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第9章「繋ぎ合わせたモノ」15


 すっきりした頭と身体でレイルの部屋を出ると、しんと静まり返った廊下の気配に、思わずエイトは苦笑いをしてしまう。

――“気配を消している”気配ってのは、どうしてこうもゾクゾクするんだろうな?

 口元にまで現れてしまっている笑みをそのままに、エイトはサクの姿を探して一階へと降りる。

 階段を降りながら彼の拙い気配を探るが、どうにもリビングが怪しい気がする。あのバカ、あれから寝もせずにまだリビングにいるとでも言うのか。

――めちゃくちゃ反省してるとか? もしかして、打ちひしがれてる、とか?

 さすがに冷たく突き放し過ぎたかと、今のエイトは考える余裕が出来ていた。彼は悪意でも嫌悪でもなんでもなく、ただ自身の性的趣向のせいでデミのことをああ言ったのだと、そう考えてやろうと思える余裕が出来た。

 だって、悪意ではないのだから。だから、“今回”は見逃そう。“次”も言ったら、その時は――

 リビングの扉に手を掛ける。間違いない。この扉の向こうにサクはいる。しかしエイトが扉を開ける前に、その扉は向こうから開いた。

「っ!? なんだ、エイトくんか……」

 部屋からヤートが出て来たので、エイトは短く「……悪いか?」と聞いた。身長差があるために上目遣いになってしまい、ヤートの視線が一瞬躊躇うように揺れた。

――なんだよ、ゼウスのオッサンも男がイケる口か? オレの好みはもっと頼れる男だぜ?

「いや、そんなことはない。サクが君のことを探していたよ。ほら」

 そう言ってエイトをリビングに招き、自分はそのまま出て行ってしまった。まるで保護者か引率者のようだ。十は離れている年齢には、男としての魅力は足りなくても、上官としての魅力は感じられた。実力は多分、伴わないのだろうが。

「……エイト……」

 サクが大きな瞳に涙を一杯にして、そのままがばりと頭を下げて来た。その大きな動きによって床に大粒の涙が落ちる。

「ごめんなさい! 俺、エイトの気持ちも考えずにっ! いや、違うよな! “デミさんの”気持ちも考えずにごめんなさい!」

 嗚咽混ざりにそう謝られてしまっては、エイトも怒りの矛先を見失ってしまう。そもそも、ここには許そうと思って来たのだから尚更。

「気にすんなよ。ま、次はねえけどな」

「うん。俺、いつも周りから『鈍い』とか『相手の気持ちがわかってない』とか言われるから……」

「ま、サクは正直者ってことだな」

 ガシガシと頭を撫でてやったら、ようやくその頭が上がった。涙塗れのその瞳は、エイトの好みだ。

「優しいエイトを、これ以上傷つけたくないから俺……頑張る」

「……優しい、ね……」

――本当に優しい奴は、人の女と寝たりしねえよ。ま、それを敢えて言わなかったことは、『優しい』かもしれねえけどよ。

 歪みそうになる口元は、今は隠すことにした。正直者と一緒にいても、自分まで正直になる必要なんてない。それが人間関係の基本だということは、陸軍で散々学んだのだから。


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