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9話 オレを赦さないでくれ【改稿版】

 オレはすぐに自室に戻り愛剣のエクスカリバーを剣立てに置き、鎧から私服へと着替えた。

 着替えを終えるとオレは走ってモルドレットに指示された崖に急いだ。

 エンハンス魔法を使うことも考えたが魔法を使って変にモルドレットを刺激することは避けたかった。

 その間に見た光景は、凄惨たる光景だった。

 城内も城下町も毒に感染したものは血を吐き倒れていた。

 それを介助する城の騎士や癒術師達、空気感染するのではと慌てふためく国民達。

 だがその場を走って通ったオレが感染していないのをみるとどうやら撒かれた毒の粉を吸ったものだけが倒れているようで空気感染の心配はなさそうだったことだけが救いだった。

 だけど、今それを声を大にして伝える時間も、余裕も、オレにはなくて

「くそっ! なんで気づけなかった!」

 自分の不甲斐なさだけが頭をひたすらについていた。

 アカツキをまとめるべき勇者、ロードであるオレが気づくべきだった、モルドレットの考えていることに。

 グネヴィアのこと、国民のこと、色々なことが頭のなかをぐちゃぐちゃにして、どうしようもなく混乱する。

 オレはそれを振り切るようにただ、がむしゃらに走った。


「モルド……レッ、ト……」

 城から海辺の崖まではそれなりに距離がある。

 全力で走ってきたオレはさすがに肩で息をつきながら、目の前にいる人物の名前を呼んだ。

「おや、思ったよりお早いご到着ですね、アーサー様」

 モルドレットは崖の端に立ち、嫌に下卑た笑いを浮かべていた。

「アーサー!」

 グネヴィアはモルドレットの腕に捕まり、首には剣を突きつけられている。

「グネヴィア……モルドレット、オレは手紙に書かれたことを全て守った、だからグネヴィアを解放して解毒剤の作り方を書いた紙を渡せ」

 オレの要求を聞いたモルドレットはクククッと笑う。

「それは出来ないそうだんですねぇ」

「何故だ!」

 おいそれとモルドレットが言うことを聞くとは考えてはいなかった。

 それでもやはり、憤りのほうが強い。

「何故ってそりゃあ、貴方の実力を考えてですよ、グネヴィア様を解放してしまえばその一瞬で戦況を逆転させることができる、貴方はそれだけの実力を持っている」

 そう言いながらさらに強くグネヴィアの首に剣を突きつける。

「……じゃあどうしたらいい?」

 これだけ近いと下手に手を出せばグネヴィアが危ない、だからこそ、モルドレットの要求を聞くしかない。

「そうですねぇ、ではまずは自身に魔法を封印する魔法をかけてください、貴方なら出来るでしょう?」

「……わかった」

「あ! その前に身体能力低下の魔法も自身にかけてくださいね」

「……慎重だな」

 一瞬でも隙を見せれば動ける、その体制は取っていた。

 だが相手はアカツキの一人、そのタイミングは来ないまま、より不利なほうへ状況は進んでいく。 

「当たり前でしょう? 相手はあのロードですよ?」

 オレはここでやっと自分の考えの甘さに気づかされた。

 剣がなくても魔法もある、モルドレット相手なら一瞬でも気を緩ませれば圧倒できるだろうと考えていた。

 グネヴィアのことも、守れると。

