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第5章「悪意の塔」11


「おいおい、酷い言い様だな。俺と彼らには違いがある。俺は人間と人間をリンクさせる方法を考えていたのに対して、彼らは機械をリンクさせた。そんな計画に神の名を冠するなど、神だけでない……人間に対する冒涜だ」

「お前達の行いに巻き込まれた人間の気持ちがわかるか? お前に冒涜だと吐かす権利はない!!」

「……そういう話はまたの機会にしてくれ。これは俺の話だ」

「……科学者というのは話を聞かない」

「……それが仕事ではないからだ。町の花屋が殺しをしたりはしないだろう? それと同じだ」

「……」

 吐き出せない怒りを抱え込みながら、それでもヤートは黙った。これ以上言い合ったところで、ヤートの怒りが鎮まるとは思えない。かろうじて残っていた回廊の手摺りの一部に背中を預けるようにして座り込む。

「彼らは俺の望む実験を実現出来なかった。しかし、収穫はあった。俺はこうしてコアをスキャン出来た。この情報を用いて、俺は俺の夢を追い続けることが出来る」

「オリジナルのコアはいらないのか?」

「機械にしかリンク出来ないようなものは必要ない。ジョインにすら劣る」

「……どういうことだ?」

「ジョインはリッチ坊やの魔力を引き出すことが出来た。頭に直接埋め込んだ回路により、一方通行のリンクを体現した"昨日までの"俺の最高傑作だった」

「人間同士を、リンク……」

 言葉の意味を飲み込むようにして呟くヤートに、アレグロは満足げな表情で続けた。

「機械で得られる魔力よりも生身の人間で得られる魔力の方が、効率良く生成出来る。しかしその魔力は人それぞれ質が異なる。決して混ざり合うことはないし、拒絶反応しか生まれない」

 アレグロはここで一旦息をつくと、手を銃の形にしてヤートに照準するふりをした。

「ある日、俺の研究室に一人の少年が運び込まれてきた。フェンリルと接触していたその少年を、陸軍は失いたくなかったらしい。傷口からルークが射殺し損ねたことがわかった。正確に脳の大事な部分を撃ち抜いたからこそ、ルークは少年の死を確認せずに消えた」

 バーン、と声には出さず、口だけ動かして手を引っ込めるアレグロ。顔をタッチパネルに戻しながら話を続ける。

「陸軍からの依頼は『あらゆる非人道的な行いを行使してでも少年の命を助けよ。どういう形でも構わない』というものだった。死体からの情報には限度があるからな。生きた情報が欲しかったんだ。そして俺はその少年を、利用した」

 一瞬だけ、ほんの一瞬だけアレグロの声が震えた気がした。ヤートは彼の顔から目を背ける。

「頭に回路をぶち込んだ。それは残った脳の機能を全てフル回転させて起動する……タイムリミット付きのまやかしだ」

「タイムリミット? それに、まやかし?」

「一度頭に入った回路は取り外すことが出来ない。傷口が癒える頃には重要な血管や頭蓋骨に覆われるからだ。脳の代わりを果たすような精密機械が、定期的なメンテナンスも無しに稼動するとでも?」

「待て!! 俺にも精密機械は入っている!! だがR2の科学者達は何も言ってなかったぞ!?」

 こちらに向き直りニヤリと笑うアレグロに、ヤートは食ってかかりそうになった。立ち上がり掛けた身体を落ち着かせる為に、意味もなく中庭に視線を泳がせる。

「貴方のコアは問題ない。脳の機能に何の問題もないからだ。だがジョインの場合、脳の機能を維持する役割がついている。我々の日常の行動が、常に彼の回路をオーバーワークに追い込んでいたんだ」

 ヤートの視線を追うように、アレグロも中庭を見下ろす。

「……人間的行動を、犠牲にするしかないのか?」

 呟くようなヤートの声。アレグロは、口調を変えずに話す。

「……理論上は」

「……だがそれは出来なかった。そう言いたそうだが?」

「……想像に任せる。とにかくジョインには来月までの余命が与えられた。どうせ来月までの命なら、俺は……」

 そこまで言ってアレグロは、口元に優しい微笑を浮かべた。

「ジョインに復讐させてやりたかった」

「復讐……ルークに、か?」

 少し表情が硬くなったヤートに、アレグロは小さく頷いた。

「ルークの噂はジョインと会う前からいろいろ聞いていた。俺も人のことは言えないが、あいつは相当なクソ野郎だ。あいつに『細い弾で貫かれる痛み』を味わわせてやりたかった」

 アレグロの口元から笑みが消えた。タッチパネルを持った手が小さく震えている。

「ジョインはリッチ坊やの光魔術を自分なりに形を変えて使っていた。ある日、俺が疑問に思って『なぜそんな形にしているんだ?』と聞いた。少年の体格で槍を扱うのは戦術的に無謀だと考えたからで、他に大した意味はなかった」

「なんと答えたんだ?」

「『頭で武器を想像すると自然にこの形になった』と言った。『長くて細い、全てを貫く形』とも。ジョインにとっての最強の武器とは、"自分の命"を絶たれた瞬間そのものだった。細い小型の銃弾が、本人にとっては長い永遠の時間を掛けて自分の頭を貫通する。ガキに経験させるようなことじゃない。初めて他人に殺意が湧いた瞬間だった」

「……さっきまで俺は、あなたを誤解していたかもしれない。人間だが、人に程遠い……科学者だと」

「いや、それでも……この経験を『貴重な経験』で処理しようとしている俺の頭は、きっと……科学者なんだろう」

 アレグロはそう言うと小さく息をつき、ヤートからコードを取り外した。タッチパネルをコートの下にしまい込み、いきなり床に倒れ込む。

「なんだっ!? どうした!?」

 慌てて駆け寄ろうとしたヤートの目の前に、光と共に登って来たリチャードが飛び込んで来た。赤黒い血に塗れたその姿に、ヤートは思わず身構える。

『ヤートさん!! ヤバいのがそっちに行った!! 動けるなら中庭に向かって飛び降りてくれ!!』

 ロックの大声が無線から飛び込んでくる。リチャードに視線を戻そうとしたヤートは、床に倒れるアレグロの表情に違和感を覚えてそちらに目を向ける。床に倒れて近寄ってきたリチャードの腕を掴むその顔は、苦しむどころか笑っていた。


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