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第11章「犬と狐」5


 この都を縄張りとする特務部隊のリーダーの部屋に、愛する我らがリーダーの背中を見送って、ロックとルーク、そしてエイトは同僚と呼ぶには幼過ぎる背中を追って、その彼に案内された部屋に入った。

 本部、というよりもだいたいの軍の施設がそうなのだが、兵士達の自室は個室、もしくは同性同士の相部屋が基本だ。職業柄どうしても、軍属志願者の男女比は男性が多くなりやすく――これはもちろん戦闘能力の性差ということではない。単純な腕力だけなら男性が有利でも、魔力の適正に関しては性別等ほとんど意味をなさないからだ――ただでさえ貴重な女性兵士を、妊娠出産で失うのは避けたい。

 特務部隊や魔術師団といった経歴不問の異質な集団ならともかく、正規の軍は規律を重んじている為、いくら性欲旺盛なつわもの達だろうが人間離れした上官<バケモノ>達に抑えられていそうなものだが、やはり生存本能が極限まで高まる戦場では、そんな理性等本能の前では吹き飛んでしまうようだった。

 もちろんここ、ルナールの特務部隊もそんな規律に形式的には従っているらしく、元より少ない人数の為に普段は個室を与えられており、今回のような突発的な増員の際は、それぞれの部屋に別れて相部屋としているらしい。

――元より少ない人数、ね……いったい何人殺されたんだろうなぁ?

 自室の扉を閉めてこちらに振り返った幼き狐色を見下しながら、ロックは表情には出さないように舌打ちを我慢。

 フェンリルとして行動しているロックは、基本的には大陸全土を任務で飛び回っている。仕事に追われる日々で忙殺、という程ではない。それ程までにこの大陸には、仮初の平和が腰を落ち着けているように見える。だが、それも表面上だけの話だ。いつ何時決壊してもおかしくないレベルで、水面下では危機がその水量を増している。危険ラインを越えた時には、全てが後手に回っているだろう。それくらい、本部もロック自身も気付いている。

 軍から与えられた自室は中央部の本部から程近い位置にあるのだが、ロックは任務で違う地方を訪れた際は、意識的にその地方の特務部隊達とも交流している。

 スナイパーであるロックにとって、味方とは自身を守る『盾』であり、同時に援護すべき対象でもある。間違っても『駒』だとか『囮』だなんて思ってはいけない。前衛との信頼関係の構築こそが、後衛である自分の務めであると自覚している。誰もが己の身を大切にしつつ、しかしその身を犠牲にしてでも勝利に貢献しようと動く。軍人としてのその精神はロックにも理解出来るものであったし、フェンリルという特別な仲間を持った今では、自己犠牲の精神すらも己に芽吹き出したくらいだ。

 つまりロックは、自身の生存と任務の遂行の為にも前衛の兵士との良好なる関係の構築は必須だと思っているし、夜遊びの意味合いでも良好な関係は都合が良いので、進んでコミュニケーションを取りに行く人間だ。人間関係にだらしないことは自覚しているし、直すつもりもない。むしろ必要ないと思っている。長生きなんて出来ない職場だ。泥沼なんてものになる前に、相手が死んでいくような世界でロックは生きている。

 しかしそんなロックでも、関わり合いになりたくない人間も一定数いる。自分以上に狂った人間等、なかなかお目にかかれるものではないが、それでも一定数は存在するのだから大陸というものは広くて面白い。

 主を迎え入れたその部屋は、表向きこそ子供の部屋だが、その空間も一皮むけば『人殺しの部屋』に豹変する。壁に掛かった大きな絵は、以前会った時に本人から『学校の授業で描いた絵が表彰された』と聞いていたものだろう。タッチこそ子供らしく豪快なもの――先程の自己紹介では少しばかり生意気な口をきいていたが、基本的に彼は……いや、彼も特務部隊らしく自信家な面がある――なのに、その絵が伝える色彩は驚くほどに簡素だった。

 絵に描かれたのは、鉛色の空に浮かぶ獣。背景を引き裂くように刻まれた雷と同じ激しい黄色で彩色されたその獣は、天を睨み、その大口からは瓦礫を零している。その足元では幾何学模様が浮かんだ地面が踏み抜かれ、今にもこちらに飛び出してきそうな躍動感があった。

「スゲー絵だな……」

 そのあまりの迫力に、エイトもそう感想を零した。ルークも以前、それこそこの絵がその躍動感によって表彰されたことを、ロックと共に聞いていたので「結局飾ったんだ。賞金、何に使ったんだ?」と優しくフォックスの頭を撫でながら言う。

「雷……魔力が暴走するから発散の為の“オモチャ”買ったんやけど……リティストに『まだ早い』って取り上げられてもた」

「うっわ、父親かよ。確かにお前にはまだ、早いかなー」

 聞いているこちらも清々しいまでの大声で笑うルークに、話が見えないエイトが訝し気な視線を送っている。ロックとしてはエイトのことはそれなりに信用することにしたので話しても良いのだが、一応これは『デリケートな話題』というやつなので、本人の目の前で話して良いものか悩む。

「慣れへん気ぃなんか遣わんでエエわ、ロック。ボクはまだお子ちゃまで『欲望の処理』をせんでエエから、代わりに魔力散らす為にサンドバッグ渡されたんやわ」

「……はーん、つまりお前……魔力を散らさないと暴発する体質ってわけだな?」


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