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#005:克明で候(あるいは、カリカチュア/ダイ編む)


「……畏れながら申し上げるぜぇ、お姫様よぉ」


 気圧されるばかりの沈黙を破ったのは、件の痩せ男、ギナオアであった。しかしてその物言いは、およそ姫様に向けるべきものではない。やはり噂に違わぬ痴れ者であったかッ……


 無礼者ッ、など口々に怒鳴りながら、臣下の者たちが、その薄ら笑いを浮かべたままの痩せ男に詰め寄っていく。しかし、


「待て」


 手にした銀色の錫杖の尻を石畳に突き立てつつ、そう凍るような声色で発せられた姫様の制止の言葉に、皆々一様に動きを止める。この有無を言わさぬ圧倒感……流石だ。そして、


「……申してみよ。お主もジローネットに同行せんとする者なのか?」


 あくまで静かに、しかしその底に得も言われぬ染み出るような迫力を潜ませながら、姫様は不逞の輩に対しても極めて平常に話しかけになられる。これが上に立つべくして立つ御方の器というものなのだろうか……っ!!


「ギナオアと申しますぜ。普段は王宮にてどうとでもない雑事をしております浮草なれど、こと本件に関しては、姫様のお役に立てると思っていやす」


 その物怖じすることを知らぬ痩せ男の傍らまで膝でにじり寄った私は、ローブの裾を引っ張って何とかその頭の高さをこごめようとさせるものの、あっさりいなされてしまう。そして、骨ばった手で、まあまあ、と制された。何者なのだ、本当に。


 そして次の瞬間、その痩せ男は思わぬ強い口調で言い放ったのである。


「なぜならば……なぜなら日本ジャポネスは我が故郷ッ!! 故に最速の旅程にて、お姫様、あんたを目的の場所までお連れいたす自信が当方にはございやす。まあもっとも、そうまでして死にぞこないのババアに会いたいと、あんたがそう思うのであれば、ですがね」


 ……唖然としてしまった。その後に猛然と目の前が暗くなるような感覚が襲ってくる。


「も、もう我慢ならんッ!! 姫様、御祖母様に対する無礼ッ!! それ以上はこの私が許さぬぞっ!!」


 完全に頭に血が上ってしまった私が掴みかかるが、痩せ男は全く意に介していないようだ。ひねた笑みを浮かべたまま、挑むような不遜な目つきで、姫様と視線を交わらせている。


「控えよ、ジローネット」


 またも制止の御言葉。姫様はどこまで思慮深いと言うのだっ。顎の筋肉を総動員して怒りを噛み殺しつつ、私は何とか跪く姿勢に移行すると、苦労して息を整える。姫様の凛とした言葉は続く。


「ギナオアと申したか。そなたの言葉は野卑なれど、『芯』がある。異質なれど、信に足る言葉と、わらわは受け取った」


 この懐の深さよ。やはりこの方には並々ならぬ何かを感じる。いや、そんな呑気に感嘆している場合ではない。私の他にもこの狼藉をこころよく思わぬ臣下の者たちが、口々に怒号のような言葉を発し、場は混沌を呈して来ている。


「不敬ぞッ!!」


「この不埒者めッ!!」


 中には腰にした「警邏棒」などを抜き放つ者さえいて、一触即発の雰囲気である。まずい、姫様の御前で……しかし私のそんな煩悶も全く伝わってはおらず、痩せ男、ギオネアは全くの余裕の体で、さらに言葉を紡いでいく。


「不敬不埒はどっちかなぁ? おのおのがた、いやさ、てめえらが第一王子の息がかかった者だっつう事、そいつも小耳に挟んでんだよなあ……ええ? この機に乗じ、このお姫様を闇に葬ろうとか、そんなクソみてえな時代錯誤のゲスな策略を練ってることぁな、こちとら先刻お見通しなんだよ」


 !! ……何たる。何たるとしか言えぬが、この者やはり……


 ……只者ではない。


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