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第4章「砂漠の薔薇」1


 入国の手続きは順調に終わり、クリス達は手近な食堂に入って食事をとることにした。

 砂漠の国らしい白を基調とした丸みを帯びたデザインの外観に惹かれて入ったは良いが、中は普通の食堂と変わりなかった。

 沢山の商人達で賑わう中、奥まった位置にある、少し周りから距離が取れる席を確保出来た。

 カウンターで受け取った料理を各自でテーブルまで持っていく。唐辛子の産地ということで、ほとんどの料理が赤い。だが適度な辛味の料理をちゃんと選んで注文したので、全員満足するまで腹を満たすことが出来た。

「めちゃくちゃ美味いな」

 ルークが幸せそうに感想を述べた。彼は三人前のセットメニューを食べ終え満足そうだ。

「久しぶりの故郷の味は最高だよな」

 ロックがヤートに話し掛けている。彼ら二人は、辛味の強い真っ赤な麺を主とした料理を食べていた。

「こんなの毎日食べてるから、城門の兵士も緩いんじゃねーの?」

 外国人向けの辛さ控えめの味付けにも驚いていたレイルが、愚痴のように吐き捨てた。確かに、想像より辛かったとクリスも思う。

 城門ではキャラバンのリーダーの男が、偽装した自分達の身分証を提出してくれた。顔写真の無い文章だけの身分証は、予想以上の効果を発揮し、簡単に入国の許可を貰った。

 城門から少し離れたところで、クリス達はキャラバンと別れた。これからは見学しているという設定で行動することになったのだ。

「この国は商人との貿易で成り立っている。下手に商人達を刺激したくないんだろう」

 クリスはコップに手を伸ばしながら言った。甘いココナッツジュースを飲み干す。口の中の辛みを吹き飛ばす、独特の甘みが癖になりそうだ。

「料理が美味いし安い!! 最高の国だな! ここは!」

「てめー、さっきから飯の話しかしてねーな?」

 また歓声を上げるルークに、ロックが呆れたようにツッコミを入れている。それを見てヤートは笑っていた。自分の生まれた国が褒められるのは、誰からしても悪い気はしないものらしい。

「この国の料理が安いんじゃなくて、この店がスラムに近いから安いんだ」

 溜め息をつきながらロックが解説を始める。一度炭酸の効いたジュースで喉を潤し、「飯屋で話す話題じゃねーんだけどな……」と前置きする。

「この国は沢山の民族が寄り集まって出来た国だ。古くから続く内乱によって、貧富の差はどんどんでかくなる。この食堂は市場とスラム街の境に位置してる。だからここを利用しているのは、国外の貧しい商人が多い」

 そう言いながら、ロックは小声で周りを見るように促す。確かに周りの商人達は、共に入国したキャラバンの人間より小汚い格好をしていた。

「ここのスラムも酷いの?」

 レイルがクリスと同じくココナッツジュースを飲みながら聞いた。甘い味付けに嬉しそうな表情だ。

「僕もヤートさんも、住んでたスラムは貧乏だったけど、公害が無かっただけマシだった」

「噂では、市場から流れる下水が流れこむ地域のスラムでは、身体が腐る公害がおこっているらしい」

「下水……」

 ルークが渋い顔で、自分の目の前の黒色の炭酸ジュースのコップを見つめた。

「ここは『砂漠の花』と言われるオアシスだ。オアシスには水の存在が不可欠で、国中の至る所に水路を張り巡らせてるんだ」

「砂漠の砂の上に人工的な地層を作り上げ、元からの地形によって国の中心から外側に向かって土地が下がっているんだ。自然と上流階級の人間達は国の中央に居を構え、城壁の近くにはスラム街が形成された」

 ロックとヤートが代わる代わる説明する。この国が故郷の二人の話に、レイルは目を伏せていた。

 その理由はクリスにもよくわかる。もしかするとこの国のスラム街の悲惨さは、世界最高かもしれないのだ。

「目立つ行動を避けたいなら、スラムには近寄らないことだな」

 ロックが話はこれで終わりとばかりに、飲み物をぐいっと飲み干した。クリスは携帯電話を取り出し時間を確認した。もうそろそろ本格的に祭が始まる時間だった。

「全員、食べ終わったな。中央の市場に向かうぞ」

 荷物を纏めて店の外に出ると、メインストリートは既に沢山の人で溢れていた。今日は国民の休日らしく、ほとんどの人間が祭を楽しむらしい。人混みで迷子になるのもマズイので、市場に着くまでは全員で行動することにする。






