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#009:光臨で候(あるいは、メイド/IN/HEAVEN)


 突如、その場に「現れた」歴戦の勇士の佇まいにしばし口を半開きにしつつ見入っていた私だったが、場の者たちにもまた衝撃が走っているようだ。


「ま、まさか……このお方はドチュルマの英雄ッ!?」


「ケチュラの王……」


「『極東よりの鋼鉄のオオハシ』こと……」


 臣下三名の息の揃った多分に芝居がかり気味の言葉が、ひとつに集約する。


「「「……ガンフ=トゥーカンッッ!!!」」」


 それらの声に応えるかのように、こちらも多分にいい「間」を作ってから体を覆っていた柿渋色のローブを跳ね上げるようにして脱ぎ払った。そこから現れた淡い褐色の巨体は、布の上からもまん丸く見えていたが、直で見てもやはり樽の如き丸さを誇っている。


 肌つやは油でも塗り付けているかのようにいい照りを有し、その肉体は脂肪にみっしりと覆われているが、ぱんと内側から張ったように力が漲っているかのように見えた。我が国では脂肪を纏ってだるんと肉と皮が垂れ下がった容姿こそ美しく誉れ高いとされるものの、これはこれで何というか、勇壮さに溢れており、何とも心強さを感じるのであった。


 この方であれば、あるいは。


「……なるほど、あの『ケチュラ』の、であったか。話には聞いておる。『無敗王ガンフ』」


 姫様が、音も無く身をこごめ入ってきた侍女のひとりに手にしていた錫杖を手渡すと、腕組みをされながら、そうおっしゃる。


「御意に。そして姫様をお乗せする『御鞍おくら』はこちらに」


 マルオ……いやさ、ガンフ殿は、そう言いつつ、くるりと姫様に背を向け、そこに設えられた「モノ」を見せる。


 それは正しく「鞍」であった。象や牛に着けるような、人が乗るための座席状のもの、そしてその頑強な両脇を廻って、あぶみらしきものも見受けられる。すなわち「おんぶ」のようにして姫様を背負い、道なき道を走破すると、そういうことなのであろうか。


「御席の高さは随時、調整することが出来ますゆえ、阻む草葉や吹き落つ土砂からは我が身呈して、そして大いなるメッゾォスの奔流からは御身濡らすことなく、迅速に踏破いたす所存であります」


 その説明のあいだに、姫様のお召し替えが始まったようだ。


 侍女たちが捧げ持ってきて床にうやうやしく置いた、紅きビロードの布を一歩踏み跨ぎ越えられると、円い輪が仕込まれたそれは一瞬にして姫様の首元まで引き上げられる。替えのお召し物を携えた侍女ふたりがその足元から円筒状の布の中に入り、瞬速の「お召し替え」が始まるのだ。


 臣下の者の報告を受けるなどの公務をこなしながら、それと同時に着替えも行うという、我が国独自のまこと合理的な手法であり、古来、豪胆かつ美貌を誇った女帝ホプレヌスコ=ルゥハが、いくさ場に赴く際に用いたとされる由緒正しき出立の儀でもある。


 いささかの緊張感を持って、ピッピッというこちらを急かすような音が鳴り響く中、ガンフ殿の説明を受けながら、姫様の「お召し替え」は取り行われていく。


 「お召し替え」に許されし時間は「40秒」と決まっている。これもホプレヌスコ帝がかの「ゴンダルキア峡の戦い」において劣勢に震える臣下たちに向けて「40秒で支度しな」と叱咤激励し、窮地を脱したとされる故事に由来している。


 固唾を飲む私と臣下の者たち。時を刻む音が四十を数えた時、無情にも「輪」は自動的に落下し、着替え終えていなかった場合、そのあられもない御姿を衆目に晒してしまうこととなるのだ。何故なにゆえそのような仕組みになっているのかは考古学者も頭を悩ます事柄なのだが、要は一時を争う事態において、それくらいの気構えを持ってことに当たれと、そういうことなのだろう。


 残り数秒というところだろうか、万が一を考え、輪に向けて身を隠すための布が投げ入れられ始めるものの、そこに立ち、ご尊顔だけを見せている姫様は悠然とした様子でいらっしゃる。


「!!」


 輪が落ちた。とそこに現れたのは、私には見たこともないような奇妙な服装を身に纏った姫様の華奢なる御姿であった。


 漆黒のひとつなぎの着衣ワンピース。肘上で絞られた袖口は白い飾り布で絞られており、その膝丈は驚くほどに短く、姫様の可憐で艶やかな膝が露わになっている。その上には純白のエプロンのような形状のドレスを腰の辺りで同色のリボンで締めて重ねているが……ともすれば使用人にも見えるその衣装を、姫様は違和感なく着こなしておられる。


 だが、何かもうひとつ……画竜点睛を欠くような……私がそんなことを考え巡らせていると、侍女のひとりが姫様の御髪に手をやり、その頭上で輝く宝冠を丁寧に取り去ると、代わりにこれまた目の覚めるような純白の髪留めカチューシャを捧げ付ける。


 なるほど。これで完成というわけか。その奇妙なる出で立ちはしかし、天辺の白き一点によって、不思議なほどの統一感を持って我々の前に威光を放つ。


「凄え発想だ。かえってこいつぁいいカモフラージュになるかも知れねえ。こんななりの姫様などまずいねえからなあ……それにしても日本ジャポネスの伝統衣装を……流石、半分血を引く姫様だけのことはある」


 ギナオアが例のくっくという笑いを漏らすものの、それは手放しの称賛のように聞こえた。


「当然である。おかあさまが若き頃、御手自ら設えたものなれば。そしてわらわは今こそ、母上と共に、おばば様に会いにいくのだ」


 凛と響く声には、迷いは全く伺えない。あるのは、確固たる意志。


 千々に押し寄せる思いを、私は石畳に自らの額を突いて擦りつけることで何とかいなしていく他は何も出来なかった。


 とにもかくにも用意は万端。そして出立の刻は近い。私は途方もないほどの緊張感と共に、わけのわからぬほどの高揚感をもないまぜにして、その場に伏している。


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