 モルドレットは頭が切れる、オレに勝てる打算があったからこそここまでのことを起こしたのだ。

 少しでも考える余裕があれば、分かったことだったのに。

「ダメよアーサー! 私はいいからモルドレットを倒して!」

「グネヴィ一一」

「おーっと、私語は慎んでいただきましょうか、今の主導権は私です」

 モルドレットはそう言ってまたわらうとグネヴィアの首に突きつけられた剣を軽く横に動かした。

 グネヴィアの首にツッと一筋の赤い線が浮かび上がる。

「グネヴィア!……わかった、すぐにかけるからやめてくれ」

 オレは、みっともなくも両手を上げて降参の意を示す。

「苦虫を噛み潰したような顔ですねぇ、それでは早くかけてください」

「……『マハトロース』」

 マハトロースは身体能力を一時的に封印する魔法だ。

 唱えた瞬間に全身の力が抜ける感覚に襲われる。

「……『エレメントディクト』」

 だけどそれだけではモルドレットの要求は終わりではない。

 魔法を使う魔素を絶つ魔法を次に唱えればオレの周りには魔素を絶つ膜が張られて魔素がほとんど感知出来なくなった。

「これで、満足か?」

 身体能力と魔素を絶ったせいで極度の脱力感に襲われながら、それでもモルドレットから目は離さない。

「ええ、ええ、さすがの魔法ですねぇ」

 分かりやすく嘲笑しながらオレを煽てるとモルドレットは嫌な笑いかたをする。

「……アーサー」

 心配そうにグネヴィアがオレの名前を呼ぶ。

 嫌な予感はこのときには既に限界まで膨らんでいた。

「約束だ、グネヴィアを解放しろ、そして解毒剤の作り方を書いた紙もだせ」

 それでもオレは一縷の望みにかけてモルドレットを急かす。

「わかっていますとも」

 モルドレットは頷きながら片手で懐から紙を取り出した。

 そして

「早くグネヴィアと紙を一一」

「おっと失礼、手が滑って紙を落としてしまった」

 モルドレットはそう言って崖下向かって紙を手放した。

「貴様っ……!!」

 慌てて、必死で力の入らない身体を動かして崖まで駆け寄ったがその時には紙は風に乗って飛んでいってしまった後だった。

「約束と、違うぞ……!!」

 オレは怒りを隠すこともせずにモルドレットに怒鳴り付ける。

「おや、渡すとは約束はしていませんよ? それに城と城下町にあれだけ被害を出してこのまま毒にかかったもの達が死ねば、貴方の首とともに魔王様にいい土産になる」

 だがそんなもの効かないとでも言いたげにそう言ってから、またククッと喉をならした。

「さぁ貴方は飛び降りてください、身体能力が低下している今ならここから落ちれば貴方でも死ぬでしょう?」

「紙を捨てられた以上そんな命令聞くわけ……っ……」

 約束は守られなかった。

 それなら言うことを聞く理由はない。

 そう考えてからすぐに、紙は捨てられてしまったがまだグネヴィアが人質として捕えられている事実を思い出す。

「よく考えて、行動してくださいね?」

「くそっ……!」

 オレは暴言を吐きながらも崖に向かって歩きだす。

「アーサー! やめて! 私はいいから!」

 グネヴィアはそんなオレを止めようとしてモルドレットの腕の中で必死でもがくけど、相手は男で、騎士だ、そんな華奢な身体ではどうやったって拘束を解くことなんて出来る筈がない。