 率先して先頭を進んでいくクリスの背中を追い掛けながら、レイルは横を歩くヤートに微笑み掛けた。

 ロックとルークは、先程の店の勘定のことで後ろで揉めている。勘定はロックが一括で支払った。荷物持ちをさせられた挙句、実は注文の時点でルークの手持ちが足りなかったと知ったロックは、今まで溜まっていたストレスをぶつけているようだった。

 彼の気持ちはレイルもよくわかる。ルークの馬鹿は食い過ぎだ。

 後ろの空気に最初は苦笑いしていたヤートだが、レイルの微笑みに穏やかな笑顔を返してくれた。彼の表情は、昨日よりもだいぶ良い。やはり故郷の空気というのは、人を安心させる力があるようだ。

「ロックから聞いたんだけど、ここの生まれだったんだね」

「ああ、スラムの生まれだ」

「私と一緒だ」

「……君も?」

「中央部の中規模都市のスラム」

「都市の名前は?」

「……私が暴れたせいでまともな人は逃げちゃって。今は血流の街とか言われてるよ。元は地竜だったかな」

「……」

 レイルは特に何でもないことのように言った。

 自分はその国で五十人以上の人間を殺害している。誰だって猟奇殺人鬼がいるような土地からは逃げたい。軍による大規模な逮捕劇のせいで、もうあの地にはまともな人間は住んでいないはずだ。

「まぁ、公害は無かったけど」

 黙ってしまったヤートを見て、レイルは慌てて話を終わらせた。空気が悪くなるというのもあるが、それよりも視界の端に異様な光景が引っ掛かったからだ。

 メインストリートから少し離れた用水路から、ヘドロ状の液体が水路に流れ出ていた。おそらくあれが公害の原因だろう。レイルの視線を追って、ヤートもそれに気付く。

「あのヘドロはこの地より下……つまりスラム街に流れ落ちていく。流れる間にああいった類いの物がどんどん混ざり合って、最終的には皮膚を焼き、細胞を腐らせる汚染物質になる。ここら辺のヘドロはまだマシな方だ」

「どうやったらあんな汚い物が出るんだよ……」

 レイルは溜め息をつく。普通に生活していたらあんな物は出ない、と言い掛けて止めた。彼と自分を比べたら、自分は普通ではない。

「あまりこんなことは言いたくないんだが、スラムのことを裕福な人間は、水が流れ落ちることから“下界”と呼んでいるらしい」

「……どこにでもクソ以下の人間はいるみたいだな」

――自分もそっちのカテゴリーだけど。

 そう考えて自嘲する。

「とにかく、近寄らないに越したことはない」

 ヤートはそう言うと、レイルに「こちらも、質問があるんだが、良いか?」と聞いてきた。

 レイルは頷く。市場はもうすぐだが、長い話でなければ問題はない。

「君の雷の能力は、魔法か?」

 周りを気にしながらヤートは聞いてきた。心配しなくても周りの喧騒で、自分達の話し声はほとんど聞こえないだろう。

「私の能力は魔法じゃない。だからあの砂漠でも使うことが出来る」

「しかし、あれだけの雷は……」

 魔法だ、とヤートは言いたげだ。

「私は特異体質なんだ。帯電体質って言うんだけど、身体中の細胞で体内発電することが出来る。発電した電気は体外に放出することも出来るし、神経を刺激することで運動能力を高めることも出来る。後は……」

 ここから先は言っても良いのか迷う。ここは公共の場だ。

「後は、なんだ?」

 ヤートが訝しく思ったのか聞き返してきた。眉間に少しシワが寄っていて、その表情もたまらなくクールだ。

――からかいたい。

「後は……セックスの具合が痺れるくらいイイみたい」

 言ってやった。ニヤリと笑いながらヤートを上目遣いに見つめると、彼は耳まで真っ赤にして顔ごと逸らしてしまった。大笑いしたい気持ちを抑えるレイルに、先を歩いていたクリスが振り向きながら声を掛けた。どうやら目的地に到着したようだ。


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