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#056:相反で候(あるいは、ヒトをヒトとしてヒトたらしめしモノ)


がは、生まれですぐば墓場におっ捨でられでだだで、本どの親の顔も知らね。知らねどもがあちゃが俺がに向んげてくれた想いだげは、でぎの悪い頭でもわがる。


 そんな、歪めた顔で怒鳴るようにして言葉を放つ私に、モクは一転した優しげなる顔で頷いてみせてくれた。それに甘えるようにして、私は胸の内にこびりついた何かを引っぺがすように、ざらついたはらわたそのものをひっくり返すようにしながら、得体の知れない忌まわしき汚泥のようなものを吐きつくしていく。


―子どもが親に愛ざれねのは、がわいぞうだ。ごの世に不幸は山どあっげえど、親の愛ごば知らんら子がいっど不幸だげ。姫ざの固ぐ塗り込んらだ哀じみが、俺がには分がんどよ。ごったげ丁寧に包ん隠ぞど、何も浮がで来ない顔をじながら、姫ざはいづも泣ぎはらざていんが、俺がには見えんどよ。


 いったん言葉がざらざらと喉を通ってからは、止めようもなかった。義に駆られて……などの大義名分はどこにも無かった。私はただ、姫様の嘆きを何とかして……何とかしたかった。ただそれだけのことであった。


 いつの間にか私の体は強張り、首が胴に埋まるくらいに縮こまり、固まっている。顔は泣いているのか怒りを呈しているのか、自分にも分らぬくらいに引きつっていた。手はモクの肩を離れ、床のカーペットを掴み食い込み、右脚も攣っている。


 己を鎧う何もかもを剥がし落としてしまえば、私は卑小なる墓に捨てられた児コーマイギィでしか無かった。出来ることなど、何ひとつないのだと思っていた。


「ジョシュのことは知ってる。姫様の御側で勉学を手ほどきながら、姫様の御隣でいつも……心の奥底で静かに泣いているのを、私はいつも見てきたから」


 私の固まった肩に、腕に脚に、ぽつぽつと降り落ちる雫は、染み込んだそこだけ強張りがほどけるような、そんな不思議な温かさを持っていた。モクの言葉も、私の萎れた胸を押し広げるかのような熱を持って伝わってくる。


 その熱を受けて、潤いを受けて、ふと私は考える。出来ないことがないからやらないというのは、根本を間違えし、卑しき考えなのだということを。


 やらねばならない。姫様のためだけではなく、自分自身のためにも今この時、私は立ち上がらねばならないはずだ。しかし、身体に刻み込まれたような悪しき古傷が、面倒事から逃げよ目を逸らせと責めたてても来る。相反する感情。それらを呑み込んでまとめ切ることなぞ、私のような人間に出来るであろうか……

 

―でど、でどど、俺がには何も出来ねえがら、姫ざをおばば様がに逢わぜるごっじが出来ぞもねぎがら……


 感情や思考が揺れに揺れながら、なおもそのような事を言い募る私だったが、そこで言葉は途切れる。


「……」


 私の毒を吐き垂らすひび割れし唇を、モクの艶やかで、冷たく瑞々しいベールで一枚覆われたような、奥に何とも言えない熱を秘めたそれが、重なり塞いだからである。


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