♮097:燦然ですけど(あるいは、クライマー/ハイヤーズ/ステイヤー)
会場まで来て、建物の外に連なる長蛇を見て嗚呼となったのがつい先ほどのこと。
長時間じっとしていることが昔から出来ない傍らの翼が、瞬間で業を煮やした挙句、海人鍛えと不良叩き上げの中間くらいの、金切り声と胴間声の中間くらいの音程にて、おぅぅるぅあああああ!! ムロトミサキばの御着到でにやあああああ!! しゃしゃと案内せんちゅうかろうばああああああっ!! とどこの郷か分からない絶叫をかましてくれたおかげで、だいぶいたたまれない気分のまま、それでもコケながら転げながら息せき切ってこちらに来てくれた黒服たちの案内によって、あっさり列を無視して僕と翼の二人はでかい扉から建物内へと誘われたわけで。
うん、まあいい。もういいや。僕という存在は、先だっての大会からだいぶ時を経たからもうダメ人達からの記憶からは風化されただろうと思いきや、どっこい、よりその空白の期間が、神格化をいやが応にも押し進めてしまっていたようであり。
おいおい、下馬評じゃあ俺ら「5位」にランクされてんじゃあねえかよ、と、昨夜、どうにも気が進まなかったけど、ホテルの空室が無かったためにしょうがなく、僕とサエさんが暮らす、中野、新中野、中野坂上の3つの駅が描くトライアングルのほぼ中央辺りに位置する2Kのアパートへ渋々泊めてやった翼が、居間で勝手にくつろぎながら放ったその言葉に、僕は震撼せしめられたのであった。
「『……5年の沈黙を破り、遂にあのシリアリック=キラーが帰ってくる……ッ!! 当時の元老院トップであった瑞舞 金二郎氏を、アスラニック=鋼鉄指弾にて、冥土へと屠り送った淫獣メイド……我々は覚えている……ッ!! 突如ダメの舞台から姿を消した『ムロトミサキ』……もと元老であり、実の兄、『ソウヤツバサ』とのこれ以上は無い二重螺旋が如くの強力タッグを組んで、再び舞い戻ってくるのだ……ッ!! 期待値:62,399ボルテック』だってよ」
何だよ、その煽り方は。それに瑞舞を殺してはいないしね!! ……とは言え、やるからには、と綿密な準備を整えていたのは確かだ。必死こいて制作に当たった「戦闘服も、この上ない仕上がり。気合いは充分入っている。
サエさんは翼のことも知っていたみたいで、ああ……そこがお前の寝床だよ……という温度の感じられない言の葉をもってして、居間のソファの横のカーペットすら無い素の床を指さしたのだけれど。
何だかんだで夜は明け、結構早い時間帯に台場に着いた僕らは、先ほどのやり取りを通して、いまこの「VIPルーム」らしき所で待機させられているわけだ。と、
あれ? いま入って来た女の人……以前見たことがある……ダメの場で。ゆえにその記憶は消そうとしても事あるごとにぶり返してくるのだが。そんな磁力を帯びた砂鉄のような記憶のひとつに、確かにその女性の顔があったわけで。
顔見知りというほどじゃないけど、取りあえず挨拶はしておいた方がいいかな……と、珍しく殊勝な気分になった僕は、その人の元へと行ってみる。




