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第10章「異に接する都」11


 結局ルツィアはルークの提案通り、夕飯の時間まで抱き締められたままだった。男女が狭い空間にて抱き合ったままの時間だったが、彼は女性には興味がない同性愛者だ。

 本当に彼はルツィアを抱き締めただけで何もしなかったし、「女の香りやべー」と言っていた言葉もどちらかというと“悪い意味”での感想だったようだ。

「やっぱレイルの手料理美味いよな。ちょっと甘めの味付けが抜群だ。ルツィアもそう思うだろ?」

 夕食の時間――外の景色は相変わらずの砂嵐一色だが、その色合いは歴然だった――になってルークは、ルツィアを元の対面する席に座らせると、食料タワーの中から“携帯用”のパックに詰められたグラタンを取り出す。

 真空パックのような見た目のその容器からは、ほんのりと氷の魔力を感じ取れる。

「それって、魔力反応によって熱を加える持ち運び用の保存パックですよね?」

 確か、ルツィアの記憶が正しければ、これは中央部で主に流通している食料の保存容器である。本来なら詰められた食材を暖めるにはお湯や火といった熱源が必要だが、魔力の属性が異なる等、そういったものを用意出来ない場合のことを想定して開発された、保存容器だ。

 民間人に出回っているのは中央部が中心だが、元々は軍用の代物であるそれは、それぞれの魔力に応じたパックを使用することで、どんな魔力属性の人間でも魔力反応による熱で熱々の食材が食べられるようになるというものだった。

「そうそう。ちょっと高いし使い捨てにするにはもったいねえけど、やっぱりグラタンは暖かいまま食べたいからな」

 そう言いながらルークは、二つの保存容器に自身の魔力――氷の魔力を流し込む。途端に中心部にあった模様が青く光り出し、じんわりとパック全体が汗ばんでくるのが目に見えてわかった。さすが軍用が元の製品だ。即効性が違う。

 それを目と肌で確認してからルークは片方をルツィアに手渡してくれる。手と手が触れる際に残留していた魔力も感じ取ってしまって、どくりと心臓が高鳴るのを自覚してしまう。確かにルークが言うように、彼とルツィアの魔力の“相性”はとても良いようだった。

「うっわ、やっぱりしっくりくるな。女相手だってのに、こんなにクルなんて……セイレーンのせいか?」

 隣を見ながら苦笑いしたルークに釣られて、ルツィアもそこに置いていた自身の愛用している弓に目を向けた。

 セイレーンの武器は皆、水流の魔力を宿している。使用する武器と己の魔力の属性を合わせるのは、ある程度のレベルまでは有効な手段として用いられることが多いが、やはり高い戦闘能力を持つ者達は得物を選ぶようなことはしない。愛用する武器こそあれど、それを持たずとも最高の結果を叩き出す。そう、この目の前の狂犬のように。

「セイレーン……『叶わぬ恋に溺れた人魚』の名前が由来ですよね」

「俺は『叶わぬ夢を見てしまった人間』って聞いたけどな。ま、似たようなもんだろ。ルツィアは女の子だし、やっぱそういう伝承詳しいわけ?」

 ま、俺は食べ物と銃しか興味ねえけどと笑いながら、ルークは早速手に持っていた保存容器の封を開けた。底の部分が固い素材になっており、そのまま皿のようにして食べることが出来る。食料タワーの中からスプーンも取り出してきて、ひとつをルツィアに渡してくれた。

 ルツィアもお礼を言ってから持っていた容器の封を開ける。その瞬間にふわりと湯気が湧き出てきて、ついつい笑みが零れてしまう。見た目はパックに入っているためにやや混ざってしまっているが、美味しそうな匂いは詰められた時のそのままだ。これなら味も期待出来るだろう。

「やっぱうめぇ。ルツィアも食べてみなって」

 満面の笑みのルークに続いて、ルツィアもスプーンを口に運ぶ。中央部特有の少し甘めの味付けは、特に家庭料理でよく見られるのだが、レイルの料理の腕は正しく『料理上手な娘さん』の腕だ。絶妙に男の胃袋を掴む、決してやり過ぎではない腕前。高級料理なんてものではなく、素朴なおふくろの味というやつだ。

 彼女が家庭料理を作らせれば一流なのは、ルツィアも共に拠点で生活した際に口にしたので理解していた。しかしその頃は、彼女に対してまだ幾らかの『敵意』があったので、素直に褒めることが出来ずにいた。でも、今は、ちゃんと言える。彼女の顔を見て、今度はちゃんと。

「美味しい。本当に」

 ルツィアの顔をふっと見詰めて、それから安心したようにルークは笑った。その笑顔がなんだか照れくさくて、ルツィアは黙々と手を動かして容器の中を空にしていく。

「あいつ、きっと良い嫁さんになるのにな……」

「……特務部隊が結婚なんて、本当に可能なんですか?」

 彼女と向き合うきっかけとなった任務の前日だったか。それからすぐに任務に出てしまったので、結局うやむやにされたままだった情報だ。フェンリルである彼が、知らないはずがない情報。

「婚約の話は本当だ。俺は心から祝福してるつもりだけど?」

「……私も、良いとは、思います……でも……」

「でも……? もしかして、“今度は”ルツィアがセイレーンみたいに『叶わぬ夢』を見ちゃったか?」


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