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#039:凶兆で候(あるいは、怨嗟音叉/オートマタ/エンハンサー)


「……!!」


 後部座席のドアが両側とも開いたと思った瞬間、5人の屈強なる男たちが、我々を取り囲むようにして降りて来る。左側面から3人、立ちはだかるように、そして右側面から2人、左右に分かれ、挟み込むように。


 我々をピックアップしに来たわけではないことは既に把握していた。男たちが身に着けているのは作業服のようなカーキ色のつなぎであったが、手にしているものは剥き身のチタン合金と思しき光沢のあまり無いナイフだったからである。対面しての殺気のような戦闘的雰囲気からも、明らかに我々に害なす者たちであることは伺い知れる。


 さしものギナオア殿も面食らってのけぞった姿勢のまま固まっている。私の右方向にはガンフ殿と、その背後に姫様とモク。3人共に、この状況をまだ理解していないかのように思える。かくいう私はと言えば、クルマと男たちの方へ顔を向けながらも、両手は枝から服を抜き取るという作業をいまだこなしていた。


 沈黙が一瞬、夕闇に呑まれ始めた国道沿いの開けた空間に降り落ちるものの、次の瞬間、運転席から余裕を持って降りて来た、スーツ姿の男が発した一声によってそれは破られる。


「フフフ……驚いているようだぁ、迂闊だぁ。貴様の手配……先回りさせてもらいましたよ?」


 何というか、芝居のような物言いだ。落ち着いてはいるものの、どこか人の神経を撫でさすってくるような、そんな口調。クルマの前方を回り込んで来たのは、細身の灰色のスーツを着こなした、肩までの茶色い長髪の青年……であった。目許は涼やかながらやや大きすぎのきらいはあり、鼻筋もすっと通っているが、いささか大づくりのように感じる。率直に言うと、肌の色を除けば、私に似ていなくもない。至って平凡で面白みのない顔立ちだ。


 しかしそのような外見よりも何よりも、その青年の右手に提げられたモノに視線は吸い寄せられる。


 拳銃……自動拳銃オートマチックのようだが、見た事は無い。その青年は何気なく手にしているが、モデルガンの類ではなさそうな、実弾を孕んだ重さのようなものが見てとれた。まずい。


「……何が目的だ? 物騒なモンぶる下げやがって、お? 『新九段』さんよぉ」


 ギナオア殿はさりげなくその青年の正面ににじり出ながら、背中に回した右手の指先を緩やかに振って、こちらに退避せよとの指示を出してくるが。


「……!!」


 既に右手側、さらには背後にも屈強男たちに回り込まれてしまっている状況。姫様たちを連れて逃げおおすことは、難儀なことと思われた。


「くはは……『目的』は、アロナ=コ殿下様々の身柄の確保。大した護衛も引き連れずに無防備な移動などと……無謀にも程がある。そこをみすみす逃す我々じゃあないもんでねえ……落ちてるカネは拾う主義なのですよ」


 ねっとりとしたその言葉のいちいちを聞いているのも何だったが、ゆっくりとこちらに向けられた銃口を前に迂闊に動くことも出来ない。私はコムピヒスの長い枝を両手に持ったままの中腰という、何とも間抜けな姿のまま固まっている他は無かったわけだが。


「……兄上の、手の者か」


 姫様の普段通りの冷静な言葉が、右手方向から聞こえて来る。思わず目をやると、姫様は白黒の異国のいでたちを風にはためかせながら、ガンフ殿の前に、そして銃口の目の前に進み出でて来られたのであった。


「……!!」


 銃を構えた青年もその行動に少し驚いたのか、眉根に皺を少し寄せたが、私の動揺はそんなものでは無かった。姫様の前に走り出て盾とならねばッ!! との思考が脊髄を走るものの、ギナオア殿の背中越しの「待て」という合図にその衝動を必死で堪える。


 そうだ。動けば、そこからは戦闘である。拳銃は青年の持つ一丁と思われるが、背後にも得物を携えた数人の気配がある中、初動は細心の注意をもって為されなければならぬ。ギナオア殿の判断は正確だ。私が先走ってどうする。


 私は静かに呼吸を深くしつつ、局面を見極めようと感覚器官全てをフルで働かせようと注力していく。


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