表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/214

第4章「砂漠の薔薇」5


 レイルは少年を追ってスラム街を奥へと進んでいく。

 ヘドロがいろいろなところに流れ出ていて汚いが、驚く程死体がない。骸を抱えた少年が生きていける環境なのだから、道に死体がゴロゴロ転がっているものだと思っていた。

 細い道を走っていたレイルは、大通りに差し掛かった所で少年に追い付いた。

 少年は三人の男の子――見たところ不良のようだ――に絡まれている。骸を守るように屈み込んでしまった少年に、相手は数人で暴行をしかけようとしている。おそらく小さな手に握られた札が目当てだろう。

「てめーら何してんだ!?」

 レイルは仕方なくそれを止めに入る。不良達は女のレイルを見て害はないと判断したのか、少年への暴行に戻ろうとする。

 その態度に苛立ったレイルは、素早く不良の一人と距離を詰める。少年を殴ろうとしていた不良の手首を背後から捻り上げ、残りの不良達を睨みつけ殺気を放った。人殺しの目は相手に充分恐怖を与えたようだ。不良達は腰を抜かしそうになりながら逃げて行く。

「大丈夫か?」

 差し延べられたレイルの手を、怯えた様子で少年は見ている。

――本当に嫌なガキだ。

「いつまでも座ってたいならそうしろよ。私も伝えるもん伝えたら戻るから」

 レイルはそう言いながら少年の前に屈んだ。視点の合わない彼の瞳をレイルが覗き込むと、少年は慌てて立ち上がった。

「よし、この辺りで一番綺麗な水場がどこかわかるか?」

「……多分、わかる」

「ならそこでそれ、洗おうぜ。ヘドロまみれだとお前の身体に悪いんだ」

 レイルは笑いながら骸の包みを指差した。今もヘドロが流れているようだ。レイルの言葉に少年は戸惑った口調で答えた。

「場所はわかるけど……」

「なんだよ。何か問題あるのか?」

「さっき、殴ろうとしてきた人達のたまり場」

「……なるほどね」

 どうやらあの不良グループは、綺麗な水場を拠点にしているらしい。

「私が一緒に行ってやるから、そいつら全員ぶん殴ってやるよ」






 比較的女性客が多い店内の一角で、ルークは特大のマンゴーパフェと格闘していた。アイスが三個も入ったこの店のスペシャルパフェに、ルークは一瞬で心を奪われてしまった。向かいの席でヤートが溜め息をついても気にならない。ちなみに彼はコーヒーを優雅に味わっている。

「レイルは大丈夫なのか?」

 ヤートが飲みかけのカップを置いて聞いた。

「アイツが一人で行くってんだから、何か考えがあるんだろ」

――おそらく考え、ではなく直感だろうが。

『甘えと弱さは違う』。

 あの言葉は今でもルークの心を容赦なく傷つけている。まるで胸に針が刺さったかのように、チクチクと。

「だが、あまりあの子に猶予がないのは確かだ」

「……そんなに酷いのか?」

「汚染の問題じゃないんだ……死体処理の人間に見付かるのは、あの子には酷だろうからな」

「……死体処理?」

 ルークは聞き覚えのない言葉に聞き返す。するとヤートは答える前に、まだ熱いコーヒーを一気に飲み干した。まるで、話し終えてからでは飲めない、とでも言うような……

「スラム街というのは、いつも死と隣り合わせの世界だ」

 周りを気にしてか、ヤートは声のトーンを少し落とす。確かに、真昼間の喫茶店でする話ではない。

「この国では毎日何十人という餓死者が出る。いくらスラム街でも、死体が散乱するのは誰の得にもならない。そこで、その死体達を片付ける専門業者が生まれた」

「……そこまでやれる人間がいるのか?」

 一般人の考えではない。

「政府が奨励金を出したんだ。安すぎる金だったが、それでも飛び付く人間はいた」

「上ってのは、どこでも手を汚さないものなんだな」

「……処理の仕事に就いた者の大半が、スラムでも最下層に位置する人間達だった。彼らは彼らだけのやり方で、死体を効率良く処理することが出来たからだ」

「一般人が死体を処理するには限界があるはずだ。必ずどこかは残る」

「それが骨すら残らない方法があった……あのヘドロに死体を丸ごと放り込むんだ」

「……」

 想像してから、ルークはヤートがコーヒーを飲み干した理由がわかった。この話の後に黒い飲み物は、精神的にキツい。

「放り込む前に重さをきちんと量って記録に残す。そんな仕事が、もう五十年以上存在している」

「どうしてわざわざ記録する必要がある?」

「職務怠慢を防止するのと、後はスラムの実態を調べる為だろうな」

 自分達で勝手に汚しておきながら、本当に頭にくる理由だった。

「とにかく、少しでも量を稼ぎたい奴らなら、きっと力ずくでも奪うだろう。そんなことになったら、あの少年が不憫過ぎる」

 ヤートも苦い顔をして話している。

「死体を運びながら笑う奴らを見たことがある……奴らは自分の為に人が死んでいるとでも思っているんだろうか」

 目を伏せて続けられたその言葉に、ルークは小さく頷いた。

「レイルも、絶対同じこと言うよ」

 他人の命令で命を懸けて戦う自分達と重ねて。

――俺達も、クソ野郎共の下で働いている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