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302/312

♬302:最深で候かーいですけど(あるいは、天空光/真を)


 あっるぇ~? あ、あそう? あ、そうなんだね~


 いや、え? いや、ええ? っていうかえええなんだけどええええぇ……



 サイノ。サイノが(くずお)れる様を、ただ私は上下逆転した視界の中で捉えることしか出来ぬものの。


 貫いた。姫様のDEPが。いやDEPだったのか。いや、サイノの喪えし妹君、その御方を。


 そうと見まごわせるほどの。何かが、確かに姫様に宿った。そうとしか思えなかった。


「……」


 それは本当に、妹君の……降臨、だったのかも知れない。狂い惑いしサイノを、現世に引き留め留めんがために為された、


 光臨、だったのかも知れない……


 厳然なる静寂が、この場に降り落ちて来ていた。周囲ぐるりを巡っているはずの、幾万の人々の放つ生命の音でさえも、まるで聞こえぬくらいの、そのような静寂が、確かに覆っていた。


 私もただ、熱にうかされし状態であるだけなのかもだが。というか先ほどより頸動脈頸静脈共に姫様の柔らかき御両太腿にみっちりと挟まれているわけであり、なまなかならぬ桃源郷感が脳の全野に沁み渡り巡らされんがほどであり。


 当の姫様はというと、先ほどまでの賢者が如くの悟り感は収束していき、突如その御顔を赤らめると、ちょ、いつまでそうしてんのよ! といった、何ともまた不思議なる言の葉にて私の顔面を平手で打擲してくるのであるが。


 その衝撃で何とか我に返ることは出来た。私は両手足に保持していた「竿」を伝うようにして、指の股を滑らせつつ降下していく。最後に着地した衝撃で私の顎が姫様のどこかしらを打ったか、また切なげなる御表情を見せられたあと、今度は拳で右目辺りを打擲されるのだが。


終結。そうなったかのように、私には感じられた。サイノは既にハツマ殿の首から手を放し、力無く(フィールド)に墜ちてからは、うつむいたまま、何ひとつ動作を見せていなかった。


<サイノとやら>


 その前に、力の抜けた様子でお立ちになる姫様。その放たれし御言葉は、翻訳機により日本(ジャポネス)語へと変換され、この場に響き広がっていくのであるが。


<……私も最愛なる母上を、亡くした。生命は、一様にみな、果敢ないことを、私は知った。知らしめられた>


 その柔らかなる御声は、全てを、超越した託宣が如くのように、澄み渡るように響くのであった。私はまた、得体の知れない感情により、全身が震え出すのを感知してはいるものの、かといってどうともすることが出来ないままでいる。


「……」


 サイノは、うずくまるようにして倒れ伏したまま、その疲労が全面を覆っているかのような、表情の全てがひび割れてしまったかのような顔を、それでも姫様に向けて持ち上げて来る。何かの、何かの救いを求めるような貌と、私は認識したのであるが。


<生命は……肉体は、いずれは滅ぶ。万人に平等に、それは訪れ、そして残されし者にどうともならない喪失を、与える……>


 姫様に集められた光線(スポットライト)が、その御身を神々しく染めていた。後光……正にそれは、私にはそうとしか見えなかった。


<しかして、記憶は残る。残されし者に、遺すのだ、その、存在した証を>


 姫様……その御言葉は、サイノに向けてなのか、それとも御自らに向けてなのか、それとも……あまねくこの世界に向けてなのか。


 それは私には理解認識できなかったものの、その全てであり、その全てでも無いような、そのような滅裂な思考に、私は翻弄されるようであり。


<『エピソード』は、遺る。それが、ダメであろうとなかろうと、忘れまいと思う人間から、何人たりとも、それを奪うことなどは出来ない>


 サイノはもはや、自分の身体をも支える力は残ってはいないようだった。正座の姿勢から、顔面を打ち付けるようにして、その場に力無く漂っているように、私には見えた。


<それがすなわち、脈々と受け継がれる、ひとつなぎの生命なのだと、私はそう思うようになった。それが、此度の『旅』で得た……ひとつの答えだ>


 姫様の御頬を、流れ落ちているのは、何に起因するものなのだろう……穏やかな笑みを浮かべたまま、滴は、絶え間なくその頤を濡らしそして落下していく。


「あああああああああああああああああああああああああッ!!」


 突拍子も無い、絶叫がつんざいた。他ならぬそれは、サイノのものであり、不肖、私のものでもあり、


「……」


 この場の皆々のものであったかのように、私には感じられたのであり。



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