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第9章「繋ぎ合わせたモノ」11


 愛するが故に愚か者の名は、伝説の中でのみ語られる名前だ。

 この世とも、それとは異なる位置に存在していたともされる『その地』には、人間はおらず、人と代わって人型の獣達が生活していたという。

 現代からは考えられないような文化レベルの時代の話で、その獣達の生活は、魔法の力によって支えられていた。

 衣食住は描かれる媒体によって異なるが、だいたいの絵本では毛皮のようなものを身に纏い、己を守る為に爪のような武具を腕に装着している。丁度、エイトが装備している武具が、その伝説由来の形状だったと思う。

 もっと“お堅い”資料には繊維のようなものも扱っていただとか、魔法の熱を利用して鍛冶屋のようなものもいたと記載されていたはずだ。幼い頃は絵本で飽きるまで読み、成長してからも古文の授業で読み込んだ記憶がある。

 その伝説の中に、『サク』という名は出てくるのだが、どの媒体にもあまり良い意味合いでは出て来ていなかった気がする。しかしそれでも、その名は『愛を貫いた者』であると、皆が皆口をそろえて言うのだから、昔話というものは面白い。

 当て馬だったり悪役だったり散々な役どころのこの名だが、それでもその真っ直ぐな伝説には多くのファンが今でもいるらしい。この伝説を元にした演劇や朗読劇といったものもあると聞いた。

 彼は、愛することが出来る者だ。

 それは、本部からその名を与えられた彼も、また然り。

 “彼”は愛することが出来るのだ。

 獣達の頭から渡されたデータには、これから獣となっていくのであろう若き新人の『経歴』が、しっかりと書き込まれていた。

 その容量を百とするならば、任務内容等十が良いところで、後の全てが各個人の経歴で占めていた。そもそもの容量自体少なかったのだが。

 その経歴の中でも、一番の容量を占めていたのがサクの『経歴』だった。

 それを『経歴』という言葉では、ヤートはとても表現することが出来なかった。

 強いて言えば被害報告が妥当だろうか? とにかくサクは、その性的趣向によって、軍学校時代は虐められていたようだった。

 ヤートから言わせれば、これは虐めなんて簡単な言葉で済ますものではない。軍紀違反にも当たるが、それよりも人の尊厳の問題だ。

 サクは同室の者達からは追い出され、それを周囲の者は把握していたにも関わらず、上官に伝えることもせずにその“罪”を覆い隠してしまう。

 彼に関する噂ばかりが広がって、どんどん居場所がなくなっていく。自室に入ることが出来ないので、仕方なく兵舎の屋根の上で闇夜に隠れるようにして眠った。

 訓練の際、塹壕に生き埋めにされかかったこともあった。火炎魔法の誘導の標的になったこともある。食料を“ダメにされる”ことも多かったので、今より卒業時の彼の顔色は悪い。

 この記録はきっと、軍学校に在籍中から彼に目をつけていた特務部隊の『調査の結果』なのだろう。この記録以外にも、それ以上の『余罪』がありそうだ。

「“ソレ”……何を“見てる”んですか?」

 対面するソファに座ったサクが、先程と同じ笑みでヤートに問い掛けてくる。

 彼は知っているのだろうか? 自身の過去が、こうやって他人に掘り返されていることを。ヤートは返事に少しだけ躊躇して、しかしその問いに答えることにした。

――彼は……サクは仲間だ。仲間には真実を伝える。それが……当たり前じゃないか……

 自分の心の声に、自分の心が一番痛んだ。その痛みには触れないようにして、ヤートはサクに向かって真実を伝える。

「これは……サクの軍学校時代の記録だ……」

「……こんな俺が、ヤートさんのこと好きって言ったら……気持ち悪いですよね」

 諦めたような笑顔は、童顔の彼には不釣り合いだ。軍学校を出たばかりの年下に、こんな表情をさせるわけにはいかない。

「それは……俺個人としてか、ゼウスとしてかが気になるな」

 敢えてそう言って笑ってやると、ようやくサクの顔が綻んだ。あの冷たい貼り付いたような“笑顔”ではない。そこにあるのは綻んだ、本当の笑みだ。

「えっと、多分ゼウス<物>としての好意です。ごめんなさい……俺、恋愛経験ってのが全然ないんで、わかんなくて……」

「それは俺も一緒だよ。初めて好きになった女が、彼女のせいで俺も……いつも振り回されっぱなしだ」

 ついつい彼女との出会いから思い返してしまい、ヤートはふぅっと溜め息と共に笑みを零した。その顔を見て、サクはついには噴き出してしまう。

「レイル先輩相手だとそうなりますよね……ルツィアもロック先輩相手で大変だってさっき愚痴ってましたし」

「ルツィアと話しやすくなったみたいで、良かったな」

「ええ、まぁ……とにかく! 俺“も”ヤートさんのことは……仲間として好きですよ」

 逸れてしまった話題のその先については、お互いに、不自然に触れなかった。彼女の心変わりの理由なんて、今話したところでどうにもならないから。嫉妬は……してはいけない。

「ああ、もちろん俺もだよ」

「……ヤートさん……」

 笑顔でそう返したヤートに、サクは少し俯いてからおずおずと名を呼んだ。そのオモチャをねだる子供のような仕草に、ついついヤートは優しく「どうした?」と返してしまった。

「えっと……こんなこと、“生身の男の人”にお願いするの初めてなんですけど……一回、俺のこと抱いてくれませんか?」


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