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第1章「城塞都市」14


「あの翼っ!?」

 黒髪の男が疲れた表情で空を見上げる。

 氷の道を生み出しながらの運転は、フェンリルと呼ばれる彼にも堪えたらしい。両手に銃を構えるも、空中を旋回する翼は、照準する暇すら与えてくれない。

「レイル、少し休んでろ。ここは俺達で片付ける」

 クリスがレイルの元に駆け寄りながら言う。

「ヤートさん、あんたがレイルを守ってくれ」

「わかった」

 クリスにそう言われ、ヤートは反射的にそう応えていた。

「……俺は、あんたが死ぬのは別にどうだって良い。だから、レイルを守ってくれるのなら、俺はその後あんたがどうしようが手を出さない。あいつらのことも、責任を持って止めてやる」

 視線は空に向けたまま、クリスは強い口調で言った。

「……ありがとう。わかった」

 ヤートが頷いたのを確認し、クリスが仲間達に指示を飛ばす。

「よし。ルークは荷台から牽制! その間にロックは重力魔法であの翼をたたき落とせ!」

「座標の固定には十秒は掛かるぞ!?」

 運転席から飛び降りながら、ロックが叫ぶ。

「俺が囮になる」

「了解リーダー! 俺の援護は期待するなよ」

「お前は車を守るだけで良い」












 クリスが指示を飛ばす横で、ロックは静かに術の詠唱に入った。

 ロックの重力をコントロールする術は高等魔術に属する。膨大な魔力を消費する為、ロックはこの術を使う時には力の抑制を行っている。それは範囲の抑制だ。必要最低限の場所に展開することで、長時間の戦闘を可能にしたのだ。

 今の狙いは敵の翼の根元。おそらく魔法陣の核が書き込まれていたであろう岩石が、一対の翼の中心になっていた。そこをたたき落とす。

 頭の中に数学的な方程式が組み上げられていく。完璧な計算の末に弾き出された座標に、一寸の狂いもあるはずがない。











 仲間が配置に着いたのを確認して、クリスは走り出した。鞘から刀を抜き放ちながら、漆黒の翼に向かって跳躍する。もちろん高さが届くはずがない。それで良い。もう攻撃用の札は無くなったので、ここからは刀にしか頼れない。

 クリスから距離を取ろうとする翼の周りに、鋭利な氷の塊が出現する。それは先程まで地面に転がっていた氷の道の残骸と同じだった。氷が四方八方から翼に襲い掛かり、翼の高度が下がる。

――何が『援護は期待するな』だ。

 そこを狙ってクリスは刀で斬り掛かるが、さすがに斬撃は避けられる。これなら自分こそ必要が無かった。

「高く飛んだ翼ってのは墜ちるもんだ」

地面に落ちるだけのクリスの横を、紫の液状の光に押し潰された翼が猛スピードで墜ちていく。

『幾多の氷の煌めきと共に墜ちる堕天の翼、クールだな』

 無線からロックの声が響く。

『リーダーが共に降りてるから、余計に芸術的なんだって。やっぱり美青年ってのは居るだけで芸術性が増すよ』

 ルークが興奮した様子で同意している。墜ちてもがいている翼に止めを刺しながら、クリスは溜め息をついた。

「俺は芸術の一部、か?」

 斬り刻むだけ斬り刻んでから、仲間達の元に向かう。

「まさか!! リーダーは主役だって!! ただの一部だったら、時を止めないといけない」

「お前にゃリーダーは殺れないな」

「だから俺は、リーダーと同じ部隊にいれるだけで満足」

「手も出せない強さって反則だよなー」

 ニヤニヤ笑うロックと拳を合わせ、荷台でダレていたルークの頭を軽く叩く。そのままの流れで、クリスはヤートを見やった。彼は静かにレイルを抱き止めている。

「レイルをありがとう」

「ああ」

 ヤートはそう応えながら、片手だけで剣を構えた。その目は真っすぐクリス達の方を向いており、真正面に対峙するクリスには、強い戦いの意志を感じさせた。

「……ロック、正面突破だ」

「あいよー」

 クリスは視線を外すことなく、刀を構える。その横でロックはするりと車の運転席に潜り込みエンジンを掛ける。

「あれは……」

 クリスはゆっくりと、言葉を選ぶ。

「あの翼は、魔界からの召喚獣だ。人間の血肉を貪り成長する死の翼。召喚には最低三人の“生贄”が必要で、召喚された土地の餌を食い尽くして消滅する」

 話しながら目を伏せるクリス。

「……わかっている。奴らは、自分も部下達も餌にしてあの翼を召喚した」

「そう。あんたすらも捨て石にして」

「違う!!」

 瞳に強い光を燈すヤートに、クリスは一瞬目を見張る。

「俺は、計画が成功すれば機械となるはずだった。血肉に餓えた翼が、俺を狙うことはない」

「……その話は初耳だ。ならば翼が次に狙うのは決まっている」

 少し混乱した顔をしながら、それでもクリスは断言する。

「城壁の向こうの、住人達だ」


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