「グネヴィア……お前だけでも守るから」

 オレの意思は決まっていた。

 自分よりもグネヴィアを優先したい。

 本当なら、民よりも先に優先したい人だ。

 だけど、崖の前まできてオレは気づいた。

 既に意思は強く、そのためならどこまでも冷酷になれるモルドレットのことだ、オレが死んでもグネヴィアのことも殺すかもしれない。

 どうすればいい、オレはその時また、迷ってしまった。

「なにをしているのです? 早く飛び降りなさい、グネヴィア様がどうなってもいいのですか?」

 オレがもたもたしているせいで不満を溜めたモルドレットが急かす。

「オレが死んだらグネヴィアを必ず殺さないという保証がない」

「しかし貴方が死ななければ確実にグネヴィア様は死にますよ」

 オレが最後の一歩を踏み出さないせいでモルドレットはだんだんと怒りをつのらせてきているようだった。

 でも、その時オレはどうしたらいいのか、何が正解なのか、分からなくなっていた。

「ごめんね、アーサー……」

 それは、モルドレットが腕時計に目をやった一瞬の出来事だった。

『ヴィントストーム!』

 グネヴィアが魔法を口にしたその瞬間、グネヴィアとモルドレットを突風が襲う。

「っこのアマ!」

 モルドレットは怒鳴るがそれで風が止まることはない。

 二人とも突風に吹かれたそのまま、バランスを崩し崖から足を踏み外した。


「はっ、はぁっ……!」

 動きずらい身体に鞭を打って飛びつくと左手でグネヴィア、右手でモルドレットの腕を掴んだ。

「なにしてんだグネヴィア!!」

 オレはグネヴィアを見て怒鳴る。

 下手したら、オレがもし動けなければ死んでいたかもしれなかった。

「ごめんねアーサー、でもアーサーなら絶対助けてくれるって信じてた」

 それなのに、今日、一度も何も出来ていないのに、オレを信じきった声でそう言って、グネヴィアは笑ってみせた。

「そんなことどうでもいいから早く引き上げろ!!」

 咄嗟に掴んでしまったままぶら下がっているモルドレットが焦った様子で怒鳴るけど

「今の力じゃ二人は引き上げれないっ、グネヴィアを引き上げる」

 モルドレットがかけさせた魔法のせいで生憎二人を引き上げられる力はオレには残っていなかった。

「そんなっ、待ってください!!」

「悪いな」

 オレはそう言って迷うことなくモルドレットの手を離そうとした。

 だけど

「待って!!」

「……どうした」

 それを止めたのはグネヴィアだった。

「私じゃなくてモルドレットを引き上げて?」

「……は? な、何故だ!?」

 一瞬、オレの中で時間が止まった。

 グネヴィアは今、何て言った?

 なんでそんなことを言ったんだ?

「ほ、ほんとは私があそこに引っ掛かってた紙を取ろうと思ったんだけど、っ! 私の手じゃ届かない、かといって私の魔素じゃもう一回風魔法は使えないっ、し、いつまた風が吹いて飛んでいってしまうかわからないっ、モルドレットなら手を伸ばせばその紙が取れるでしょ?」

