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第4章「砂漠の薔薇」9


 ヤートはその声に素早く反応し、後方にレイルを抱えて跳び退く。玄関まで追いやられる形になる。

 一瞬前まで二人がいた地面に、大きな凹みが出来ていた。丁度家の土地と公共の道路の境目。白いレンガで舗装された美しい道のりに、そこだけひしゃげた穴が地獄の口のように開いていた。粉々に飛び散ったレンガが周りに散乱している。

「外しちまったなぁジジイ!!」

 高級住宅街にはおよそ不似合いな男の大声が響いた。レイルは重たい頭で、それでも声がした方に殺気を飛ばす。

 いつの間にか、二人の目の前に四人の人間が現れていた。やたら目つきがおかしい――精神に異常をきたしている者の目だ――若い男と、やたらグラマラスな美女、金髪の病んだ目つきの少年に、白髪のバーテンダーのような身形の老人。

 先程の攻撃は、どうやら老人の攻撃らしい。その証拠に、彼が構えているマシンガンらしき銃からはまだ煙が出ている。

「この頃歳のせいか老眼が酷くてね。老いには勝てんわ」

 老人は特に気にした様子もなくそう言うと、レイルを鋭い視線で睨み返してきた。

――何が老眼だ、あのボケ老人!

「まだまだお若いですわ。ナオもそう思うでしょ?」

 やたらボディラインを強調した服装をしている女が、にこやかに笑いながら少年に聞く。

「ボク、眠たいから早く終わらせたいんだけど?」

 金髪の少年は面倒くさそうに返すと、こちらに向かって手に持っていた水晶を掲げる。

「さっさと殺しちゃおうよ」

 そう続けた少年の表情は、子供のものとは思えない程に歪んだ笑みを浮かべていた。

「捕まえるのが命令じゃて……お前さんら、良ければ抵抗は無しでいただきたい。我々と共に来てもらいましょうか」

 老人が一歩進み出て言う。

 レイルはヤートの手を強く握った。老人からのプレッシャーに、レイルを支えるヤートの身体が強張ったからだ。無理もない。あれは正真正銘、人殺しの目だ。

「お前達は、何者なんだ!?」

 それでもヤートはレイルを守るように、立ち塞がった。緊迫した声でそう言いながら、立ち上がることの出来ないレイルを自分の後ろに隠す。

「軍部の者ですよ。ヤート・ロッテン隊長」

「軍部だと?」

 老人の答えにヤートは更に身構えた。自分の命を狙う者達だと直感したのだろう。レイルも悲鳴を上げる身体に鞭打ち立ち上がる。

「そちらで辛そうにしているレイルさんとは、方向性は合いませんがね」

「ジジイ! もしかしてあの女が特務部隊のレイルなのか!?」

 老人の横からしゃしゃり出てきた男に苛立ちながらレイルは答える。

「そーだよ。やっぱり南部の軍ってのは、ロクな奴がいねーな」

 馬鹿で粗暴な男は嫌いだ。だがその男は好色そうな目でこちらを見てきた。

「へへ……軍部最高の淫乱女ってのは本当だなぁ。今も身体中火照らせて、かんっぺきに挑発してやがる」

「……うぜー野郎だな! 二度と女とヤれねーように引き裂いてやるよ!!」

 レイルはそう返したが、身体は言うことを聞いてくれない。フラフラと立ち上がるのが精一杯のレイルに、相手の四人は余裕の笑みを浮かべている。

「おやおや、どうやら体調が優れないようですね。砂漠で無理して雷なんて起こすからですよ」

 老人がレイルに近寄ってくる。銃でしっかり狙いをつけられ、レイルもヤートも動けない。

「私もムカデのように挽き肉に、なんて考えないように。動けばヤート殿の命はありませんよ。動ければ、の話ですが」

 レイルは舌打ちしか出来ない。どうせ殺されるとわかっていても、今目の前で殺される訳にはいかない。彼を守るには、今は大人しくするしかないようだ。その矛盾から来る怒りで頭がおかしくなりそうだった。

