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第1章「城塞都市」13


「レイル!!」

 目の前の状況によりヤートの意識は完全に戻った。

 漆黒の羽が彼女の体に突き刺さっている。受け身も取れずに階段に落ちた彼女に、機械達がターゲットを変える。

 すぐに彼女の元に降りたヤートは、まだ痛む頭を無理矢理動かし呪文を唱えた。

 ラボに続く、元来た道が岩石の塊となって翼と周囲の機械達に襲い掛かる。エンジンを潰された機械達が次々に墜落していく。だが、翼は依然として怯む様子がない。

「くっ……」

 ヤートは剣を抜く。勝てるとは思えないが、自分には守るべき者がいる。

「……えらく苦戦してるじゃねーの」

 後ろで倒れていると思っていたレイルが横に並んでいた。ヤートと同じく剣を構え、油断の無い目で翼を見ている。

「怪我人は後ろで寝ていろ」

「あんたもだろうが」

「なら、女は寝ていろ」

「残念、男女差別は反対だ」

「……どうして庇った?」

 隣でヘラヘラと笑う彼女を見る。頭から流血しているが、彼女の様子を見る限りまだ大丈夫そうだ。

「あんたは城壁で守ってくれたから」

「君の実力なら助けはいらなかっただろうがな」

「それでも、一回守ってくれたなら返さねーと。さっきので二回だけど」

 わざわざヤートに視線を合わせてからもう一度笑うレイル。

「……捕虜を傷付けたくはなかったからな」

「……私も、そんなとこ」

 漆黒の翼が大きく広がる。この悪魔の抱擁に捕まれば、二人の命はない。

 もう逃げ場のない状況で、二人は見つめ合った。お互いの瞳の奥にある感情に、お互い気付きながら微笑み合う。二人の間に美しく煌めくダイアモンドダストが広がり――

「――レイル!! こっちだ!!」

 踊り場をぐるりと一周するように氷の道が出現した。その道を疾走する車の荷台から、茶髪の男が叫んだ。かなりのスピードで走っているが、整髪剤で整えられた彼の髪の毛は崩れることがない。

「ナイスタイミング!!」

 レイルがおどけた様子で応じる。

「……あれは?」

 ヤートは聞いてから気付いた。こちらに向かって走る車の運転席にいる男に見覚えがあった。

「私の仲間」

「フェンリルか……っ」

 ヤートが一瞬悩んだ時には、レイルに手を引っ張られていた。女性とは思えない力強さで引っ張られ、結局彼女と一緒に走り寄った車に飛び乗ることになる。車はそのまま元来た道を、全速力で降りていく。