 オレが掴んだ手だけで崖からぶら下がっている形になっているせいで苦しそうにグネヴィアが呻く。

 それを耳敏く聞いてすぐモルドレットは引っ掛かっていた紙を手に取る。

「これか……! さあ私を引き上げろっ! 解毒剤の紙はそうしたら渡す!」

「ね? さあ手を離して?」

 モルドレットの要求よりも、グネヴィアの言葉が鋭利な刃になってオレの心を引き裂く。

「っ! そんなこと! できるわけないだろ!!!」

 オレは必死で叫んだ。

 力の出ない今、どうやったって二人は引き上げられないのに。

「朝の話、覚えてる? 貴方は勇者、国民を救わなきゃ、ね?」

 そう、朝話したことが実際に起きてしまった今、オレはどうしたらいいか分からなくなっていた。

 グネヴィアを助けたい、でも国民の命も守らないといけない、オレはどうしたらいい……

 考えても答えは出ない。

 本音を言ってしまえばオレは数多の民の命よりも、グネヴィアの命を優先したかった。

 でもグネヴィアはそれを望まない。

 必死で頭を巡らせて考えるがいい案は思いつかず、手からはどんどんと力が抜けていく。

「さぁ、離して?」

「でも、やっぱりオレは……!!」

 グネヴィアに促されて、そこでやっと気づいた。

 オレはやっぱりグネヴィアを優先したい。

 きっと、皆の上に立つような器じゃなかったんだ。

 この立場だって偶々拾ったようなもの、オレには似合わない肩書きだった。

「貴方は勇者、みんなを守る、そんな貴方が大好きだった……ごめんね、背負わせることになって……さよならアーサー、大好きっ!」

 だけど、オレの決断にいち早く気付いたのはグネヴィア本人だった。

 グネヴィアは早口にそれだけ言うとオレがモルドレットの手を離すより前にオレが掴んでいた手をもう片方の手で無理やり引き剥がした。

「グネヴィア!!!」

 一瞬放心して、叫びだしたときには既に遅く、グネヴィアはもう海の水に飲み込まれた後だった。

「なにをしている! 早く私を引き上げろ!!」

「……」

「おい! 聞いてるのか! 早くしないと解毒剤の紙を捨て一一」

「黙れ、その紙を捨てたらお前を殺す」

 オレは五月蝿い雑音を遮断する為に殺意を込めた声でモルドレットを威圧する。

「っ!」

 そして、黙ったモルドレットをオレは崖の上に引き上げる。

「はぁっ、はっ、くそ! もう少しで死ぬところだった」

「紙を渡せ、そして大人しく城までついてこい」

「はっ、誰が――」

「黙ってついてこい、早く城に連れていかないとここでお前を殺しかねない」

 魔法で力も魔素もないはずなのに、自身の回りの空気が揺れるのを自分でも肌で感じていた。

 ここまで怒りに飲まれたのは多分永い永い人生の中で二回目のことだったと思う。

「……わかり、ました」

 モルドレットはその圧に恐怖を感じたのかそのまま暴れることなく大人しく城まで連行された。


 城に着いてからは大騒ぎだった。

 まずモルドレットは反逆罪など諸々で地下牢に収納されることになった。

 解毒剤の作り方を書いた紙は城の癒術師に渡し、大慌てで調合がされることになった。

 グネヴィアは落ちた位置を兵士達に伝え探すように言った。

 でもなんとなくわかっていた、あの崖から落ちれば助からないであろうことは。

 それでも本当は自分で探しに行きたかった。

 だけど、魔法の解けていない体で走ったり人を引き上げたり、城まで走ったり無理をしたせいだろう、城に着いた頃には身体は鉛のように重く、そのまま救護室に連れていかれることになってしまった。

 その時ばかりは自身の魔素の多さを呪った。

 人より多く魔素を貯めれるせいで魔法の力が意識なくても否応なしに強くなってしまうのだ。

 だから自分にかけた魔法も効能が長く続いてしまいなかなか抜けきれない。

 救護室に連れていかれベットに寝かされると負傷者の介助をしていたのであろうランスロットが飛んできた。


「アーサー様!! グネヴィア様が死んだと聞きました……! どういうことですか!?」

 ランスロットの声は、微かに震えていた。

「ランスロット……グネヴィアは崖から落ちた」

 だけど、オレが伝えられることは、これしかなかった。

「あ、貴方がいながら何故です!? モルドレットは生きて連れ帰ってきたじゃないですか! なぜグネヴィア様が!」

「そうだな……グネヴィアはオレが殺した」

 オレが助けられなかったから死んだ。

 オレの決断が遅かったから死んだ。

 オレが殺したようなもんだ、その事実はどうやったって曲げようのない事実で

「……っ! な、ぜ……なぜだ!! 絶対連れて帰ると貴方は言った! だから私は信じた! なのに、なのに! 自身の手で殺したとはなんだ!!」

 ランスロットはオレの襟首を掴んで怒鳴り散らす。

 されて、当たり前だった。

 オレが約束したんだから、連れて帰って来るって、簡単に、安易に。

「……」

「なんとか言ったらどうなんだ!!!」

「オレが殺したとしか言えない、それだけが揺るぎない事実だ……悪いが他の手当てをされているものに響く、混乱も収まっていない、騎士として、介助の続きをしてくれ……」

 襟首を掴まれたまま思い切り揺すられて、ランスロットのほうすら向けずに上司としての指示だけ出して、ゆっくりと一度、目蓋を閉じた。

 少しでいい、少しでいいから、この事実から現実逃避がしたかった。

「貴様!! そんなことで納得できるわけないだろ!! ふざけるな! 絶対許さない、許さないからな!!!」

「ここは救護室です! 申し訳ありませんがご退室ください!」

 警備兵たちがさらに荒ぶるランスロットを必死で制しながら部屋から追い出そうと集まってくる。

「くそっ! 離せ! 自分で出る! 私は貴方を信じていた、だからこそ許せない……、失礼します」

 ランスロットは最後にそう吐き捨てると自分の意思で部屋を出ていった。

「……そう、オレがグネヴィアを殺したんだ、オレを許さないでくれ……」

 そう呟きながらオレは顔を両手で覆った。

 今泣くわけにはいかないのだ、それが、グネヴィアが好きだと言ってくれた勇者としてのオレの、使命なのだから。

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