。俺達生者を襲うのもそのせいだ。あのガキは液体の動きの方向性だけしか制御しきれていない」

『……リーダーの考えがわかったぜ』

「……あのガキごと貯水槽まで沈める」

『僕の重力魔法なら可能だろうが、あのガキぐらいが限界だぜ?』

「塔の方はヤートさんにリンクさせて操作出来るか試す」

「無茶苦茶だ」

「しかも俺ら、することないしな」

 クリスの説明にレイルは頭を抱え、ルークは拗ねたように口を尖らせた。

「貯水槽に全て入るとは思えない。俺達の仕事はヤートさんを守り、液体の量を減らすことだ」

「リーダー質問! どうやって減らすんだ?」

 レイルがニヤニヤ笑いながら挙手。それにクリスは笑みを浮かべながら返す。

「術者の魔力を削り、操れる物流自体を減らす」

「つまり塔に向かって攻撃、だな?」

「そういうことだ」

『それなら一発目は派手に行くぜ?』

「任せる」

 無線の向こうでロックの歓声が上がった。続いて軽快な口笛の後ろでレーザーキャノンの発射音が響く。

 耳をつんざく轟音と共に、空が一瞬割れたようにヤートは感じた。テラスから斜め上空に放たれた光線は、綺麗に血塗られた塔の上半分だけを包み込む。ヤートが先程まで監禁されていた塔にはギリギリ当たらない計算された角度だった。

 少し遅れて激しい衝撃波が中庭にいた全員に襲い掛かる。ヤートは目を細めて屈む。そうしなければ風圧に勝てなかった。だが残りのフェンリルの面々は、武器を構え少年の攻撃に備えている。しばらくは暴風の時が続き、衝撃波が止んだ中庭の真ん中には、未だプラズマが走る塔が半分だけ残されていた。

「来るぞ!!」

 クリスがそう叫んだ瞬間、塔が歪に歪んだ。根本に何食わぬ顔で立っていた少年の顔が不気味に笑う。最初は目の錯覚にも見えたそれは、すぐにヘドロの雨という形でヤート達に襲い掛かった。

 ボトボトと大きな塊として落ちてくるそれらは、塔から剥がれ落ちた一部だった。それらは地面に落ちると人の形を作り上げた。

 赤黒い、血流をそのまま表皮にしたような、全裸の人間。男、女、老人、子供……

 そんなものは関係なく、皆一様に色彩の乏しい凹凸しかない頭部に、激しい憎しみの表情を宿している。

 明確な敵意を確認して、フェンリル達は絶妙過ぎるコンビネーションで陣形を組む。彼らの視線は敵を向いたまま。お互いの動きは見なくてもわかるのだろう。レイルとクリスが前に出て、ルークはヤートの隣まで移動している。

「……どこまで死者を愚弄するつもりだ」

 目の前に広がる地獄のような光景に、ヤートは思わず呟いた。少年の表情には変わりはないが、その声はヤートが思っていたよりハッキリと空間に広がった。人の形をした悪意達は動かず、フェンリル達も動かない。

「……おじさんは知らない? この狂犬と呼ばれる人達が、どういう人間なのか……この狂犬達にボロボロにされた遺族達も、きっと同じことを言うよ?」

「……それは……っ」

 折り重なるように倒れた部下達の姿が、目の前の光景とダブって見えた。

 自国を守る為に果敢に立ち向かう彼らに、フェンリル達は冷たい視線を送り――

……どうして、そんな顔が出来るっ!?

 ヤートが狼狽えたのを見て、少年は小さく笑った。

「ようやくわかった!? こいつらは最低な人間達なんだよ!? 他人の死を楽しむ狂犬達なんだよ!!」

 前方で身構えるクリスとレイルの横顔は、どこか諦めたような、つまらなそうな表情をしていた。


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