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♮052:登攀ですけど(あるいは、プライオ/リティ/ジーマミアン)

 ……すなわち、双子の娘たちを孕ませて双方が双子の娘を授かったと。


 文字にすると早口言葉か回文かくらいにまとまってしまうものの、いまだに半笑いと照れ笑いの中間のような不気味な表情を浮かべる、自分ととてもよく似た顔と至近で対峙していると、またもあっさりと現実感という崖からぬるりと滑り落ちていってしまいそうになるわ。


 そ、そっかぁ~ボクいつの間にか四人も姪っこが増えてたんだ~こりゃ来年のお年玉大変そうだぞぅ~という、何とか平凡な日常にすがり付こうと必死な僕の手からも、するりとそれは抜け落ちてしまうようで。


と言うか正直、この血を分けた兄が尋常じゃあないよ怖ろしいよ……しかし、


「その、お前の奇天烈な爛れ生活のことはひとまず置いといて」


 状況を整理し、ひとまずこの状況を打破するために、僕は思考を無理から前向きに正そうとする……外壁の隙間に挟まれたまま。もう何だ! この状況はぁぁぁぁっ! いや落ち着け。まだ焦る時間でも無いし、絶望するにせよ早すぎる時間帯だ。これしきのことでいちいち惑わされていたら、大会どころじゃあない。


「『ダメ』に出場するにしてもだ、いまこの追われている……追い込まれている状況を何とかしないとダメだ」


 しかしまたも回文的に力無くこぼれ出る意味のない言葉のつれづれに、思考もぐるぐる不毛に空転するのを感じている。


「……上に逃れるしかあるまい」


 翼が妙な口調でそう提言してくるけど、手脚突っ張らかって壁と壁の間を登る方法は、隙間が狭すぎるから逆にきついと思う。身体を両壁に対して垂直に出来ないくらいの幅だから平行にいくしかないんだけれど、ちょっと無理ある態勢だ。筋肉に自信ありそうな翼ならまだしも、筋量ハンパなく少ない僕では途中で滑り落ちてしまいそうだ……壁面もざらざらした突起がびっしりで、背中をつけて登ったら血だらけになりそう……それに幅が狭いから落下しようものなら、その途中で顎と後頭部を交互に壁に連打してしまいそうだ。


 こわ。無理無理、と僕は告げるものの、他に追手の虚をつくような逃走方法は無さそうに思えた。


 刹那。


 ……と言うほどの刹那でも無かったけど、聞き覚えのある腹に響く排気音と、乱雑な運転によるタイヤの擦過音が、翼をまたいだ向こう側で鳴り響く。もしや……


「ムロっちゃぁん!! ずらかるわよぉっ!!」


 聞き慣れた野太くも甲高いその声。見合わせた顔を小さく縦に振ると、僕と翼は勢いよく……は無理だったので、顔を両側の壁にぶつけないように細心の注意を払いながら、カニ歩きで隙間を抜け出始めるのであった。


 果たして。ジョリーさんの愛車、「九者獣座号くものじゅうざごう」こと、動脈血のような真っ赤なカラーリングが施されたオープンジープが歩道すれすれに停まって待っていてくれたわけで。


「きゅ、九死に一生たぁこのことッ!! たた、助かったぜ!!」


 追い込まれるとテンプレ気味の台詞しか発せなくなる翼が、助手席に慌ただしく乗り込んでいく。続いて僕も……と後部座席に飛び込もうとしたけど、そこから突き出ていた物体に思わず目を奪われる。


「……念のため持ってきたのよぉん、何かあったらムロっちゃんだけでも離脱できるようにぃん」


 ジョリさんが後ろをちらと見つつそう言ってくるけど。そこには座るようにして僕の原付が載せられていたわけで。座席が傷む!! というかこれ持ち上げて載せた腕力が凄いわー。など、唖然とする暇もなく、クルマは四駆の発進力を存分にかましながら真夜中の井の頭通りを北上し始める。あれ? こっちでいいの?


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