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#054:休息で候(あるいは、バーサル/i流/リバーサ)

 件の「シンクダン」より奪ったクルマで一路、ルワンダはキガリ空港へと向かう我々。キガリはこの国の首都でもあり、とにかく近代化目覚ましいことが、車窓からも伺えた。目に来る水色の、同じ形をした建物がずらり等間隔に並んでいたり、平行四辺形のような何とも不思議な形状の建物もあったりで、田舎育ちの私などはその威容に圧倒されてばかりである。


 時刻は深夜2時。中途半端な時間についてしまったが、手近なホテルを取り、仮眠程度でも良いので疲れを癒すべきであろう。朝一番に命を受けてからここまで、不安と緊張に押しつぶされそうになりながらも何とかしのぎきった。


 途中、大いなるメッゾォ=スに抱かれかけたり、王家からの追跡者たちを退けたりと、ここに来るまでだけでも色々なことがあった。正直私はかなり疲弊している。


 この5時間余りの「ドライブ」中、アロナ=コ様は涼しい御顔で物珍しそうに窓の外に広がる異国の風景を堪能されていたようだが、モクを始め、ガンフ殿、ギナオア殿は完全に眠りについていた。私はというと、興奮と緊張の連続で、却って目は冴えていたのだが。運転手としてはまこと都合がよかったわけであり。


ともかく休息は急務である。


 明朝の便は、8:45発とのこと。空港にほど近い5階建てのこじんまりとはしているが、清潔感あふれるホテルに何とか空きがあったのでそこに宿を取ることとした。


 チェックインを済ませ、各自、部屋に分かれる。ツイン2つとシングル1つが取れたのだが、護衛という観点から考えると、姫様の部屋にモクひとり、というのはいささかに頼りない気がした。その旨を告げると、


「……であれば、ジローネット。そちに我が居室での護衛を申し付ける」


 姫様は当然の如くそうおっしゃられるわけで。日中の失態を挽回し得る機を与えてくれたことに感謝しつつ、私は僭越ながら姫様とモクの泊まる部屋にて、扉前の姿見を背にしてカーペット敷きの床に胡坐をかくと、扉、そして窓からの襲撃に備え、残る集中力を双方へと振り向ける。


「……」


 しかし先ほどから続く姫様が使われているシャワーの水音が下部に隙間の空いた扉を通して直に聞こえてくるわけで。


 この薄扉を隔てた向こうには一糸纏わぬ姫様の御姿が……などと、いやが応にも鼓膜を貫かんばかりにしてこちらの大脳を刺激してくるその音から何とか意識を逸らそうと固く目を瞑る私であったが、視覚を遮断することで却って鋭敏となった聴覚が、ソナーが如く水音から姫様の御体のフォルムを想像させてくるようで、如何ともしがたきこと、この上ないのであった。


そんな疲労と昂奮の双方が、全力で体重をかけてくるような意識下に、更なる追い打ちが。


「ジローネット様……先ほどは本当にありがとうございました」


 いきなり耳元でそう囁かれ、私の身体は情けなくも硬直してしまう。甘い、花蜜のような香りが私のすぐ側から香り立ってきていた。


「……私なんかをお救いくださるなんて」


 恐る恐る薄目を開けてみると、やはりそこに膝立ちの姿勢でいたのは他ならぬモクなのであって。


「あ……いや、か弱きおなごを守ること、それがボッネキィ=マの男衆の勤めならば」


 極めて穏当に答えたつもりであったが、潤んだ目で微笑みを湛えたモクは、かなりの至近距離でこちらをずっと見つめたままである。


 未だ今日という日は終わりを見せないのであった。

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