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第2章「脱出、船」10


 悪意の無い笑顔になったレイルに、ヤートも安心する。こんなに美しい年下の女性と話す機会は、軍では皆無だった。

「君達……歳はいくつだ?」

 ふと気になったので聞いてみてから、女性にする質問ではなかったと後悔する。

「さあね。いくつに見える?」

 妙齢の女性特有のかわし方で返されて苦笑する。

「まだ若い……二十辺りか?」

「なら、そうしといてあげる」

「え?」

「私ら殺し屋にとって実年齢って重要じゃないから。重要なのは相手に何歳に見られるか」

 そう言って悪戯っぽく笑う彼女は、もしかしたらそれ以上に若いのかもしれないとヤートには感じられた。

「ヤートさんは? 何歳なの?」

「俺は二十九だ」

「もっと若いかと思った」

「それは、威厳が足りないという悪口か?」

「まさか」

 ケラケラと笑うレイルに、ヤートは彼女から目を離せなかった。

 肩まで流れるウェーブがかった赤髪が、まるでヤートを誘惑するように揺れている。殺風景な船室の中、彼女がいる場所だけが暖かく煌めいているようだった。ただ、白いシャツから透けて見える包帯が、痛々しく感じられた。

「もう傷は大丈夫なのか?」

「ああ、これくらい余裕。腕がぶっ飛んだり腹が開くより全然マシ」

「……そうか」

 納得して良いのかわからなかったが、ヤートは無理矢理納得することにした。戦場に出た数は、彼女の方がずっと上なのだ。

「ただ、ずっと安静なのがつまんねー」

 テーブルからベッドに座るヤートを蹴る動作をしながら話すレイル。

「それは俺もだ。どうか我慢してくれ」

 まるで妹のような彼女の無邪気な動作に、ヤートは笑みがなかなか止まない。

「剣を研ぐくらいしかやることがねーんだ。ヤートさんのもやっとこうか?」

「それは嬉しいが……他に趣味、はないのか? いや、仕事中に趣味もないか」

 言い出してから考え込んだヤートに、レイルは笑顔のまま言った。

「私の趣味は、殺しに……セックスだ」

 その言葉にヤートはただ顔を上げることしか出来なかった。レイルを凝視する。悪い冗談にしか聞こえない。

「本気で言っているのか?」

「お人形さん遊びとでも言って欲しかった?」

「君達はまだ若い。日常くらい、普通に生きられるはずだ!」

 思わず声を荒げたヤートの口をレイルが手で塞いだ。テーブルから立ち上がり、中腰のような体勢でヤートの口元に右手を添えている。

「騒ぐなって……」

 彼女は大人しくなったヤートの口元から手を離し、覆いかぶさるようにして顔を近づけてきた。ヤートの目の前で魅惑的な唇が動く。

「あんたらの物差しで、私らは計れねーよ」

 そう言う彼女の瞳だけは、感情がこもっていなかった。いつもは美しい光を燈すその瞳が、今は闇の中のように暗い。

「……それでも」

 震える拳を握り、ヤートは声を絞り出す。この手の震えは、目の前の彼女に対する恐怖なのか、それとも彼女を狂わせた世界への怒りなのか――

「――それでも君達は、俺と同じ人間だ」

「あんた達と同じ?」

「そうだ。悲しみの絶えない環境に、職場にいる、普通の人間だ!!」

「普通の?」

 レイルは小さく言葉を繰り返す。そして、その声はやがて笑い声に変わっていった。目の前でいきなり笑い出した彼女に、ヤートは背筋が冷える独特の感覚を覚える。

「普通の女がっ……殺しとセックスが趣味な訳ねーだろ」

 笑いながら、だがどこか苦しそうに彼女は言う。

「普通の男が……自分の欲求の為に人をいたぶり殺す訳がねぇ」

 ヤートの顎に手を添えながら、レイルはまるでキスをするかのような動作でその唇を彼の耳元へ寄せた。

「普通の人間が、他人の血肉を喰らう訳がねーだろ」

 囁くようにそう言って、彼女は身体ごと離れた。扉に向かう彼女の背中は、冷たい空気を纏っている。

 もう話し掛けられない。扉が開き、船室よりやや暗い闇に彼女が消えて行くのを、ヤートはただ見送ることしか出来なかった。閉まった扉に密閉された空間には、彼女から漂っていた消毒液の香りが残された。

――彼女はいったいどれだけの数、自分の身体を傷付け戦い、そして相手を殺していったのだろうか。


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