「レイル! そのオッサン誰だよ!?」

 先程の茶髪の男がレイルに抱き着きながらこちらを見る。その目が何故か冷たく感じ、ヤートは顔をしかめた。

「捕虜。てめー、初対面の防衛隊隊長様に向かってオッサンはねえだろ!」

「お前も大概だ。どうでも良いが、レイル……じっとしててくれ」

 黙々と座らせた彼女の頭に包帯を巻く金髪の男は、ヤートには目もくれない。

「っ! いてー! リーダーっ……そ、そこは」

「頭蓋骨貫通しなくて良かったな。あの羽、かなり強い神経毒だぞ」

「身体中、今もバカみてえに熱いっての」

「イッちゃった?」

「ロック、今すぐあの翼に抱かれて死んでこい。そしたら身体中からイロイロ出して死ねるぜ」

「こんな鳥ガラみたいな奴から出るモノなんて限られてる」

「……」

 ヤートが突然始まった会話に戸惑っていると、包帯を巻き終わったレイルが笑い掛けてきた。

「悪い。私らいつもこんな感じなんだ。この金髪がリーダーのクリスで……」

「レイル、捕虜とはいえ敵だ。わざわざ情報を教える必要はない」

 冷たい空気を纏ったクリスが、ピシャリと言い放つ。一言で場の空気を張り詰めさせる存在感は、確かにリーダーとしての素質を表している。

「良いじゃねーの。今回、一番の収穫だぜ? 私に仕切らせろよ」

「確かに僕らは捕虜はとってない。でもあれはルークが!」

 心底つまらなそうにロックと呼ばれていた男が言い訳している。

「この茶髪はロック。いつも発情期だから気をつけて」

「あーあーウゼエ」

「この隊長殿の名前は?」

 クリスが鋭い視線を向けてきた。

「……ヤート、だ」

 名乗るべきか悩んだが、とりあえず名前だけ名乗ることにする。この状況を抜け出すためには、まずは生き残らなければならない。

「……そうか、わかった。レイル、大人しくしとかないと毒が回るぞ」

 ヤートが答えるとクリスはすぐに興味を無くしたように立ち上がった。どこに行くのかと思ったら、そのままヤートの目の前に座る。

「細かいが、いくつかの傷がある。死なれたら困るからな……楽にしててくれ。処置を行う」

 そう言ってクリスは薄く笑った。軍隊用のベストを慣れた手つきで脱がし、血まみれの傷口の治療をしていく。やり方を見ている限り、しっかりとした治療をしているようだ。

 白い肌とゴツゴツした指先には、アンバランスな美しさがあった。傷口の化膿を防ぐ薬を塗り込み、薬品の染み込んだ包帯で強く縛る。

「君は、衛生兵の出身か?」

「いや、前線での戦闘しか経験していない」

「そうか……チームのリーダーに医療の知識があるのは素晴らしいことだ。どこで身につけた?」

「……聞かない方が良い」

 先程まで笑っていたクリスの表情は、また氷のような無表情に戻っている。

「……俺だけじゃない。ここの奴らには過去のことは聞くな。“普通”の人間じゃないからな」

 そう言い終えて、クリスは脱がしたベストをヤートに返す。

「これで大丈夫だ」

「ああ、すまない」

「……」

 礼を言ったヤートに、クリスは何かを言い淀んだ。一瞬その目に迷いが浮かんだように見えた。

「あんたは……」

 クリスはうんざりしたような顔をしながら問い掛けてきた。

「ここが気に入った?」

 ヤートは虚をつかれた気がした。目を見開き、動悸が激しくなるのを感じる。

「俺達は、あんたの部下を殺しまくった」

 クリスの声は低く冷たい。今は声量を抑えているのか、エンジン音に混じってヤート以外には聞こえていないようだ。

 ヤートの視線が自然とレイルを捕らえた。

 彼女はロックと共に、運転席の男にちょっかいを掛けている。ワイワイと騒ぐ彼女らは、そんな犯罪者とは掛け離れた存在に感じた。だが――

「――だから!! 隊長さんを守るには仕方なかったんだって」

「普段のお前だったら敵の死体盾にしたりする余裕あるだろ」

「あの時は何もなかったんだって」

 話題は、犯罪者のそれだ。ヤートの視線の先を追ったクリスが、溜め息をついた。

「レイルは、確かにあんたのことを大切にしてる」

「君も仲間のことを大切にしている」

「当たり前だ。だからこそ、リーダーをやってる」

「ああ、だろうな。だが、俺は国に裏切られた気分だ。軍人として死ぬことすら許してくれなかった」

「……寝返るのか?」

 クリスが薄く笑いながら問い掛ける。そんな彼――その後ろにいるレイルやロックを見て首を振る。

「俺も仲間が大切だ」

 車が地上に滑るように着地した。

 中央塔の真正面。入口の向こうには沢山の"仲間達"の死体が転がっている。氷の道が砕け散り、大量の結晶が降り注ぐ。

 運転席から黒髪の男がフラフラと出てくる。ロックが代わりに運転席に入る。

 ヤートは静かに荷台を飛び降りた。音も無く降り立ったはずなのに、すぐに四人の視線が突き刺さってくる。

 殺気こそ感じないが、皆、表情は友好的ではない。

「勘違いするな。俺は、仲間の為に意思を貫き通すだけだ。君達に危害を加えるつもりはない」

「……死ぬのか?」

 クリスの問い掛けには答えずに、ヤートは腰の剣に手を伸ばす。

 雷光が一閃。鞘を持つヤートの手を、レイルの白い手が握っていた。繊細な指先が小さく震えている。

「……死なないで」

「レイル……」

「あなたは、私の大切な人……」

 譫言のように話すレイルの身体がぐらついた。ヤートは慌ててその小さな身体を抱き止める。

「毒が回ってる」

 珍しく慌てて駆け寄ろうとしたクリスの真上を、漆黒の翼が横切った。


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