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第3章「砂漠横断」2


 月が分厚い雲に覆われる瞬間を狙って、五人は砂漠の中に隠されたアジトに入った。短い時間の漆黒を利用し、門の上に立つ見張り達の目を誤魔化したのだ。

 砂漠の砂が盛り上がった箇所の陰にアジトはあった。廃棄されていたコンテナを利用した簡易的なアジトで、衣服の入ったクローゼットと小さなテーブルしかない。ベージュ色の塗装がされており、門から距離がある為目視による発見は難しいだろう。奥の方は砂が侵食しており、例え近くを通り掛かっても、まさか人がいるとは思わない。

 砂が散らばる床に、五人はそのまま座った。身体中砂まみれなので、今更気にならない。コンテナの扉を軽く閉め、テーブルの上に置いていたランプに、ロックがライターで火を着けた。

 頼りない明かりが、五人をぼんやりと照らす。寒さは変わらないが、あの鬱陶しい砂嵐を防げるのは嬉しい。

「ふぅ……みんな、体調は大丈夫か?」

 クリスがフードを取り全員に声を掛ける。フードにこびりついていた無数の砂がザラザラと床に落ちる。不快だ。

「身体中砂まみれでダルいこと以外は平気」

 レイルがコートを脱ぎながら言った。脱いだコートを敷物代わりにしてその上に座る。

「ここじゃシャワーは無理だぜ。明日まで我慢だな」

 ロックがジャケットまで脱ぎながら答える。

「明日も宿行く時間なんてねーだろ」

 拳銃の調子を確認しながらルークは反論した。銃に目立った異常は無い。一安心だ。

「明日……デザートローズは収穫祭だ」

 クリスがランプの油の量を確認しながら言った。

「収穫祭の目玉は商人達による大量の出店だ。国全体の警戒は自然と祭に向かう。俺達も日が出ている間は、護衛が観光している振りをしていれば問題ない」

「ちゃっちゃと南部支部に行ったらダメなのか?」

 話を続けるクリスに、ルークは聞いた。すぐにロックとレイルに睨まれる。慌てて二人から目を逸らし、ヤートを見る。

 コンテナ内は狭いので、輪になって座るしかない。テーブルを中心とした小さな円卓。その出口に一番近い場所で、ヤートは静かに話を聞いていた。

「人を隠すには人混みに、だ。夕方までは観光客を装い羽を伸ばす。ただし、目立つ行動は慎めよ」

 クリスはそう続け、ランプにもう一度手を伸ばした。残り少ない油の量が気になるようだ。

「作戦はわかったが、まさかこの出で立ちで行くのか?」

 黙って聞いていたヤートが驚いたように声を上げた。確かに、全員返り血まみれの酷い服装をしている。デザートローズ内には砂嵐を遮断する防御壁があるので、目立つコートを着る訳にもいかない。

「だから着替えるんだよ」

 ロックがクローゼットから乱雑に沢山の服を出してきた。

 血のように赤いシャツを脱ぎ、上半身をさらけ出す。細身だが引き締まった褐色の肌には、砂漠の民の血が色濃く受け継がれているようだ。鼻唄を歌いながら出してきた服に着替える。ただでさえ狭いコンテナのスペースが、雪崩のように出て来た服によって更に狭まる。

「これでどう? 僕、キマッてる?」

 獲物相手のキラースマイルを浮かべたロックは、薄いピンクのシャツを着ていた。普段の毒々しいまでのシャツとデザインこそ同じだが、マイルドな色合いによって与える印象はかなり変わった。しっかりとセットした髪――今はその上に砂がトッピングされている――と合わさり、育ちの良い上流階級の人間に見える。

「カッコイイよ」

 レイルがニヤニヤ笑いながら言う。

「ジャケットもスラックスも同じのしかねーの?」

 オシャレしたかったのにぃ、と駄々をこねるロックに、クリスは視線すら合わせずに返した。

「本部の支給品を貰ってきたんだ。そんな贅沢は言えない」

 視線はランプに注がれたまま。まだ不満はあるようだが、ロックもこれ以上何を言っても無駄だということはわかっている。

 倹約家のリーダーに、潜入用の着替えを手配させる方がどうかしているのだから。ルークとしては黒のジャケットにスラックスという特務部隊の制服を気に入っているので問題ない。“仕事”をしているという自覚が持てる。

「明日は収穫祭なんだろ!? こんなカッコ堅過ぎるって」

 開けたシャツの上からジャケットを羽織り、ロックは尚も反論する。

「お祭りって普通は普段着だろ!?」

「明日の俺達の立場はあくまで商人の護衛だ。それにお前の着こなしなら充分普段着だ」

 ランプから手を離したクリスは、面倒くさそうにロックを睨む。その視線でロックにはもう反論する余地はなくなる。くそー、と小さく悪態をつきながら、ロックはスラックスを新しいものに穿き替え――ようと脱いだところでヤートに制止を食らった。