 大人しくなったレイルを見届け、老人は満足したようにヤートに視線を移した。

「貴方もわかっていると思いますが、逆らえばレイルさんの命はありません。我々と共に来てもらいましょう」

 ヤートも仕方なく彼らに従う。

 レイルからヤートが離れていく。止めたいのに身体が動かない。そろそろ立っているのも厳しくなってきた。

 ヤートを囲むようにして老人以外の三人が歩き出す。ヤートが一瞬こちらを切ない目で振り返ってきた。

 レイルは自分の不甲斐なさに唇を強く噛む。

 道の向こうに停めていた車に、彼らはヤートと共に乗り込んだ。老人だけがレイルの元に残っている。

「貴女も連れて行きますよ。フェンリルを捕らえられる機会なんて滅多にありませんからね」

 老人がそう言ってレイルに手を伸ばした瞬間、彼を無数の銃弾が襲った。

 立て続けに襲いくる銃弾を、彼は高齢とは思えない素早い動きで避け切り、仲間達が待つ車に飛び乗る。車はそのままエンジンを掛けて走り去る。

 道の反対側から走りながら銃を乱射していたルークが慌てて追い掛ける。その後ろにはクリスとロックの姿もあった。

 相手も馬鹿ではないようで、フェンリル全員との戦闘は避けたかったらしい。

 車が見えなくなったところで、レイルは地面に前のめりに倒れた。久しぶりの緊張と敗北感に死にたくなる。

 しかしレイルの身体は、地面にぶつかる前にロックに抱きとめられていた。暖かい男の体温に、レイルの身体がビクリと震える。

「まーた無理しやがって。刻印が完全に再発してるぞ」

 疼き出した身体を見抜くように、ロックはレイルに深い深い口づけを落とした。レイルの口から洩れる甘い吐息に、車を追うことを諦めて戻ってきていたルークが顔を赤らめる。クリスは少し離れた所で、特務部隊の南部支部に連絡を取っているようだった。ロックから解放されたレイルは抱きとめられたまま愚痴る。

「お前ら、おせーよ」

「刻印が出てなかったらお前だけでも大丈夫なはずだろ? だから無理すんなってあれほど俺は……」

 レイルの言葉にムッとした表情で反論するルークに、ロックは呆れたような顔をして言った。

「やっぱりルークは馬鹿だよな! あいつらかなりやれるぜ。特にあのボインボインの姉ちゃんはヤベーな」

「それはてめーのマグナムがだろ?」

「ロック、我慢できねー」

「うっわレイルの方がめっちゃ可愛い!! 一番っ!! 今すぐここで公然レイプを……」

「止めろお前ら!!」

 続きを始めようとしたロックをルークが強引に引きはがしていると、連絡を終えたクリスが真面目な顔をしてこちらを向いた。

「レイル、さっさと終わらせて反撃に出るぞ。敵は南部の軍だが、筋書きは考えてある。今夜にでも反乱分子は排除して、ヤートさんを助ける」

 クリスの力強い言葉に、ロックはレイルを片手で抱えたままガッツポーズ。

「よし、ならまずは姫の高ぶりを抑えないとな。良かったなレイル、大好きな公然猥褻だぜ?」

「おいおい! ここは住宅街だぞ!?」

 ルークが慌てて再び止めに入る。

「リーダー! 冗談だよな!?」

「俺は、レイルが戦力になるならどっちでも良いんだが」

 真面目な顔をしたままクリスは眺めていたが、本気で焦るルークの姿に意地悪は止めることにしたようだ。いや、あれは半分は本気だった。

「もうすぐ南部支部から迎えがくる。あいつらは俺達が来てすぐに引いた。つまり俺達全員は相手に出来ないんだろう。このまま乗り込むぞ」

 彼らが走り去った先を見つめ、クリスは低い声で言う。ロックのおかげで少しマシになった頭で、レイルはクリスを見る。

 美しい彼の横顔は、静かに怒りを湛えている。この表情を見るのは久しぶりだ。仲間を傷付けられた時にしか、リーダーのこんな表情は見たことがなかった。


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