「待て、ここで着替えるのか!?」

 ロックの紫の派手な下着には出来るだけ目がいかないようにしながら話すヤートに、ルークは思わず笑いそうになったが我慢する。

「おいおい、まさか下半身丸出しで砂嵐の中に出ろって言うのか?」

「着替えるのはスラックスだろ!? どうして丸出しにする必要があるっ!?」

「言葉の綾だってー」

「……女性だっている!!」

「レイルー。僕と一緒にお着替えしようか。手取り足取り、手伝ってあげる」

「黙れよ変態。さっさと私の着替えをくれ」

 伸ばした手をレイルに弾かれ、口を尖らせながら彼女の服を漁るロック。ちなみにスラックスは脱いだままだ。

「勿体ぶるなよ……ほらよ! 罰でミニスカート!」

「黒のフリフリ、好みだから穿いたげる」

「夜這いに行くからな」

「この距離で夜這いもくそもねーよ」

 ようやくスラックスを穿き替えたロックに続き、レイルも何の躊躇もなく血が染み込んだショートパンツを脱ぐ。挑発的なショーツに全員の視線が一瞬注目した。生地にキラキラとした小さなジュエリーが付いていたが、食い込んだりして痛くないのだろうか、とルークは思った。

「……そんなに見んなよ」

「営業トークしてないでさっさと穿け」

 スカートを穿こうと屈んだ姿勢で止まるレイルに、クリスが冷たく言い放つ。屈辱に震えながらスカートを身につけるレイルに、ロックは更に服を渡していく。

 黒のニーハイソックスに、黒のジャケット。首元にネクタイの代わりに黒の大きいリボンの付いた薄い黄色のシャツ。ふわふわとしたフェミニンな印象を受けるインナーを、黒のジャケットが締める。変わった部分は少しだけなのに、ロックにしろレイルにしろ別人に見える。

 彼女が着替える間、視線を逸らしていたヤートは、着替え終わった彼女を見て息を呑んでいた。気持ちはわかる。軍用ブーツすらオシャレな小物に見える彼女は、普通の町娘――いや、それにしては美人過ぎるか――にしか見えない。

「ルークはどうする?」

「お好みで」

「んじゃ、勝手にセレクトするぜ」

 またクローゼットを漁りだしたロック。先程のレイルのコーディネートも彼によるものだ。普段から服装にこだわりを持つ彼は、他人の服装を選ぶ時は真面目に選べる人間だ。潜入任務の多い暗殺の仕事では、服装一つで悪目立ちすることもある。

「ほらよ」

 まずは同じデザインのスラックスを穿き替え、ジャケットとシャツを脱ぐ。下着はちゃんとしたものを穿いているから問題ない。誰かさん達みたいに勝負下着ではない。ロックに手渡された深い青色のシャツを着る。

「なんか、俺だけ手抜きじゃない?」

「まさか。暑苦しいお前への精一杯の愛を込めてのチョイス」

「愛情と悪口が混在してる……」

 下と同じく、脱いだジャケットと同じデザインのものを羽織り……やっぱり暑いのでジャケットは着ないことにする。

「着なくても良いよな?」

 ロックではなく、クリスに聞く。これは服装のコーディネートの話ではないからだ。

「街中の監視カメラは、あっても精度は悪い。少し映り込んだくらいではバレない。それに、この替えのジャケットには情報迷彩が組み込まれてない」

「そうか。なら脱いどく」

 ニコニコと笑うルークに、黒のネクタイが投げてよこされる。

「せめてこれは着けとけ」

 ロックが呆れたように言う。ルークは仕方ないので着けてみたが、首周りが暑くなりそうだ。

「リーダーはどうする?」

「俺は普段通りで良い」

「りょーかい。リーダーはルークの馬鹿と違ってなんでも似合うからなぁ」

「おい! どういう意味だよっ!?」

 ルークの叫びを無視してロックはクリスに服を渡していく。ジャケットとスラックスを渡したところで、彼は申し訳なさそうにクリスを振り返った。手には薄紫のシャツを持っている。

「リーダー、わりぃ……白のシャツがねーからこれで我慢してくんねー?」

「ああ、構わない」

 クリスは薄く笑ってシャツを受け取ると、さっさと着替えだした。誰もが認める美青年の着替えに、フェンリルのメンバーは不躾な視線を送る。ヤートのみ、ルーク達の反応に頭を抱えていた。

 雰囲気こそあまり変わらないが、それでも必要以上に着こなすクリスに、全員意味もなくため息をついた。ロックが青の派手なストライプのネクタイを渡す。それをしっかりと締め、ジャケットも前のボタンを止める。行動の全てに几帳面さが出ている。

「あと一時間もすれば朝が来る。寝ずの準備になるだろうが、頑張ってもらいたい」

 砂まみれではあったが血の臭いのしない服に身を包み、ヤートを除く四人の表情は明るい。そう、ヤートを除く――

「よし、んじゃやりますか!!」

 ロックがクローゼットを更に掘り返し、レイルがヤートの腰に抱き着いてきた。

「なっ何を!?」

「んー。予想よりかなりガッチリ……でも締まってるよ」

「細身はちょっと厳しいか?」

 慌てるヤートを無視してロックとレイルは言い合いを続ける。ヤートが助けを求めてクリスを見ると、彼はにこやかに笑って先程の疑問に答えてくれた。

「何って……これからあんたのファッションショーをするんだ」


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